"RuLiRuLa" EXTRA NUMBER -Slaughter's Tale- chapter2-2 "bullet dance/2nd" 黒を基調とした店内に、色とりどりの光が乱舞する。 天井に設置された大型のスピーカーからひっきりなしに響く重低音は、それだけ で他の物音を圧殺してしまっていた。 元々空間を広めに取ってある店内は人の数もそれほど多くはなく、またそれぞれ が自分たちの空間に没頭してしまっている為に入ってきた少々場違いな格好をした ソード達にも、特別に注意を向けるものもいなかった。 軽く視線を合わせ、ソードが肩をすくめた。 頷いたネリーが提げていたフルートケースをおもむろに開き、収まっていたP90 を取り出してしっかりと肩に当ててホールドし―― ズドバババンッ! 瞬時に翻った巨大拳銃から7.62mm弾が吐き出されてスピーカーを貫通し、P90 から発射された5.7mm弾がミラーボールの基部を破砕した。 スピーカーが破壊され、一瞬の沈黙が訪れた。支柱を失ったミラーボールがずる りと落ち、その重量にコードが引き千切られ。 ガシャァアアン! 部屋の中心でミラーボールが砕ける。広がる硬質の破砕音。音の波に煽られるよ うに、店内の色が恐慌へとひっくり返った。 席を立って走り出す者。 訳もわからず何も出来ない者。 頭を抱え、うずくまる者。 ……とっさに自らの武器――銃を取り出そうとする者。 人間として、いや生物として最も自然なのはうずくまる事だろう。なんだか良く 判らないがとりあえず危険な場合、下手に動くよりも投影面積を小さくして嵐が過 ぎ去るのを待つ方が安全だ。 自分の戦闘能力に自信がなくとも、それなりに馴れた者は逃げ出そうとするだろ う。現在の『脅威』は暴風や火事のように逃げられない危険ではない。銃によって 引き起こされた脅威である以上必ずその攻撃を行った人物が存在し、その『攻撃す る範囲』から逃げだせればほぼ絶対に安全と言うことになる。まあ、立ちあがって 逃げれば不幸にも射線に入ってしまい、流れ弾を受けてしまう可能性も出てくるが。 そこそこ場数を踏み、更にそれなりの自信がある者なら反撃しようとするだろう。 攻撃されているならその原因たる人物を攻撃し、攻撃を止めさせれば良い。危険を 避けるのではなく排除してしまうと言うわけだ。 理論としては正しいかもしれない。いや、これらの行動はどれも正しい。だがそ れはただ一つの条件が必要だ。すなわち、『状況』である。状況にそぐわなければ 結局のところどんな行動も自らの墓穴を掘ることにしかならない。 ――故に。銃を取り出そうとした者たちは、生き残るには状況認識が不充分だっ たと言うことになるだろう。 ばきゃどかぱかんっ!! 懐、あるいは腰に手を回した七人の男たちの後頭部や側頭部が弾けた。一人に つき一発、ソードが放った7.62mm弾は正確無比に男たちの頭の中心を通る軌道 で貫通し、骨の破片や脳漿、血液を巻き込んで空中に飛散させた。 「――」 首から続く太い血管が破れてばちゃばちゃと噴水のように血を噴き出す死体に、 ネリーが息を呑んだ。 ソードは当然眉一つ動かさず、薄く煙のたなびく銃口をかすかに下げ―― ばたんっ! 「――なんダァッ!?」 開いた奥の扉の方向に視線すら向けずに銃を向け、またきっちりとスキンヘッド の脳天を貫いた。 適当な狙いで更に数発ドアに向かって発砲すると、くぐもった悲鳴が響いてドア が開く。 どさり、とドアを押して倒れた男の腹から破れた腸が内容物ごと零れ落ちた。 「…行くぞ」 「あ、はい!」 秒単位で気配を探ったソードが早足で歩き出し、急いで後を追うネリーが奥、事 務所への階段に消えた数秒後。 一斉に立ちあがり、出口へ殺到する客達によって、店内は再び混乱に包まれた。 店内とは違って普通の蛍光灯に照らされている廊下は、先ほどまでとは打って変 わった静けさと白い光が環境の落差も手伝って、余計に冷たく、静かに思えた。 すたすたと廊下を歩き、手に鎧のような黒いグラブを装着しながらソードが口を 開く。 「さて、ネリー」 「?」 「――こう言う場合は、どうしたら良いか知っているか?」 そう言ってソードが立ち止まったのは、『STAFF ONLY』の扉の前。 ネリーは一瞬きょとんとした後、すぐに室内の気配に気付いた。 ……つまりソードが言っているのは、『待ち伏せ』への対処。 「え?ええと――!!」 考え込んだネリーが目を見開いた瞬間、ソードの右手が巨大な十字の影を引き摺 って閃いた。 同時、渇いた音を立てて無数の弾丸が薄いドアを貫通して二人に殺到する。 がぎゃぎがごごごん!! ソードの右手が弧を描き、追随して振りまわされるパニッシャーが全ての銃弾を 弾き返し、叩き落した。 呆然と立ち尽くすネリーの前で、ソードは一度振りきったパニッシャーを射撃形 態に展開して振り上げる。 開くカバーの間、黒い銃身がぎゅるりと回転して蛍光灯を反射した。 「あ……」 「実戦と訓練とではまた違うだろう?実際に戦うってのは――」 言葉は唐突に途切れ、ひょいとソードが自由な側の手を突き出した。 思い出したような銃声の後、またドアに新しい穴をあけ、空中で螺旋を描いてい るパニッシャーの脇を抜けて銃弾がソードに迫る。 ――がきんっ! 「――いちいち考えてる暇は無い」 かすかに白煙の上がるグラブの掌を握りこむソードの筋肉が、ぎしりと軋んだ。 びたりと止まったパニッシャーから微かに何かの打ち合わせられる音が聞こえ―― ヴォオオォン! もはやひとつひとつの音としては認識できない銃声が響き、ドアに刻まれた貫通 跡を遥かに超える大きさの弾痕が刻まれ……いや、もはやドア自体がばらばらに引 き裂かれる。 水平に移動した射線はドアの粉砕のみならず左右の壁にまで大穴を空け、存分に 破壊を撒き散らした。 対物クラスの大口径弾が暴れまわった事務所の室内はもはやくず鉄と建材と紙と 『もと生物だったモノ』とを別に見分けるのが不可能なほどに破壊し尽くされてい た。 部屋に踏み込み、足下にあった赤っぽい肉片を蹴り飛ばしながらソードは言葉を 続けた。 「……まあなんだ。最低限自分の身は守ってくれ。目の前で死なれた日には夢見が 悪い」 「……はい」 「お前は選択した。後戻りは……いや、まだできるか?殺してないしな」 思いついたように口走ってから、ソードはいかんなと眉を顰めた。 そう、ネリーは既に自分の意思で選択したのだ。冷静な判断の難しい子供の言っ た事とは言え、それを受け入れておきながらまたその決定を蔑ろにするような発言 は、ソード自身にとっても好ましいものではなかった。 「すまん」 その時、ソードの眉がぴくりと跳ねた。途端、窓の外…道路側から、近づいてく る複数の派手なエンジン音が聞こえてくる。 窓から下を見下ろすと、数台の自動車が乱暴にブレーキをかけて店の前に止まっ た所だった。ばらばらと降りてくる連中の風体を見て、ソードがふむと息を吐いた。 「増援か……対処が遅いな」 「…………」 ソードの顔の下でネリーが頷く。 増援は店内が全くもって静かになっていることを警戒しているのか、未だ店内に 突入しようとはしていない。それも時間の問題ではあるだろうが。 「…………」 頭を引っ込めたソードが、同じく頭を引っ込めたネリーに向かって上を指す。 ネリーはこっくりと頷いて、肩に提げていたバットケースほどの緑色の筒――い わゆる携帯ロケット――の一本を手に取った。 |