……一度発見され、さらに血痕まで残してしまった。遅かれ早かれ敵は警戒を強 めてしまうだろう。 「……急がねばな」 口の中でつぶやいてレグニスは音もなく駆け出した。 The Extra Episode "Sneaking/3rd" 『……そうか。こっちも流石に気づかれたらしい』 「当然だな」 円筒型の時限爆弾を奏甲の足首、装甲の裏側に貼り付けながら、レグニスはソー ドに返した。 突っ込んでいた頭を装甲の隙間から出し、ポーチから次の爆弾を取り出しながら 歩き出す。 先程から、建物全体の雰囲気が慌しくなっていた。 見張りが片っ端から狙撃されれば当然というものだが、注意が外に集中すればレ グニスはかえって動きやすくなる。ただし―― レグニスは急に歩みを止め、左右を見回した。数秒間視線をめぐらせて、視線が 止まったのは……壁際、ぞんざいに蓋のされた排水溝と、その反対側の壁、先程兵 士たちを倒した場所の近くにある窓。 ヒュ…パシャンッ! その辺りで拾った握り拳大のボルトを窓に向かって投げ放つ。かなりの高速で飛 ばされたボルトはそれなりの厚さのガラスをやすやすと貫通し、ガラスを粉砕して 破片と共に外に消えていった。 「…………」 ばたん! 途端、ドアが荒々しく開かれてばらばらと兵士やあからさまに格好の違う男たち ―機奏英雄―が格納庫になだれ込んできた。 一直線に奏甲の置いてある場所へと走っていく彼らは荒々しく排水溝の蓋を踏み つけ、奏甲の起動準備を進めていく。 蓋の隙間から、仰向けのレグニスの顔を照らしている光が何度となく遮られ、や がて足音の塊が遠ざかる。 「これは…!」 死体を見つけたのだろう、一部の兵士が騒ぎ出した。 ずり、と蓋をずらして確認すると、コンテナの陰に5、6人の兵士が集まってい るのが見える。 「外の……いや、ナイフ…」 「ガラスが…」 「何人……出入り口を……」 しばらく観察した後、レグニスは頭を引っ込めた。 「……どうやら、そちらに大部分が行くらしい」 『おいおい』 嫌そうなソードの声を無視して、レグニスは排水溝の中を這いずって進み始めた。 前に差し出し、身体を引っ張る腕に水垢や流れずに残った汚れがこびり付く。 『ああ、アレは……奏甲もか』 「ほとんどの機体には仕掛けたが、時間はまだ先だな。それまで逃げ回っていろ」 『時間は?』 約20分と答え、ソードが相槌を打った。その後もソードは基地の誰かと何やか やと会話していたようだったが、レグニスは気にせず外に向かって移動を続けた。 『……つまり近づくな、と』 『そういう事だ、ソード殿。衝撃で容器が壊れて、液の反応が一気に進む可能性も ある。気をつけてくれ……ああ、今こちらで爆撃部隊が出て行った』 『と、言うことは予報は晴れなのか?』 『夜明けには嵐も過ぎるそうだ』 ばしゃばしゃと上から水が流れている場所――外との境目であり、屋根からの雨 水が落ちている場所――を通過する。 水に下半分つかりながらレグニスは匍匐を続けた。 「…………いないな」 格納庫の外、壁に沿って土がならされた歩道を二人の兵士が歩いていた。 明かりを左右に向けるが、見えるのはバケツをひっくり返したような豪雨、聞こ えるのは雨音と風に揺れる枝のこすれる音、それに雷鳴ばかりである。 歩くたびに泥が靴にまとわりつき、その歩きにくさに前を行く兵士は顔をしかめ た。 「逃げたんじゃないのか?この嵐だ、どうせ見つからないだろうに」 「全く人使いが荒い……」 ぶつぶつと文句を言いながら歩く兵士たち。 道端の排水溝の出口、室内や屋根からの水が集められてより大きな側溝に注いで いる場所は巻き上げられた泥で水が濁り、気泡のせいもあって水中を見通すことは できなかった。 一人目が歩き過ぎ、二人目が通り過ぎようとした時、二人目の兵士の視界の隅で ごく小さく、何かが動いた。 「ん?」 兵士は何を意識することもなく、その場所……今現在水が吐き出されている排水 溝を見る。 と、きらりと水中の小さな何か、砂粒のような大きさの何かが稲光を反射した。 「――」 何か金属片でも沈んでいるのかと兵士は顔を近づけ…… 「がぼっ!?」 「っ!」 背後で起こった奇妙な声に、兵士は素早く振り向いた。 銃を構えつつ振り向いた先には――誰もいない。 「え?あ?」 左右を見回しても、まさかと振り向いてみてもさっきまで後ろを歩いていたはず の相方の姿は綺麗さっぱり、影も形もなくなっていた。 見る。いない。見る。いない。見る…… ふと、地面に引きずったような跡があることに兵士は気づいた。 その跡は道の真ん中から側溝へと続き、濁った水の流れの中に消えている。 「――――」 まさか何かの拍子に落ちたのか? 兵士は明かりを水中に向けながらがぼがぼと水が流れ落ちる側溝を覗き込み―― ばしゃっ! 「!?」 頭を凄まじい力で引っ張られ、足が浮き上がり…… 視界を覆う影が自分の顔面を鷲づかみにした掌だと気づく間もなく、兵士は水の 中に消えた。 ぱしゃ… 誰もいなくなった歩道に小さな水音が響く。 排水溝から流れ出す水の流れから、唐突に腕が突き出した。 縁の地面をしっかりと掴んだ腕にぐっと力が込められ……たっぷり水気を含んだ 頭髪、ついで顔と胸が排水溝から引きずり出された。 「ふぅ…」 顔についた水滴をぬぐう事もせず、レグニスは肺に貯めていた空気を吐き出して 新鮮な酸素を吸い込んだ。 完全に全身を地面の上に引き上げ、軽く側頭部をたたいて耳の穴に入り込んだ水 を落とすと、あたりに満ちる騒音から耳を隠すように手を当てる。 「……こちらレグニス。格納庫の外に出た。そちらはどうだ?」 『こちらソード。今……』 声が途切れる。 『……二人ほど始末した。奴ら完全に思考が外に向かってるな』 「そうか……奏甲は?」 『流石に飛ばせてはいないようだな。他なら数機出てきている……レグニス?』 「なんだ」 聞こえてくる足音。 建物の間に入り込んだレグニスの前を、また兵士たちが歩きすぎていった。 『武器庫の位置は確認したか?』 「いや……恐らくここの近くだとは思うが」 沈黙。 10回近く雷鳴が轟いた後、ソードはおもむろに言葉を続けた。 『レグニス、武器庫で落ち合おう』 「何?」 『先に着いたほうが見張りを制圧。良いな』 呼び止める間もなく一方的に通信は途切れた。 鼻でため息をつき、空を見上げる。 ソードは恐らく既に移動を始めているのだろう。 考える。単独での任務遂行は可能か?……可。ただし時間通りに完了するには著 しい困難を伴う。 考える。ソードの行動は任務遂行の上で障害になりえるか?……ソードの能力、 行動から考えてなりえない公算が大きい。 レグニスはもう一度ため息を―今度は口で―ついて立ち上がった。 「…………」 何を考えているのか解らないのが不快だが、今は行ってみた方が良さそうだ。 隠れていた隙間から顔を突き出し、辺りを確認して走り出す。 ……嵐はもうすぐ、止みそうだった。 |