レグニスは隠れていた隙間から顔を突き出し、辺りを確認して走り出す。
 ……嵐はもうすぐ、止みそうだった。


The Extra Episode "Sneaking(break)/4th"


 真っ暗な武器庫。ずらずらと大量の武器の並べられている棚を、細く光が照らし
た。

「…………」

 慎重に、あくまで慎重に中の様子を把握し、そして素早くレグニスは武器庫の中
に身を滑り込ませた。
 扉をゆっくりと閉め……ふとレグニスは動きを止めた。

「――……」

 声を出さず、聴覚に集中する。ごうごうと耳の中で唸る自らの呼吸音、屋根に激
しく雨粒が叩きつける音、風にきしむ窓の音……それらの裏にちらちらと現れる、
落ち着いたリズム――誰かの、呼吸音。
 視線を向ける。先にあるのはロッカー。人が隠れるには十分な大きさだ。
 つかつかとレグニスは音が聞こえてくるロッカーに歩み寄り、無造作に扉を開け
放ち――白目をむいた両眼が正面にあった。

「!?」

 息を呑み、わずかに仰け反ったレグニスの目の前を、支えのなくなった兵士の身
体が倒れていく。始めはゆっくりと、そして徐々に加速しながら落ちていき、そし
てごとりと音を立てて、兵士は固い床に転がった。

「――ああ、レグニスか」
「!」

 瞬間的に混乱していたレグニスの耳に、落ち着いた声が滑り込む。
 レグニスは即座にその音源を特定して――困惑した。
 音源は目の前のロッカー。恐らくソードがやったのだろう、気絶した兵士が仕舞
いこまれていたロッカー。
 中はレグニスの膝まで位の高さの仕切り板があり、真ん中の最も大きい場所に兵
士が納まっていた。今はその兵士は床に転がり、何も入ってはいない。
 と。

「遅かったな」

 続けられた言葉と共に、そのロッカーの最下部、つまり大の男など入りそうもな
い部分から見覚えのある腕が突き出した。それからつま先が天井を向いている両の
足が突き出し、うつ伏せになった頭が突き出し……
 数歩後ずさったレグニスの前で、ロッカー内部の空間構造とソードの肉体構造を
疑いたくなるような光景が展開される。

「ん、む…」

 ずるり、と完璧な二つ折りのままロッカーの下段から這い出したソードは立ち上
がると、『変形』の仕上げのようにごきり、と首を鳴らした。

「ああ、見つかる危険が少ない方法とはいえ少々きついな――どうした?」
「……いや」

 これがレグニスでなければ困惑しきるかソードを問い詰めるかしたのだろうが、
レグニスは至極あっさりと疑問を意識から押し流した。
 ……『そういうもの』なのだろう、と。

「で、何故ここに?」
「ああ、これを渡しておく」

 そう言ってソードがレグニスに投げ渡したのは、作戦開始時に支給された、時限
爆弾の詰まったポーチだった。

「この状況だ。仕掛けるのはお前のほうが向いている」

 目で問いかけたレグニスに、ソードはなんと言うこともなく答えた。
 そのまま抗議を封じるかのように背を向け、武器庫を物色し始める。

「……野外での戦闘に関しては俺が向いていないと言うことはないと思うが?」
「戦闘ではない」

 数秒間任務全体に考えをめぐらせ、反論を口にしたレグニスに、ソードはきっぱ
りと断じた。

「戦闘になれば俺たちは圧倒的不利だ。だから戦闘はしない」
「?」
「戦闘はせずとも『攻撃』はできるだろう?」


 奏甲の持つ大きな明かりが、暴風に揺れる森の枝葉を縫って暗がりを通り抜けて
いく。
 森の中では、繁る樹木に遮られて奏甲は動きを阻害され、更に視界も塞がれる。
そんな状態でもやはり奏甲の攻撃力は歩兵と比べて圧倒的だ。いざとなれば強引に
移動することもできる鋼の巨人は、運用さえ間違えなければ確かに戦場の王者とな
り得る。
 故に、奏甲の死角を補う為に歩兵が数人、奏甲の足元、踏み潰される危険のある
範囲から微妙に離れて随伴していた。
 枝から滑り落ちてくる水滴や間近に響く奏甲の足音にも集中を途切れさせること
なく、奏甲からは見えない場所――道の脇にある茂み、木の裏側などなど――を丁
寧に調べ、敵のいないことを確認しながら前進していく。
 兵士の一人が茂みの裏を確認しようと足を踏み出し――

 ぱんっ!
「っがぁ!?」

 踏み出した足に体重をかけた瞬間、地面が……いや、地面に埋められていた板と、
その裏に上向きに固定されていた銃弾が弾けた。



「銃弾は尻を針でつついてやれば発砲できるからな。適当に針金と一緒に埋めてお
いた」

 がしゃりとソードが持ち上げたのは、対奏甲ライフル。担いで走り回るには大き
すぎる代物な上に真正面から奏甲の装甲を貫くことができるわけでもない。
 実用性、扱いやすさでは今ひとつの武器だった。

「トラップ、か?」
「いや、『ブービー』トラップだよ」



「うぁあ…」

 ぱぁんっ!

「ぎゃぁっ!」

 足を撃ち抜かれてよろめいた兵士は無防備に倒れることを回避しようと地面に手
を突き、更にその手までもが銃弾に貫かれて兵士はのた打ち回りながら泥だらけの
地面を転がった。
 慌ててそばの兵士が駆け寄り、その脚がワイヤーを引っ掛け――

 ばかんっ!

 横合いから飛んできた銃弾が、駆け寄ろうとしていた兵士の下顎を吹き飛ばした。



「厄介なのは随伴歩兵。奏甲だけなら平地はともかく、森では勝てないわけでもな
い」

 対奏甲ライフルを脇に置き、ロケット弾を手の中で転がしてソードは続ける。

「近づくわけにはいかんからな、直接でなく間接。森なら進路も配置も予想できる。
そこをトラップに引っ掛ければ良い」
「それなりの訓練は積んでいる。トラップに関する知識もある」

 ソードはその言葉に苦笑いした。

「知識では駄目なんだよ、トラップは」
「当然だろう。そこからの発想もできないとは言っていないが?」
「その発想に向いていないんだ、君……いや、お前は」



「銃撃!?」

 ワイヤーが視界に入っていなかった兵士や奏甲の反対側にいた兵士達が身を低く
して周囲を警戒しながら、慎重に負傷した仲間のほうへ移動を始めた。奏甲も足を
止め、近づくものを見逃さないよう周囲を照らす役割に専念する。
 ……その近く。彼らからちょうど陰になるところに、一人の兵士が意識を失って
木の幹に寄りかかっていた。



「お前は強い。生まれ付いて……作られ付いて?いや違うな。とりあえず元から強
い。だからトラップには向かない」

 きりきりと手榴弾の頭から突き出した信管を回し、点火までの時間を調節するソ
ード。
 レグニスは一度目を閉じて周囲の気配を探ってから、壁に寄りかかった。わずか
に首を傾げる。

「……興味深いと言えば興味深い講釈だな」
「講釈か……まあ確かにな。では続けよう」

 ああと頷いたレグニスから視線を外し、ソードは脇から手榴弾を拾い上げた。

「簡単に言えば、お前では人間の心理を理解できない。例えば……お前の動きが例
に取れるかも知れんな」
「動き?」
「お前の動き、正確には動きの後の動き、フォロースルー。それは『習った』物で
はあるまい」
「何故、そう思う?」
「人間には必要のない動きだからだ」

 ソードの回答はいたってシンプルなものだった。シンプルすぎて結論に至るまで
の過程が抜けているのは解っているのだろう、手榴弾を幾つかテープで纏めながら
ソードは再度、口を開く。

「お前が下半身でしっかりと反動を受け止めずに全力で物を殴れば……体重は変わ
らないんだ、反力でお前も飛んでいく。だが実際にお前は飛ばない。それは反動を
受け止めると言う動きを実行しているからだ」
「……ふむ」
「その動きは教えられたものではなく、教えられたことを実現しようとしている最
中に自分で覚えたことだと思うが?つまりお前に教えた奴はその動きが必要なかっ
た、だから教えなかったし、お前は必要だったから動きを自分で作り出した」



「あ、あぁ…」
「大丈夫だ、大丈夫!」

 ひとしきり叫んで転げ周り、今はショック状態に陥っている兵士に、仲間が必死
に呼びかける。
 顎を吹き飛ばされた方は確認するまでもなく死んでいた。ごっそりと顔の下半分
がなくなっている死体を見せないように身体を置き、抜けていく体温を補うように
手を置いて呼びかけ続ける。


 そしてまた、離れた場所。気絶していた兵士が呻いた。

「……あ、ぅ?」

 ぼんやりと目覚めた兵士は2、3ど頭を振り――はっと上半身を起こした。
 慌てて周囲を見回し、幹の裏から照らしてくる明かりに気づく。
 僅かな抵抗感に気づく余裕もなく立ち上がって低い枝を払い、やや樹の密度の薄
い場所――『味方』のいる場所へ駆け出す。
 そして障害物から顔を出した瞬間……向けられた銃口に顔を青ざめさせて兵士は
叫んだ。

「待て!味方、味方だ!!」
「……ふぅ。所属班は?」

 とりあえず問答無用で射殺されなかったことに安堵しながら所属を告げ、兵士は
茂みの中から首から下を押し出した。
 途端。

「――――」
「?」

 周囲の味方が――向こうで地面に寝ている兵士は負傷しているのだろうか、こち
らに気づいている様子はない――皆一斉に沈黙する。兵士は首を傾げ、皆の視線が
一点に集中している事に気づいた。
 視線をその場所、自分の胸へと下ろす。
 ……胸にぶら下がっていたのは、1、2、3……計8つの手榴弾。当然のように
そのピンは外れている。

「……あ」



 遠くで響いた爆音に、レグニスは顔を上げた。遅延一杯で丁度か…?などと呟き、
ソードは更に喋り続ける。

「お前に要求される、そして経験した事は……『人間』とは違ったはずだ。そして
人間とは違う、強者たるお前は弱者の手段には向かんし、弱者には不可能な手段が
強者には取れるはずだ。実際、その身体能力を生かせばトラップなど必要な場面は
そう多くあるまい」
「…………」
「必要なければ経験もしない。経験していないことには習熟もできない。だから外
を引っ掻き回すには今の状況なら俺のほうが向いているし、内側で察知されずに隠
れながら動き回るなどと言う事はお前にしかできん」

 さて、とソードは立ち上がった。体中に無理やりくくりつけられた武装がぶつか
って重く、硬い音を立てる。

「と、言うわけでレグニス、目標を頼む。俺は外の連中を始末する」

 既に反論を許さない口調。作戦指揮官は何故何も言わないのだろうとも考えるが、
もはやどうでもいいのかもしれない。

「……わかった」

 頷くレグニスの手の中で、ナイフがくるりと回転した。

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