「……わかった」

 頷くレグニスの手の中で、ナイフがくるりと回転した。


The Extra Episode "Sneaking(?)/5th"


「さて」

 レグニスと別れ、先程よりは大分弱まった雨と風に身をさらしながら、ソードは
低くつぶやいた。
 先程から散発的に銃声や爆音、打撃音や刺突音に悲鳴や怒号といった物騒な方面
にバラエティ豊かな物音が森の中から響いてくる。一つ一つに掛ける手間を惜しん
で数を増やしたのは正解だったらしい。
 随伴歩兵さえ引き剥がせれば、少なくとも不意をつけば奏甲を倒すか動作不能に
追い込むことは出来るだけの武器は調達済みだ。
 そればかりでなく相手の奏甲の足には、先程までレグニスが仕掛けまわっていた
爆弾がある。
 昔の経験――ろくな武器も補給もなく、ジャングルの中で上空から迫ってくるヘ
リや荒れ道をキャタピラでがりがりと掘り返しながら突き進む戦車達が我が物顔で
通り過ぎていくのを、血が流れ込んで赤っぽくなった視界で見送っていた時――と
比べれば、ずいぶんと今の状況は恵まれている。
 例え視界が遮られる夜の森とはいえ、ずんずんとその中を歩き回る奏甲の姿は、
その巨大さに加えて明かりを持っていることで丸見えに近かった。

「勢力圏内だけに当然と言えば当然だが……まぁ、こちらとしては狙いやすい」

 適当に視界が通る影の中に、脚を前後に大きく開いた形で片膝をついて担いでき
た対奏甲ライフルを構える。スコープではない、長方形の小さな金属製サイトごし
のソードの視線が、木々の間を通して直接見えている奏甲の太腿から腰の部分を捉
えた。

「定番で股間接――も、いいが」

 じゃこん、とレバーを引いて弾丸を薬室に送り込む。
 抱きかかえるように保持したライフルを一度持ち直し、ソードは目を細めた。
 微妙に上下が狭まった視界が下方向にずれ、茂みを映し出す。
 ……いや、ソードの視線は茂みを突き抜け、見えている部分よりも遥かに狭まっ
ている木の根近くの間をすり抜け、奏甲の歩行にあわせて大きく揺れ動いている足、
人間ならばズボンの縫い目と裾がTの字になっている部分を確実に捕捉していた。

「……、…、…………」

 森を掻き分けているせいだろう、不規則に動く奏甲のリズムに合わせて少しだけ
開いた唇が動く。
 一度目は微妙な遅れを修正し。
 二度目は速め過ぎて通り過ぎてしまったリズムを遅らせて。
 とん、ととんとトリガーを叩き、ソードの取るリズムは前に後ろに揺らぎながら
もう一つのリズム、目線の先の奏甲が動くリズムに徐々に徐々に同調していく。
 奏甲が腕を動かすたびにソードの口から無音の息が盛れ。
 ソードの指がトリガーを叩くと同時に奏甲の足が地面を踏みしめる。
 木々の隙間を抜けた先に、ゆらりゆらりと『点』が見え隠れし――

「…、………、……………っ!」

 一直線に目標と銃口を結ぶ『線』がイメージに浮かぶと同時にソードはトリガー
を引き絞った。

 ずばんっ!!

 弾丸と共に猛速で噴き出したガスが下草を盛大に揺らす。
 その与えられた運動エネルギーでもって弾丸は揺れる茂みを突き破り、木の皮を
微かに削り取り、無数の障害物の間にある狭い空間、だが確実に遮るもののない空
間を飛翔して。

 ――がつんっ!

 装甲の中でも割と厚く、更にフレームとの間隔も大きい部分に着弾した徹甲弾は
幻糸鉄鋼の板を貫くことは出来ずに減り込んだ形で止まってしまう。
 だが元から直接のダメージを狙った一撃ではない。
 ……弾丸が減り込んだ、その丁度裏側。丸く押し出された装甲板は貼り付けられ
ていた爆弾の円筒を完全に押しつぶしていた。
 割れた隙間からじわりと透明の液が染み出し、やがてそれは白煙を上げて――

 どんっ!

 奏甲の片脚をまるまる包み込むほどの爆炎が巻き起こり、一瞬森を橙色と黒の2
色に染め上げる。
 ほぅ、と思わず声を上げたソードが立ち上がる間に片脚を吹き飛ばされた奏甲は
倒れ掛けていた。
 大質量の金属が地面に接触する、盛大にして歪な音を右から左へ聞き流しながら、
ソードは視線を巡らせた。
 少しずつ交じり合う2液の反応によって爆薬を起爆すると言うやたらとアナクロ
な構造故に、強引な爆破も可能だった。
 割と近くに迫っている大きな足音と照らされる強烈な光を、影に身を潜めてやり
過ごす。
 爆発を直接目にしたならこうして確認に走るだろうし、目にしていないなら進行
を止めて周囲の警戒や状況把握に努めるだろう。
 どちらにせよ自分がすべきなのは相手を引っ掻き回した挙句時間切れまで持って
いく事だ。
 もともと奏甲自体は対空戦闘においてそれほど重要な戦力ではない。
 榴散弾などならともかく、マシンガンによる対空攻撃などは当てるためと言うよ
り相手の気を逸らすなり躊躇させるなりして攻撃させないためと言った方が近い。
固定された砲ならともかく、そもそも動き回るのが主な戦闘手段である大多数の奏
甲ではどうしても攻撃効率が落ちるわけだ。
 ……それ以前に、人間は見上げるより見下ろす方が楽なのかもしれないが。
 とにかく、今現在一番重要なのはレグニスの仕事、対空砲の破壊を邪魔させない
こと、自分が戦力と注意を外にひきつけて置くことだ。
 低い場所にある木の股に銃身を乗せ、やや高い位置から奏甲の周囲にうろついて
いる兵士を狙う。

 どばんっ!

 瞬間、赤と白の液体や破片になって爆散する兵士の上半身と、胸に大穴を空けて
吹っ飛ぶその向こう側に居た兵士。
 驚いて駆け寄った別の兵士が上空に向かって吹っ飛んでいく――先程新しく設置
したトラップだ――のを眺めつつ、今度はセオリーどおり奏甲の関節を狙う。
 周囲の警戒のために足を止めている今は、リズムを取るまでもなく照準が合わせ
られた。秒単位も間をおくことなく、もう一発。
 機械的に全ての動作を並行して行い、ソードは引き金を引く。

 どんっ!

 ――――徹甲弾が奏甲の膝裏に突き刺さり、倒れた奏甲が最後に残っていた随伴
の兵士を押し潰した。

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