冬也の兵器開発日誌

時雨 冬也
 十九歳、男性。寝てて気がついたら戦場のど真ん中に転がっていたというシュールな始まりを持つ。
 「まずは疑え」を信条とし、性格は表向き明るく裏は色々と根暗。
 ただし我慢の許容量が少なく限界を超えると溜息を突きまくるか切れるかのどちからに突入する。
 前者ならまだいいが後者だと手に持った武器を手当たり次第撃ちまくるので危険。
 大型兵器を好み、特にバズーカやガトリング砲をこよなく愛用する。
 そのマニアっぷりは凄まじいものがあり、無ければ作ってしまうほど。
 ちなみにその戦術はひたすら「砲撃」。
 当たるまいが当たろうが効かなかろうが効こうがとにかく撃って撃って撃ちまくるというもので、彼と一度でも共闘した英雄は決して前に出ようとしないという。
 ちなみに本人は撃てればそれで満足らしく、弾切れを起すと速攻で撤退する悪癖がある(弾を補給したら再び出撃。損害は二の次らしい)。
 また、ステラと出会う前にある機関で兵器の研究をしていたという噂がある。

ステラ
 十八歳、歌姫。元自由民だがぶち切れた冬也の説得(?)に心を打たれ、また彼との宿縁もあって歌姫となる。
 が、どうも生理的に冬也と肌が合わないらしくリンクは低かったりする。
 自由民出身だからか過激な発言が多いが、その一方で少女らしい事に憧れるお茶目な面もある。
 単体での戦闘力も冬也以上だが、奏甲に乗っている時はもっぱら暴走氏がちな冬也の制御の方に手を焼いていたりする苦労人。
 なんだかんだ言って冬也をほうっておけず、文句を言いながらもパートナーをこなしている。

ヘル・ハウンド
 冬也の乗る奏甲でゼーレンヴァンデルグの改造機。
 といっても違いはボディカラーが黒メインにパープルのラインに変わっているのと、頭部が狼を思わせる形状のものに変更されているというだけである。
 また、冬也の開発した新型兵器のプラットフォームになる事も多い。
 標準状態で両腕の固定装備がガトリングランチャーに、両肩の装備が毎度毎度違う試験装備に変わっている。
 ちなみに試験兵器の爆発による各座を四回程経験していたりする。

その1 〜お魚と森〜
 
 とある森の中。奇声蟲がわらわらとたむろし、普通の旅人は一切通らないようなその場所で、盛大な爆音が轟いていた。
 爆音が轟くたびに、森の木々を紫の血が染め、巨大な蟹じみた破片が宙に舞う。
 その真っ只中で、時雨冬也は銃声に負けぬくらいの大声で叫びながら、愛機ヘル・ハウンドの両手に持たせたヘビーガトリングガンを乱射していた。
「撃つべし撃つべし撃つべし撃つべし撃つべし撃つべーしっ!!」
 両手に握られた銃身が回転し、マズルファイヤを輝かせると同時に、吐き出されたHEATが立ち並ぶ奇声蟲を薙ぎ倒していく。
 だが、その射線はある程度纏まっているとはいえ、殆ど狙いをつけていないといっても過言ではなく、
 事実撃ち出された弾丸のおよそ三割は木々を薙ぎ倒し、柵を吹き飛ばし、街道にクレーターを作っていた。
 だが冬也は一向に構わず、今度は背中にしょったコンテナを起動させた。
「試験兵器No.15! コンテナミサーイルッ!!」
 冬也が叫びトリガーを引き絞ると同時に、背中に背負われた箱が噴煙を吐き出しながら宙に飛び上がった。
 それは奇声蟲の群れに真っ直ぐに突っ込むと、突然破裂し中から無数の小型ミサイルを撒き散らした。雨のような爆撃に、森ごと奇声蟲の群れが吹き飛ばされる。
「はっはっはっはっは、ひれ伏すがいい愚民ども!」
『………って、冬也! 前見ろ前!』
「はい?」
 ”ケーブル”を通じて聞こえてきた凛々しい声に、高笑いしつつガトリングガンのトリガーを引きっぱなしにしていた冬也は前を見て、そして絶叫した。
「うわあああっ!? 何でこっちにミサイルがああっ!?」
 叫ぶ冬也の目の前には、何故かこっちに飛んでくるミサイルの群れが。その数、実に十発以上。
 打ち出した二つのコンテナに内包されていたミサイルの実に半分がこちらに飛んできた計算になる。
『だから熱量追尾はやめとけっていったんだ! アレ、お前のガトリングガンに反応したんだ!』
「〜〜〜〜っ! 撃ち落すっ!!」
 冬也は即座にガトリングガンを斜めに構え、こちらに向けて飛来するミサイルに向けて乱射した。
 豪雨のような弾幕に、ミサイルの殆どが立ち待ち撃ち落される。ミサイル自体が自立誘導の試作型の為、速度が遅いのも撃ち落せた理由ではあるが。
 が、後二発という所で、突然ヘル・ハウンドのガトリングガンが沈黙した。
「あ、弾切れ?」
『あ、弾切れじゃねええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!』
 冬也の呟き。女性の絶叫。んで、迫り来るミサイル。


 この日、ヘル・ハウンドの各座記録が一つ増えた。


「全く、派手にやられちったなぁ」
「その原因は誰だ? 全く、あれほど無駄弾は慎めと言っていただろうが」
 ボロボロのヘル・ハウンドを前に溜息を突く冬也に、後ろに立っていた青い髪の女性が厳しい声を投げかけた。
 腰にはショットガンをぶら提げ、首にはチョーカーを巻いている。
 冬也の歌姫、ステラだ。彼女は呆れたような表情で、同じくぼろぼろの奏甲を見上げた。
「まあ、しかし良く無事だったな、私達も」
「んー、まあゼーレヴァンデルグの頑強さは折り紙つきだからね。だからこそこの機体を選んだのだけれど」
 うんうん、と頷く冬也。
 今、二人は最寄の町にある工房へヘル・ハウンドの修理に訪れていた。
 ミサイルの着弾による被害は咄嗟に外部装甲を排除したので最小限に済んだものの、
 足回りに相当のガタが来ており、装甲が外れたままでは心もとないとの理由である。
「んー、まあいいんじゃない。随分前の奇声蟲の群れ一つもろとも吹き飛んだ時に比べればさ」
「………私はあれでも生きているお前のほうが不思議だ」
「はっはっはっはー、男ってのは一つや二つくらい謎があったほうが格好いいのさ」
「……いやな謎だな」
 冬也は能天気な笑い声を上げると、工房から出て行く。ステラも一つ溜息を突くと、駆け足でその隣に並んだ。


 三日後。冬也は最近の兵器の失敗続きで溜まってしまった赤字を返済すべく、ステラと二人で奇声蟲の群れを潰しに出かけていた。
 ヘル・ハウンドの両手にはいつものガトリングガンではなく、変わりにショットガンが握られていた。
 肩装備も、単なるプレートに変わっている。あと、腰には何やら土管じみたでっかいパイプのよーな物がマウントされている。
「…………撃ちたい」
『我慢しろ。赤字なんだ』
「でもさあ、貴族種が出てきたらどうするのさ〜〜」
『貴族だろうが衛兵だろうが、お前はやる事変わらんだろうが。いいからさっさと群れを探せ』
「うううう〜〜〜」
 滾る乱射への欲求をにべも無く払われ、冬也はしぶしぶ見渡す限りの森へと目を戻す。今彼らがいるのはシュピルディム近郊のインゼクテン・バルトの端である。
 依頼の内容はこうだ。
 最近インゼクテン・バルトからちょくちょく奇声蟲が現れて村々へ損害を与えては姿を消す、という事件が立て続けに起きているので、その調査というものだ。
 もっとも調査といってももし件の奇声蟲の群れに遭遇すれば殲滅するのに変わりは無い。
『そもそも、今回は同業者も来てるんだ。さっさとせんと手柄を奪われるぞ』
「そうは言われてもねーー。って、お?」
 冬也がふと、森の向こうへ目を凝らす。そこでは、何やら煙が立ち上っており、……次の瞬間、轟音と共に数本の木々が薙ぎ倒されていく。
 そして、かすかに聞こえてくる織歌と、耳障りなノイズ。
『戦闘だっ!』
「言われんでも! 援護に向かうっ!」
 冬也は叫ぶと、森へと全速で走りよった。そして、戦闘が行われていると思われる区域に突入するなり、
「撃つべし撃つべし撃つべしっ!!」
 乱射。
 両手に握られたショットガンが唸りを上げ、散弾が奇声蟲を次々と薙ぎ倒す。んで。
『うわああああっ!! とどめを差しに来たのかっ!?』
『……………』
 一緒に戦っていたお魚な奏甲も巻き込む。
 あ、と銃撃をやめた冬也の前で、その奏甲……ブラオヴァッサァは、びちびちと陸揚げされたばかりの魚のように特徴的なその体を悶えさせていた。
 その装甲が、哀れになるくらい凹んでいるのは、決して今まで奇声蟲になぶられていたからだけではないだろう。
「………ていうか何故に森のど真ん中でブラオ……?」
 一瞬唖然とする冬也だが、我に返ると奇声蟲に向けて牽制しつつ、ブラオへと駆け寄る。
「大丈夫かっ!?」
『先に来ていたという同業者ではないな……。追加人員か?』
『ああ、話を聞いてな。………うう、なのに何故援護に来て何で撃たれなければいけないんだ………』
「う゛………」
 冬也は青い顔になるが、気を取り直して銃口を奇声蟲の群れに向けた。
 先ほどの有無を言わせぬ乱射でだいぶその数を減らしてはいるが、それでも脅威であるのには変わりは無い。
「……うーん、あれが件の群れ? 別に普通だと思うんだが……」
『そうだな。そこのブラオヴァッサァの英雄、他に何か見てないか? それとも、衛兵如きにやられていたのか、貴様は?』
『……いや、いくらなんでも衛兵種ごときに遅れは取らないさ。気をつけろ。奴が来る!』
 助けた英雄の言葉が言い終わらぬかどうかと言う所で、突然ヘル・ハウンドの頭上からノイズが響き渡った。
 慌てて顔を上げた先には、逆光の中突っ込んでくる巨大な影がある。
「うわああああっ!!」
『ぬおおおおおおっ!」
 とっさにヘル・ハウンドは四つん這いで逃げ出し、ブラオはびちびちと跳ねてその場を飛び退った。
一瞬遅れて、巨大な質量が地面へと叩き付けられ、衝撃と土煙が辺りに響き渡る。
「おいおい………、まさか、今のって……」
『ああ……。信じたくは無いがな……」
 ショットガンを構えなおすヘル・ハウンドの目の前で、ソレは煙を突き破ってゆっくりと姿を現した。
 奏甲の倍以上の巨大な紅い体、六本の足。その背中には、四枚の巨大な翼。

「………高速飛行型の貴族種だって……?」


つづく

一言:水無月さんゴメンナサイ。

 前回のあらすじ
 
 立て続けの試作武器の失敗による借金を返済すべく、冬也とズテラは奇声蟲退治に出かける事となった。
 だが、その先で彼らは、ぼこぼこにされたブラオヴァッサァと、新種の非行型貴族種を目の当たりにする……。
 果たして二人の運命は?



その2 ”羽と魚”


 インゼクテン・バルト。
 かつて奇声蟲達が始めて発見された場所であり、そしてアーカイア最大の奇声蟲生息地であるここで、今激しい戦いが繰り広げられていた……。

「どぉわあああああああっ!!」
 悲鳴を上げながら冬也のヘル・ハウンドが横っ飛びに飛び退った。
 一本の木を薙ぎ倒しながら倒れこむその後ろで、何も無い地面が爆発したように弾けとんだ。
 その上、高速で赤い閃光が駆け抜けていく。その正体は、空の殺戮者、飛行型貴族種。
 巨大な翼を震わせ、悠然と地面に倒れこむヘル・ハウンドを睥睨した貴族種は一つ甲高い声を上げると、真っ直ぐにヘル・ハウンドに突っ込んでいく。
「やばいっ!!」
 貴族種がノイズを放つのと、ヘル・ハウンドがその場を離脱するのは全く同時だった。
 圧縮されたノイズが衝撃波と化して大地を砕き、その衝撃に背を押される形でヘル・ハウンドは貴族種から距離を取った。
「ちくしょーーっ!! 蟲のくせに飛び道具使うなんて卑怯だ〜〜〜〜っ!!」
『言ってる場合か!? おい、そこのブラオヴァッサァの英雄、ぼさっとしてないで早く援護しろ!!』
『いや、俺のブラオ、ホバーユニットが逝かれてるんですが……』
『盾ぐらいにはなる!! お前それでも英雄のつもりか!?』
 無茶言うなーー、とは冬也も思ったが、敢えて黙っておく。
『あーもう、分かったよ!! 翠霞、織歌頼む!』
『……お兄ちゃん……』
『はい?』
『翠霞はね……、雨の日も、風の日も、雪の日も、いつだってお兄ちゃんを見守ってるから……』
『………ハイ?』
『翠霞の事………忘れないでね………ガクッ』
『って何棒読みでほざいて寝てんだお前はぁ?!
 つうかさっきだってめんどい、とかいって唄ってないんだから疲れてるわけねえだろうがーーーっ!! こら、起きろ、起きろっ!!』
「………………」
『………………』
『ってうわーーーっ!! こら、てめえら、まだいたのかっ!? あっちいけ、あっち! そこ、触手のばすなーーーっ!!』
 残った衛兵に囲まれ、びちびちと瀕死の魚みたいにもがくブラオ。
「………援護は期待しない方がいいみたいだね……」
『………やれやれ………』
 冬也とステラは大きく溜息をつくと、改めてこちらへ突っ込んでくる貴族種に向き直った。
 当の貴族種は、今度は低空で木々を衝撃で薙ぎ倒しながら真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる。
 ノイズでは仕留めきれないと判断し、戦術を変えたようだ。
「ていうか真正面から見るとマジで怖ぇえっ!!」
『いいから撃てっ!!』
 ステラの怒声と共に、両手に握られたショットガンが火を噴いた。
 市場には出回っていないハンドメイド武器ではあるが、リーゼシリーズの装甲すら突破するように作られた設計に抜かりは無く、
 いささかジャムる確立が高い事を除けばそのまま売りに出しても良い完成度を誇る一品である。
 なのだが。
 放たれたスラッグ弾は、全てカンカンと音を立てて弾かれていた。
 貴族種はうっとおしそうにしながらも、こちらへの突撃を続行してくる。
 それを近くにあった大木の陰に隠れることで回避するが、次の瞬間隠れた大木は木っ端微塵に粉砕されていた。思わず青くなる冬也とステラ。
『………何がリーゼシリーズの装甲も貫くだーーーーっ!! 全然効いてないじゃないかっ!?』
「仕方無いだろっ!! そもそも散弾でこの距離から高速飛行してる物体に有効打を与えろって方が無理なんじゃーーーいっ!!」
 冬也は叫び返すと、半ばやけくそに銃を撃ちまくった。
 だが、その殆どが虚しく貴族種の分厚い外殻に弾き返され、逆に貴族種から放たれたノイズをほうほうの体で避ける。
「あ・あ・あ・あ・あ〜〜〜〜!! 調子に乗るなよこの腐海の蟲もどきっ!!」
 何を考えたのか、ヘル・ハウンドは突然せまるくる貴族種に背を向けると、一本の木へと走っていく。
 そのまま跳躍すると、木のてっぺんくらいに足を引っ掛け、その重みで木が大きくしなる。
「大じゃーーんぷっ!!」
 そしてそのまま反動を利用して宙に舞う。
 狙いはこっちへ馬鹿正直なまでに真っ直ぐ向かってくる貴族種、その背中。
 ヘル・ハウンドは砲弾のように貴族種に突っ込むと、その背中の出っ張りを引っつかんで無理やりその背中に乗り移った。
 その衝撃で大きくバランスを崩す貴族種の背中に、銃を突きつける。
「ふふふ、いくらなんでもこの至近距離な……」



『ギチギチギチギチギチ』
『ギギギギ………』
『キチキチキチキチ』
『ギッギッギッギッギッ………』


「…………・・・ぃゃん」
 蟲。蟲。蟲。
 跳び乗った貴族種の背中。そこには、無数の衛兵種がびっしりと張り付いていた。
 さながら卵から孵ったカメムシの幼虫の如く。もしくはヤドクガエルのオタマでも可。
 とにかく、抵抗が無い人間には気持ち悪い事この上ない。
 んで、当然この光景はサブコクピットに乗っている冬也の宿縁の歌姫も目にしている訳で。
『うーーーん……』
 パタッ
「へ? ステラ? ステラーーーーッ!?」
 歌姫で元自由民とはいえ年頃の女の子。いろんな意味で非常識かつ気味の悪いこの光景にはさすがに堪えたらしい。
 織歌が途切れ、絶対奏甲の出力が落ちる。次の瞬間、ヘル・ハウンドは数匹の衛兵種に組み付かれたまま貴族種から振り落とされた。
「いやぁアアアアアアアアアアあアアあああああああああああっ!!!!!」
 真っ逆さまに墜落していくヘル・ハウンド。当然、地上砲撃型であるゼーレンヴァンデルグには空を飛ぶ事など適わない。
 このままでは地面にたたきつけられてジ・エンドである。なまじ総重量が大きい分、乗っている歌姫と英雄の命も危ない。
「……………ここで…・・・…ここでアイツとの約束も果たせず死ねるかぁぁああああああああああっ!!」
 冬也は咄嗟に、両足についているブースターで姿勢制御。
 同時にサブコクピットを除く全追加装甲と武装を強制排除し、軽くなった機体の足を地面に向け、着地の瞬間にブースターを全開で噴射する。そして、着地。
ドズゥンッ!!
「かーーー、効くぅ〜〜〜」
 呻く冬也。だが、必死の操作のかいあって、ヘル・ハウンドは両足を地面にめり込ませて入るものの、何とか地面に立っていた。
 だが、ステラが失神してしまった為これ以上の戦闘続行は不可能、おまけに貴族種は怒りの声を上げながらこっちへと真っ直ぐに突っ込んでくる。
 さらに一緒に落ちた衛兵種の何匹かがしぶとく生き残って、ぼろぼろのヘル・ハウンドに齧りつき、がりがりと装甲を削り取っていく。
「………ひょっとして、絶対絶命?」


つづく

一言:水無月さんマジで御免なさい。

その3

 迫り来る貴族種。冬也はどうにか逃げようとするが、ヘル・ハウンドはうんともすんとも言わない。
 おまけに、機体には衛兵種が取り付いてがりがりと装甲を削っていく。
「くそっ!! せめてステラだけでも……!」
 冬也がステラだけでも逃がそうとスイッチに手を伸ばした瞬間、眼前まで迫っていた貴族種の横っ面に突如飛来した矢がたたき付けられた。
『ギィイイイイイッ!?』
「!?」
 突き刺さらなかったものの、奇声を上げてバランスを大きく崩す貴族種。そして、森の向こうから、一機の奏甲が走ってくるのが目に入った。
 真っ白な鋭角的なデザイン、グラオグランツだ。さらに連続して放たれた矢が、ヘル・ハウンドに取り付いていた衛兵種を一匹残らず粉砕する。
『……大丈夫か?』
「あ、ああ………。アンタは?」
『柊 和十。お前と同じ依頼を受けていたものだ』
 グラオグランツの英雄はそう答えると、両手でもったクロスボウを貴族種に向けてはなった。
 ショットガンと違い質量を持った高速の矢が、次々と貴族種に突き刺さっていく。だが、貴族種もやられてばかりではなかった。
『ギィィィイイイイイイイイイイッ!!』
『っ!!』
 怒り狂ったような甲高いノイズ。それは凝縮され歪みとなり、グラオグランツに向けて打ち出された。
 とっさに回避したグラオグランツの目の前で、大地が爆音と共に爆ぜる。
『ノイズを高めて、衝撃波を放っただと?』
「気をつけろ、その貴族種普通じゃない!!」
 冬也の言葉に、グラオグランツははっと貴族種を見上げる。その背中から、五匹の衛兵種がグラオグランツ目掛けて飛び掛った。
『くっ!!』
 とっさにグラオグランツは腰に差していたアークソードを引き抜くと、一閃した。
 その一撃で五匹の衛兵種全てが砕け散る。だが、貴族種の狙いはそこだった。
「危ないっ!」
『何…ぐわぁあああああああっ!!』
 衝撃。いつの間にか近寄っていた貴族種の体当たりを受けて、グラオグランツのボディが宙に舞う。あまりの衝撃にか、アーマーは歪み、左腕がもげている。
 そのままグラオグランツは二十メートル程吹っ飛ばされると、大木に叩きつけられてずり落ちた。
「和十さんっ!!」
『だ、大丈夫だ……。とっさに後方に飛んで衝撃をある程度逃したからな……。…ああ、大丈夫、心配するなユリアナ』
 和十は苦しそうにそう告げると、グラオグランツはよろよろと立ち上がった。残った右手で、アークソードを構える。
 そんなボロボロのグラオグランツに、貴族種は凄まじい勢いで突っ込んでいく。
『当たるものかっ!!』
 ひょいひょいと巧みに貴族種の突撃をかわすグラオグランツ。だがその動きは目に見えて鈍っている。このままでは当たるのも時間の問題だ。
「くそっ、そっちのブラオの英雄……は無理だし、どうしろってんだよ……」
『あ、そこ、大変なのは分かるけど無視しないで助けてくれ〜〜っ!! 装甲が、装甲がぁっ!!』
 相変わらず衛兵にまとわり疲れて悶えているブラオヴァッサァをちらりと横目で見て、愚痴を漏らす。
 ちなみにブラオがコクピット以外の装甲をはがれて、段々猫に食われた魚状態になっているのは見てみぬ不利。そもそも助けられないし、今の状態では。
「くそっ、どうにかショットガンで牽制くらい……っ!!」
 冬也はコクピットに腰を落ち着けると、無駄だとは思っていながらショットガンの引き金に力を込めた。
ドンッ!!
『ギィイイイイイイイッ!!』
ズザザザザザザ………
「あれ?」
 放たれると思ってはいなかったショットガンが火を吹き、その一撃は偶然にも貴族種の羽を一枚もぎ取っていった。
 地面を削りながら不時着する貴族種を前に、冬也は思わず間抜けな声を漏らす。その耳に、凛とした聞き慣れた声が響いてきた。
『すまん、冬也。まさか気絶してしまうとは』
「ステラ? 良かった、気がついたんだな」
『ああ、しかし情けないな……』
「善いって善いって。ステラだって立派な女の子なんだから、気にしない気にしない。それよりも、問題はどうアレを倒すかだな……」
『………女の子?』
 冬也は足を地面から引き抜きながら、飛べなくなりながらも今度は残った羽を羽ばたかせてグラオグランツを牽制している貴族種に目をやる。
 羽を一枚もぎ取ったとはいっても、それは飛ぶ貴族種がただの貴族種に成り下がっただけであり、さらにあの貴族種はノイズを衝撃波として放つ能力を持っている。
 ぼろぼろずたずたの現在の戦力では、撃破するのは普通、不可能に近い。そう、普通ならば。
『………女の子……』
「よし、ステラ。アレを使うから、出力上げてくれ」
『………女の子……(ぽっ)』
「ステラ?」
『……はっ!? な、何だ冬也!?』
「ん、”ドラッヘン・カノーネ”を使うから、出力を上げて欲しいんだ」
『わ、分かった。くれぐれも援軍を巻き込むなよ』
「ok」
 冬也はそう答えると、先ほどパージしてそこら中に散らばっている部品の中から、背中に背負っていた土管のような巨大なパイプというか筒に手を伸ばした。
 それを肩に担ぎ、握り手を引き出して構える。狙いは、グラオグランツに襲い掛かっている貴族種。
「おいっ!! 和十とやら、そこから急いで離れろっ!!」
『っ!? っ、分かったっ!!』
 冬也の担いでいる物騒な物が目に入ったのだろう。和十は引き攣ったような声を上げて、グラオグランツを後退させた。
 冬也か和十か、一瞬どちらに追撃するか迷った貴族種がその動きを止める。
 それが、勝負の境目だった。
『幻糸炉活性率臨海を突破! 今だっ!』
「”ドラッヘン・カノーネ”……、発射っ!!!」
 ドォン、と轟音と煙を纏って、砲身から一発の砲弾が打ち出される。
 それは青白いブースターの光を放ちながら尋常ならざる速度で貴族種に突っ込み、そのままその巨体は森の奥まで推し進め、そこで炸裂した。


 閃光。
 爆音。
 衝撃。


「どおわぁあああああ〜〜〜〜〜っ!!」
『きゃああああああああっ!!』
『ぬううううううううううっ!!』
『死ぬっ! 死ぬっ! 焼き魚になるのはイヤだ〜〜〜〜〜っ!!』
 あまりの衝撃に、三つの奏甲はそろって吹き飛ばされていく。後に残ったのは、半径一キロに渡って抉り取られたインゼクテン・バルトの森が。





「生きてるか〜〜〜?」
『あ、ああ……。何とかな。他の英雄達は?』
 爆心地から二キロ離れた荒地。元は森だったその場所で、冬也は瓦礫を押しのけて何とか顔を出した。
 辺りを見回すと、向こうのほうでグラオグランツが同じように瓦礫を押しのけてほうほうの体で姿を現すのと、
 逆さに地面に突き刺さってびちびちもがいているブラオヴァッサァの姿が目に入った。
「何とか……助かったみたいだな……」
『それはそうなんだが……。これでは、報酬を貰っても赤字だな』
「…………え?マジ?」
『ああ、大赤字だ。これから当分風呂掃除するしかないな……』
「えええええっ!?」
『貴様……、何をするかと思えばとんでもない物を使いおって……。TPOを少しは考えろっ!!』
『怖いよ〜〜、暗いよ〜〜、狭いよ〜〜、誰か助けてぇ〜〜〜』


 蟲の森に響く英雄達の泣き言と怒声は、三日後に救援隊が来るまで続いたとさ。




チャンチャン♪




つづく

何か一言:色々すいません……。

その4 ”赤と風呂”


「あー、やれやれ、何で俺がこんな事……」
『文句を言わずにちゃっちゃとやれ』
 ここはハルフェアの首都、ルリルラ。
 温泉の街としても名高いその街一角で、一機の絶対奏甲がモップ片手に動いていた。
 言うまでも無く、冬也のヘル・ハウンドである。
 何で天下の絶対奏甲で風呂掃除なんかしているのかというと、話は数日前にさかのぼる。
 インゼクテン・バルトでヘル・ハウンドことゼーレンヴァンデルグを派手にぶち壊してしまった冬也は、
 そのまま無色の工房に呼び出され、きっつーーいお叱りを受けた。
 理由は、貴重な実験機でありまだこの世に数対しか生産されていないゼーレンヴァンデルグを、よりによってほぼ全壊状態にしてしまったからだ。
  データディスクが残っていたから良いものの、
 もしそれさえもなければ今頃冬也は巷で有名な”マッドな整備士が支配する不眠不休の工房”とやらへ強制送還されていたであろう。
 んでもって、せめてもの償いとしてかなりの金額を稼いでくるように指名され、絶対奏甲を壊すわけにも行かない冬也は戦闘に出るわけにも行かず、
 仕方なくこうやって人がやると数十人単位で数時間かかるような大きい温泉をアルバイトで洗って回っているのだ。
 ……もっとも、ある意味機密の塊であり貴重な実験機であり天下の絶対奏甲をこんな事に使っているのを無色の工房が知ったら、また雷が落ちるのは確実であるが。
「………ちくしょう、俺のガトリングガン……」
『借金のかただ、仕方あるまい」
 さらに折角作った試作兵器の数々も、借金の足しとして全部没収されてしまっていた。
 まあ、おかげで借金は半分にまで減ったのだが、それでも半分も残っている。金額は敢えて言うまい。
「そもそも機奏英雄を武器無しにしちまうあの神経が俺には分からん……。
 まだまだ寄生蟲やら現世騎士団のくそったれどもはうじゃうじゃいるってのに、これからどうしろと……?」
『………そうだな。まあ、借金返済に期間を設けてくれた分、情けはかけてくれたほうだと思うが』
 その後も、冬也の愚痴とステラの慰めは、日が暮れるまで続いた。
 それでいて、……なんだかんだいって、しっかり隅々まで奇麗にして約束よりちょっと大目に報酬を貰った冬也だった。


「ローゼリッタァ?」
 その日の夜。宿屋のロビーで同じ席に座っていた少女からお酌をしてもらってステラに足をふんずけられたり、
 ステラに絡んだおっさん英雄が一本背負いで投げ飛ばされたりしているうちに、
 冬也は旅の途中だという英雄から最近この街の近くにでるという紅い奏甲について話を聞いていた。
「ああ。何でも自由民の新型だそうで、キューレヘルトよりも性能は大幅に上らしい」
「………自由民、ね」
「そうだ。あいつらの言い分も分かるが、こっちとしては何というか、言いがかりもいい所だな」
「まあ、確かに。こっちは一方的に呼び出された訳だからな〜〜。ま、おかげでステラに遭えたんだけど」
 冬也はそういうと、ちらりと片目で己の半身を見つめた。……ステラはちょうど、さっきのおっさん英雄と腕相撲をしているところだった。
 ……何気にステラが押しているとか、テーブルがぎしぎし壊れ始めているとかは、とりあえず見ない事にする。
「ははは、言ってくれるね。まあとにかくそんな訳だからさ、君も気をつけろよ?」
「ああ、ご忠告感謝する。借金溜まってて機体壊す訳にはいかねえからな〜〜」
「ははははは、それは大変だな。それじゃ、俺は休むよ。じゃあ」
「ん。お休み〜〜」
 手を振る冬也に、旅の英雄は同じように手を振って答えた。


 ……その英雄が、大破したフォイアロートとともに重症で見つかったのは、二日後の朝の事だった。




「ここらへんの筈だが……」
『………冬也、本気なのか?』
 英雄が重症で見つかったその翌日。冬也はヘル・ハウンドで英雄が見つかった森外れの街道へと赴いていた。
 右手には、英雄の大破したフォイアロートから失敬したブロードソードとシールドが装備されている。
 が、他の部分は丸裸同然で、ゼーレンヴァンデルグ最大のウリである重火器は一つも装備されていない。
『仇を討ちたいというのも、彼の歌姫を助けたいというのも分かるが……』
「理由なら他にもある。こいつの報奨金みただろ? あれだけあれば今までの稼ぎと合わせれば借金返済も可能だ。そうすれば、開発も開始できる」
『………やれやれ』
「悪いか?」
『悪くは無いが……何故、お前は開発にこだわる? 何か特別な事情でもあるのか?』
「おしゃべりはここまで。あそこだ」
 ステラとの会話を一方的に打ち切ると、冬也はまだ色濃く残る戦闘跡地へ慎重に歩み寄った。
 そこにはいくつもの足跡が残り、砕けた装甲の破片が散乱している。
 また少し離れた場所には、おそらく件の英雄が使用していたと思われる馬車が、横転した状態で転がっていた。冬也はそれに近づくと、周囲に探査をかけた。
「………駄目だな。人の足跡が無い。絶対奏甲の足跡ならいくらでもあるが、こうなると……」
『直接攫われた、だろうな。しかし、歌姫を持っていくとは……犯人は現世騎士団か?』
「………そう判断するのは早計だ。もう少しあたりを調べてみるか……」
 そう冬也が呟いてヘル・ハウンドを起した瞬間、森の奥から一本の矢が飛んできた。
 とっさにそれをブロードソードで切り払い、ヘル・ハウンドを後退させる。睨みつけた森の緑の中、紅い影がちらりと横切る。
『敵!?』
「………成程な」
 やけに冷静な冬也。それにステラが疑問を抱く前に、その回答は森を突っ切って眼前へと飛び出してきた。
 二本の角、半月状のバランサー、そして真紅のボディ。それにステラは見覚えがあった。
『な……、次世代型キューレヘルト!?』
『今はローゼリッタァよ、裏切りものっ!!』
 思わず驚愕のあまり叫んでしまったステラの叫びに答えながら、その真紅の奏甲は両手で持ったグレートアクスをヘル・ハウンド目掛けて振り下ろした。
「ステラ、織歌を途絶えさせるなっ!!」
 驚愕に叫ぶステラに叱咤しながらも、冬也は両手の剣と盾を重ね合わせ、アクスを受け止める。
 直に織歌が紡がれパワーが上がるも、ローゼリッタァのパワーは強大で中々押し返せない。
「ちぃっ、大したパワーじゃないかっ、名無しのくせにっ!!」
『名無しじゃないわよっ! 忘れたのっ!? あの時そこの裏切り者と同じキューレヘルトに乗っていたシルヴィア、シルヴィア・ハウンゼントよっ!』
 シルヴィアの声に押されるように、ぐぐっとヘル・ハウンドの足が地面に沈み込む。
『はははっ! どう、新型のローゼリッタァのパワーは!? このまま押しつぶされちまいなっ!!』
「………はん。甘いんだよ」
 冬也の不敵な言葉。同時にステラの織歌が響き、幻糸炉の出力が大幅に跳ね上がる。
 次の瞬間、ローゼリッタァは両手で構えたグレートアクスごと、宙に弾き飛ばされてしまった。
 とっさに体勢を立て直すも、その目の前には振り下ろされるブロードソード。
『なっ!?』
 ガキィイイインッ!!
 再び弾き飛ばされるローゼ。ヘル・ハウンドは振りぬいたブロードソードを肩に担ぎながら、ゆっくりとローゼリッタァに歩み寄る。
『そ、そんな……っ! このローゼリッタァが力負けするなんて!?』
「だから甘いんだっつってんだろーが。
 生憎実はこっちも新型でね、同じコンセプトなら幻糸を使用できるこっちが幻糸を極力使用しないそっちの機体にパワーで勝るのは道理だ。
 ついでに言うと、こっちの武器は長い分遠心力の助けを得られるからな、力任せの切りあいじゃあ断然有利だ」
『………成程。見慣れない機体だと思ったら、新型だったのね。上半身と下半身がアベコベで不細工なもんだから油断したわ……』
「………うるさいわい。単に今は必要なもんがついてないだけで、本当はカッコいいんだよ」
 不細工呼ばわりされて、ちょっと凹む冬也。
『……まあ、いいわ。でもね、結局貴方は私に勝てないのよね』
「何だと?」
 冬也の怒りが若干混じった声に、ローゼリッタァは肩をすくめるような仕草をした後、己の頭を指差した。
『今、この子のサポートをしている歌姫、誰か分かるかしら?』
「んなもん分かる訳が………って、まさか………」
『シルヴィア、貴様……っ!!』
『ふふふ……、聡明ね二人とも。そう、大当たりよ』


『今この子を動かしているのは昨日私が攫った歌姫よ。ふふふ、私ごとあの娘を殺せるならやってみなさぁい?』



つづく

何か一言:うわ、めっちゃ卑怯や。

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