歌姫設定 シェフィーリア・ノイン・アコンゼント 十六歳のトロンメル出身の少女。それぞれ星座と護り石は顎座、月雫石。 歌の修行の為にヴァッサマインへとやってきている。性格は快活で明るく、慈悲深い。その一方でややおっちょこちょいな所や、思い込んだら一直線な部分もある。 その招待はドラッヘン・トーアにて竜神を祭る一族の”竜の巫女”であり、歌術を通じて竜達と会話する事が出来る。 巫女の存在は竜骨などを譲り受ける時等に必須であり、ヴァッサマイン等の沿岸国とは昔から縁があった。 属性として特殊な陽の相を持ち、それが故にか哲也と巡り合う事となる。 特殊歌術”竜王の雄叫び” ”竜の巫女”のみが使える特殊な歌術で、竜の雄叫びを真似る事により凄まじく遠方まで歌を届かせる秘術。 これによりシェフィーリアは竜達と会話したり、歌術の効果範囲を大幅に広げる事が出来る。 第一夜 「ねえねえ、知ってる?3号室の男の子?」 「うん、知ってる。精神異常者なんでしょう?」 「うん、何でも幼馴染を病院送りにしたとか……」 「怖いわねえ」 白い建物に、彼はいた。重度の精神疾患を抱えた者が収容される、特別病棟。その奥の、厳重に隔離された扉の向こう。 その3号室と呼ばれた部屋の窓際、強化ガラスの扉の前で、彼は一人空を眺めていた。 窓の外の景色は既に暗く、夜空にはまん丸な月が輝いている。それを彼は、ただずっと見つめていた。 白い貫頭衣を羽織ったその少年の髪は銀、瞳は赤、肌は白く、月光に照らされたその姿は今にも消えてしまいそうなほど儚い。 彼の名は麻神哲也。十七歳。五年前にこの病棟に隔離された、特別患者の一人だ。 「………」 哲也は、ただ夜空を見上げていた。別に何がどうとか、という訳ではない。他にする事が無かっただけだ。真っ白な病室には机とベッド以外には、何も無い。 ほー、ほー 音も無く、一羽の梟が窓際に姿を現した。その梟は一本の木に止まると、くるりと顔を回して哲也の部屋をのぞきこむ。 それに哲也は手を振って答え、梟は不思議そうにくるくると頭を回した。哲也は僅かに微笑み、再び月を見上げた。 その時だった。 「…………?」 ふと、哲也は室内に視線を戻した。誰かに呼ばれたような気がしたのだ。だが、それはありえない。部屋の中には誰もいないし、壁だって防音だ。 だが、哲也はそれを幻聴とは決め付けずに、じっと耳を澄ました。 「…………呼んでる、のか?」 答えはない。だが、呼びかける声はあった。それは声ではあるが、音ではなかった。なにか染み渡るように、ただイメージが哲也の脳裏に響いているのだ。 「……『ここではないどこか、それは約束の場所。そして世界の果て』……?」 ぼんやりと呟く。途端、締め切られている筈のドアが、キィ……、と音を立てた。 「………?」 冬也はいぶかしげに目を細めると、てくてくとドアへと歩いていく。 「……開いてる……?」 冬也がドアノブに手をかけると、言葉どおり普段は厳重に施錠されているはずのドアは鍵が掛かっていなかった。 普段なら、このような事があっても哲也は面倒を避けるためにも外に出ようとはしなかっただろう。 だが、哲也には、何か確信があった。 そう、これから、何かが始まるという、確信に近いものが。 そして、ドアはゆっくりと開かれた。 白い部屋。そこには囚われていた住人の姿は無く、ただ開け放たれたドアがきぃきぃと虚しく音を立てるだけ。 窓から注ぐ月光の中、全てを見ていた梟は、ただ一声、ほーほーと鳴いた。 続く 第二夜 異世界、アーカイア。 一つの太陽に照らされ、色濃く自然の残り、人々の心は常に温泉と歌で満たされた理想郷。 二つの月に照らされ、摩訶不思議な生き物達が住まい、住まう人々は皆女性であるという幻想郷。 三つの天体に見守られ、ゆったりと時を過ごす誰もが夢見た永遠の平和を現実とする世界。 だが、その世界を、一つの災厄が襲っていた。 奇声蟲……すなわちノイズ。 六本の脚を持ち、幾つもの目を持ち、鉄よりも硬い殻を持ち、人よりも遥かに大きい異形の存在。だが、それの最も忌避するべきは、その行動原理。 ソレらは……奇声蟲は生き物でも物質でもない存在であるから故にソレと呼ぶ……は、群れを成して村々を遅い、住まう女性を遅いその胎内に卵を産み付ける。 やがて一日経ち卵から孵った幼虫は母体の養分を吸い尽くし枯れ殺し、その胎を破って生まれる。 陵辱された生、陵辱された死。 その圧倒的な数、力に、そしてその忌避すべき特性にアーカイアの人々は震え上がった。 では、このままアーカイアは滅びるのだろうか? 否。 何故なら、それを防ぐ為に、彼らが召喚されたのだから。そして彼らは、一度奇声蟲を追討しているのだから。 世界に満ちる幻糸と呼ばれるエネルギー体、それを動力源として動く鋼の怪物、絶対奏甲。すなわち、Absolute phono cluster。 奇声蟲に唯一匹敵しうるその力を振るうべき、200年の時を経て呼び出された異界からの招かれ人。 彼らは、混沌のアーカイアにて、”機奏英雄”……契約者(コンダクター)と呼ばれた。 異世界アーカイア、その世界の北ある国家、ヴァッサマイン。その首都であり、白銀の街として名高いフェアマインにある、”国立フェアマイン歌姫学院”。 そこは、ここアーカイアにとって最高の名誉であり、 またこの戦乱の時代においては何より強い力の象徴である”歌姫”になるべく、日々何人もの歌姫が勉学に励んでいた。 そしてそれは、トロンメル……というよりも、北の果ての山岳地帯だが……からの留学生である、シェフィーリア・ノイン・アコンゼントも例外ではなかった。 お昼時の学院の庭。そこに、シェフィーリアはいた。 腰まで伸びた黒く艶やかな髪、健康的ながら白く滑らかな肌、きりっとした瞳、 そして何より彼女の持つ太陽のような華やかな空気は、庭に集う幾人もの乙女達の中にあっても決して色衰えるものでは無かった。 だが、同時に目立つ事がないのもまた彼女の特徴であろう。 その手には、手作りのお弁当と一つの楽譜。彼女はお弁当を食べながらも、その楽譜に懸命に目を凝らしていた。 ???:「何やってるのかな、シェフちゃんは〜〜?」 シェフィーリア:「きゃっ!!」 突然、シェフィーリアの肩に一人の少女が、頭を乗っけるようにして声をかけた。 シェフィーリアは肩にかかった重みと、耳の後ろに吹きかかった息にすっとんきょうな声を上げて前につんのめった。 それでも、お弁当と楽譜をしっかり抱えているのはさすがと言うべきか。 シェフィーリアはお弁当と楽譜を抱えたまま後ろを向くと、声の主を見てぷぅっと頬を膨らませた。 シェフィーリア:「もう……シエラ、驚かせないでよね?」 シエラ:「あははは、ゴメンゴメン」 声をかけてきた少女、ステラはオレンジ色の髪をショートにした、全体的にボーイッシュな感じのする少女だった。 彼女はシェフィーリアの同級生であり、また彼女のライバルであり親友である。彼女は全く悪びれる様子も無く、シェフィーリアに向けて右手を突き出した。 シエラ:「それよりも……」 シェフィーリア:「嫌です」 シエラ:「ええーーっ!! まだ何にも言ってないじゃない」 シェフィーリア:「大体何が用件かは分かってます。どうせ私のお弁当を分けてもらいに来たんでしょ?」 シエラ:「うう……。でもさー、シェフの料理って本当、美味しいんだもん。やっぱ、コックの仇名は伊達じゃないみたいな?」 シェフィーリア:「そう呼び始めたのは貴女でしょ?」 シエラ:「ま、いーじゃん。それよりも早くお弁当ーー」 シェフィーリア:「仕方無いわね……と、言いたいところだけど、お弁当は空だし、残念ながら時間よ」 シェフィーリアが校舎を見上げた途端、ごーん、ごーんと午後の授業の開始を告げるベルが鳴り響いた。 シェフィーリア:「じゃあねー」 シエラ:「ああ、まってよーー」 シェフィーリアはお弁当箱を手早くしまいこみ、さっさと校舎に歩いていってしまう。その後を、シエラが慌てて追いかけた。 教師:「では、これから授業を始めますが……実はその前に、皆さんに重大なお話があります」 午後の授業の開始時、何故か遅れてやってきた教師は、授業を開始せずにいきなりそんな事を言った。 クラスが、僅かにざわめく。だが、よほどの事なのか、教師はそれを注意する事も無くその言葉を口にした。 教師:「先ほど評議会から連絡があり、黄金の歌姫様が”機奏英雄”を異世界より召喚したとの事です」 途端、クラスが静まり返った。教師は続ける。 教師:「それにより、皆さんの下へ機奏英雄様が現れる可能性があります。そこで、今から宿縁の指輪、と呼ばれる指輪を配布します」 教師は一つの箱を取り出すと、その中に並べられていた指輪を配っていく。それはやがてシェフィーリアとシエラの元にも回ってきた。 シエラ:「機奏英雄様かぁ……」 シェフィーリア:「前にお呼びしたのは二百年も前よね……」 シエラ:「夢見たいだわ……。伝説の存在と出会えるなんて……」 シェフィーリア:「あれ? でも、歌姫じゃないと機奏英雄様のパートナーはこなせないんじゃなかった?」 ふと昔話にもなっている過去の英雄大戦の事を思い出していたシェフィーリアがぼやく。 確かに、歌姫でなければ機奏英雄最大の力、”絶対奏甲”と呼ばれる幻糸で動く鋼の巨人は起動しない。 教師「いい観点です、シェフィーリア」 シェフィーリア「あうっ。聞かれていたのですか?」 教師「とがめるつもりはありませんよ? 貴女達自身の問題でもあるのですから。 ……歌姫の件ですが、評議会は例外的に英雄のいる女性を皆歌姫と認知する事で切り抜ける考えのようです」 シエラ「ほえっ!? そんなのアリ?!」 教師「何ですか、シエラさん。はしたない」 シエラ「すいません………」 教師「まあ、いいでしょう。シエラさんのご意見も最もですが、今回の奇声蟲の襲来は総数十万ともいいます。 全体の歌姫の絶対数から考えれば、致し方ない処置でしょう」 され、おしゃべりはここまでとばかりに教師は手を鳴らすと、教卓に構えた。 教師「では報告はここまで。これより授業を始めます」 無論、生徒が授業に集中できず教師から何度も叱責がとんだのはいうまでも無い。 続く 第三夜 それは夢。 それは過去。 それは……かつて現実で魅せた、悪夢。 燃え上がる街。焼き尽くされる森。そして、蹂躙される人々。 その災厄の中を、行進する十三の影。家を踏み砕き、木々を蹴散らし、人を踏みにじりながら行進するそれは、巨大な人影。 鎧を思わせるその巨人達は、みな一様に紅い瞳を光らせ、無感情に立ち並ぶモノ全てを踏み潰していく。 そんな巨人の行進の前に、一つの巨体が立ちはだかった。 騎士。 それはまさにそう表現する他は無かった。白い鎧、金の縁取り。瞳を隠すカブトに、白銀に輝くマント。 右手には黄金の剣を、左手には白銀の盾を持ち、それは雄雄しく佇んでいた。 その静かな眼光には、不退転の決意と、烈火の如き怒りと、そして深海の如き深い悲しみがあった。 その騎士の目前で、巨人達が動きを止めた。慄くように、嘲るように、戸惑うように、…………そして、救いを求めるかのように。 そして炎がいっそう燃え盛った瞬間、十三の影と一つの影が交差した……。 「ここは……?」 哲也は気がつくと、どこか深い森の中にいた。 ゆっくりとあたりを見回した哲也の頭に、鋭い痛みが走った。思わず頭を抱える哲也。 「つぅ………」 やがて頭痛は引いていき、それが完全に収まると改めて森を見渡す。 最初は部屋の近くに見えていた森かと思っていた哲也だが、良く見ればそうでない事に気がつく。 この森はまるでドイツにある黒い森のように、暗く静かで広大だ。 「………確か……」 哲也は、何故こんな事になったのか思い出そうとする。と、脳裏にあの声が蘇った。 「……ここが……約束の地……?」 自信なさげに呟き、辺りを見渡す。見渡す限り薄暗い森林が広がり、君の悪い光景が広がる森。はっきり言って、そんな大そうな場所には思えない。 しばらく森を観察してみて、哲也はふと自嘲じみた笑みを浮かべた。 「はは……、所詮俺なぞに約束された地など、この程度という事か………」 そのまま地面にへたり込む哲也。既に、彼はどうこうする意思を失っていた。 そもそも数年間も部屋の中に閉じ込められていた人間が、何の前振りもなくこんな場所に放り出されたところで、何をしたらいいのか分からないのが普通だ。 哲也は、まさにそんな状態だった。 「………このまま、外で朽ちていくというのも、悪くは無いな……」 哲也は儚げな笑みを最後に漏らすと、そのまま横たわると目を閉じた。 頭痛は治まったが、体の様子がおかしいのを彼は自覚していた。 そして、そんな状態で森を出る事もまた不可能である事も。 「……………?」 だが、哲也は意識を落とす前に、ふとがさがさという茂みの揺れに目を開いた。だるい体を無理に引き起こし、森の奥へと視線を向ける。 「……なんだ?」 熊でもいるのか、といぶかしむ哲也。茂みの騒ぎは段々と近づき、やがて哲也の前までやってくると、そこでぴたりと止んだ。哲也が嫌な予感に腰を上げる。 次の、瞬間。 『ピキィィィィイイイイイイイイイイイイィィイイイィィイイイッ!!』 「なっ!?」 茂みから姿を現したモノを見て、哲也は思わず驚愕の声を上げていた。 奇声を上げて茂みから飛び出してきたのは、蟲とも虫とも付かぬ、蜘蛛めいた昆虫のような生き物だった。 六本の足と頭部に備わった独眼、そして背中にいくつかの目を持ったその蟲は、しかし大きさが尋常ではなかった。 哲也とほぼ同じ高さで光る目は、その蟲が大人ほどの体格を持っている事を示している。 そして、その目が哲也を睨みつけた。 『ピキィィイイイィィイイィィイイッ!!』 「うっ!?」 飛び掛ってきた化け物の前足の一撃を、咄嗟に哲也は両手を交差させて防ごうとした。 だが、まるで巨大な杭のような化け物の一撃は、交差した腕の上からでも十分すぎるほどんお衝撃を哲也に与え、その体を軽々と弾き飛ばした。 哲也の体が中を舞い、背後の木へと叩きつけられる。 「がっ……」 背中を受身も取れずに強打し、肺の中の空気を根こそぎ吐き出させられた哲也が呻き、咳き込む。 だが化け物はそれにかまわず、今度は横凪に哲也の体を殴打した。 決して軽くは無いはずの哲也の体が、軽々と中を舞い、地面へと投げ出される。 「が………」 もはや声も出ない。哲也は化け物が近づいてくるのを地面の振動で感じながら、己の最後を悟っていた。 (ははは……、見知らぬ場所で見知らぬ怪物に、誰にも知られる事も無く殺される……か。ふふ、俺が死んだ所でどうという事もあるまいし……) 音にならない溜息を漏らし、空を見上げる。 ちょうどいい事に、投げ出された場所の頭上は木々が途切れ、黒々とした空が見えていた。 そこに輝く眩しいほどの星の群れ、そして月。 そう月だ。 血のように真っ赤な、赤い月。 どくん。 『ピキキキキ………』 化け物は鳴きながら哲也に近づいていく。巨大な図体の割りに、その動きは軽やかだ。 そして哲也の体に影が覆いかぶさるような位置まで来ると、その前足を振り上げた。 狙いは心臓、確実に息の根を止める事ができる場所。そして前足が振り下ろされ……。 振り下ろしたハズの前足が、音もなく砕けた。 『ピイィィイイイッ!?』 化け物はおどろいたような声を上げつつ、五本足で巧みに後ろへと後ずさった。 まるでステップを踏むように大地を穿ち、蜘蛛めいた体躯がひらりと舞う。 その目の前で、ゆらり、と幽鬼のように哲也が顔をうつむかせて立ち上がった。 ざんばらな髪が、ばさりと散る。 「くく………」 漏れる、声。それは感情。 「くくくく………」 零れ落ちる、哄笑。それは理不尽。 「くははははははははははっ!!」 高らかに響く、笑い声。まるで脳にがんがんと響くような、そんな笑い。 空を見上げるように仰け反り、右手で顔を抑えるように隠すように鷲掴みする青年。 その指の隙間からは、真っ赤な……。 「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」 狂笑は続く。高らかに、蝕むように。 化け物の奇声さえ飲み込み噛み砕き咀嚼し、狂喜の言葉が響き渡る。 怯える怪物を前に、さらなる怪物は高らかに吼えた。 惨劇の始まり。血と肉と骨の舞踏会、BGMは断末魔の絶叫か。 ともかく、そこに在ったのは単なる暴虐と略奪。ただ、それだけの話。 そんな彼を、空からまあるい黄金の月が見下ろしていた。 |