存在編 第2幕〜兵器の証明〜

月光の中、静かに対峙する二機の奏甲
レグ「ロックホーン・・・だと」
ブレッグ「その通りだよ、ハンプホーン」
低い笑い声が奏甲から響き渡った。
ブラ(知り合い・・・なのか?)
レグ「知ってはいる。面識は無いがな」
交感を通してたずねるブラーマに、レグニスは短く応える。
レグ「なるほどな、道理で俺の昔の仲間・・・ハンプホーン被験者の名を知っているわけ
だ。ついでに貴様の動きにも納得がいった」
レグニスのシャルVが双剣を構えなおす。だが、奴が本当にロックホーンだとしたら、
レグ(俺に勝ち目はない・・・)
そう作られているからだ。ロックホーン、そしてハンプホーンは。

レグ「それで貴様はこんな所でいったい何をしている?」
ブレッグ「それは『この世界』でか? それとも『この場所』でか?」
レグ「両方だ」
言葉にわずかに苛立ちが混じる。
ブレッグ「まあ焦るな、順に教えてやる。だからそんなに緊張するなって」
笑い声とともに諭すような口ぶりで言う。まるでレグニスの心を見透かしたかのように。
ブレッグ「おれがここにいる理由は・・・わかるだろう、召喚されたんだ。お前と同じよ
うにな。そしておれは今、現世騎士団に厄介になってる」
レグ「現世騎士団・・・奴らの目的が何か知った上でか」
ブレッグ「国盗り、だろ? 結構なことじゃないか」
メンシュハイトが大げさに肩をすくめてみせる。
ブレッグ「忘れたとは言わせないぜ、ハンプホーン。おれ達は本来<そういうこと>のた
めに作られた存在だろ? あの国に」
レグ「・・・・・・」
答えられない。奴の言ってることはある意味正しかった。
ブレッグ「そういうわけで、おれは今は現世騎士団の一員として戦っている。実は今もち
ょいと任務の途中でな」
レグ「任務だと?」
ブレッグ「裏切り者を一人、追ってるんだよ」
口調が急に怒りに満ちたものへと変わる。
ブレッグ「あの野郎、よりにもよっておれの部隊から奏甲を盗んで逃げやがって。きっち
り見つけ出して、連れ戻すなり始末するなりしないとな」
レグ「ならばなぜ、俺に接触した? 任務は最優先だと、習ったはずだ」
ブレッグ「確かに任務は最優先だ。だが今はそれ以上に優先すべきことが存在する」
メンシュハイトの右腕が、レグニスに向けてゆっくりと差し出された。
ブレッグ「お前を、現世騎士団に引き入れたい」
 
驚きはない。それはある程度予想できた言葉だったからだ。レグニスは相手から目を離さ
ぬまま、ぽつりと言った。
レグ「断る」
ブレッグ「・・・まあそう言うと思ったぜ。戦争する意志があるなら、とっくの昔にどこ
かの陣営に属してることだろうしな」
たいして残念そうなそぶりを見せず、淡々とブレッグは言う。
レグ「用件はそれだけか? なら俺は退かせてもらう。こんな茶番にいつまでも付き合っ
ている暇はない」
奏甲を後退させようとするレグニス。だがブレッグの笑みは欠片も崩れない。
ブレッグ「悪いがお前さんは断れないぜ」

ブラ(おかしい・・・)
歌を紡ぎつつ、ブラーマは違和感を感じていた。
レグニスが逃げたがっている。なぜかはわからないが、明らかにこの戦闘をスルーしよう
としているのだ。
戦略的な撤退とは違う。なにかこう、戦い自体を嫌がっているように思えてならない。
ブラ(あの男がいったいなんだというのだ・・・)
そこまで考えた次の瞬間、彼女の頭部に鈍痛が走った。
声を上げる間も無く、ブラーマの意識は闇に溶けた。

がくり、と奏甲のパワーが落ちる。
レグ「ブラーマ?」
呼びかけるが返事はない。先ほどまで聞こえていた織り歌も、途絶えている。ブレッグの
雑な笑い声が高らかに響いた。
ブレッグ「月並みな手だが、お前さんの歌姫を人質に取らせてもらった。無事助けたけれ
ば・・・わかるだろう?」
レグ「貴様・・・」
呻きつつ、ダビング・システムを起動する。シャルVの出力が、少しずつ上昇をはじめた。
レグ「今すぐ死ね」
シャルVが地を走り、一瞬でメンシュハイトに肉薄する。両手に握る小剣が、月光を浴び
て銀の奔流となって輝いた。
銀が貫いたのは、虚空。
ブレッグ「知ってると思ってたがな・・・」
あきれたような呟きは、背後から。機体を反転させようとするレグニスだったが、その前
に衝撃が右腕を襲った。
ブレッグ「肉弾戦ならともかく、『操縦』でお前がおれに勝てるはずがないってことを」
切り落とされたシャルVの右腕が地に落ちるよりも早く、メンシュハイトはシャルVを殴
り飛ばした。
軽々と機体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
ブレッグ「しかもそんな量産機。確かにパーツの替えはきくだろうが、おれ達の力を最大
限発揮するにはもっと特化した機体が必要なはずだぜ」
レグ「ぐっ・・・」
体のあちこちが痛む。頭を切ったのか、流れ出した血が視界を朱に染めあげる。それでも
なおレグニスは奏甲を立ち上がらせようと操作した。
ブレッグ「おれ専用の改造メンシュハイト・ノイ『不知火』だ。ノイズはだせねぇが、全
身各所に現世技術のブースターが仕込んである。ま、並の人間では加速の際のGに耐えら
れんだろうがな」
改造メンシュハイト・・・不知火は半身を起こしたシャルVへとゆっくりと歩み寄る。
その瞬間、レグニスはすかさず左手の小剣を突き入れた。
ブレッグ「まだ、わかってないみてぇだな・・・」
声は左側面。続く衝撃が、左腕を破壊されたことを伝える。さらに不知火はシャルVの首
元を掴むと、地面に押し倒し、頭部を剣で刺し貫き、地に縫い付けた。
ブレッグ「お前じゃおれには勝てねぇんだよっ!」
不知火が身を離す。
ブレッグ「ふう・・・、あまり怒らせんな。現世騎士団はただでさえ戦力が足りてねぇん
だ。お前は貴重な戦力候補だ、こんなとこで無駄死にすんな」
レグ「ぐっ、きさ・・・ま・・・」
ブレッグ「さて、本題だ。明日の日暮れまでに東の森に一人で来い。そうしたらお前をは
れて現世騎士団の一員として迎えよう。来なければ、お前は半身を失う。自由か、歌姫か、
好きな方を選ぶといい」
レグ「ま・・・待て・・・」
ブレッグ「ゆっくり考えろ、ハンプホーン」
立ち去っていく不知火。その響く足音を耳にしながら、レグニスは気を失った。

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