存在編 第3幕〜ホーンの名〜

飾り気の無い、殺風景な部屋。カーテンすらない窓から差し込むのは、冷たくもそれでい
てどこか優しい、月光。
レグ  (ここは・・・研究所の俺の部屋か・・・)
物心ついたときから慣れ親しんだ、懐かしい場所。
不意に気配がして、レグニスは横を見た。
五歳ほどの子供や、レグニスと同じくらいの少女など、五人がそこに立っていた。
レグ  (グリア、ナオキ、ルニル、ディブト、リリス・・・)
自分と同じ、ハンプホーンの改造を受けた者達。今はもういない、自分と同じ存在だった、
仲間の姿。
彼らは笑うと、レグニスの後ろを指さした。振り返るレグニス。
そこはすでに部屋ではなかった。地平の彼方まで広がる、果てしない草原。二つの月が夜
空に星とともに輝いている。
その中に、少女が一人立っていた。
自分とは肉体的にも精神的にもまるでちがう存在。自分のことを『兵器』ではなく『人間』
と呼んだ存在。
異世界アーカイアで出会った、自分と違う、それでいて同じ存在。
二つの月を背に、彼女は優しく微笑んだ。

レグ  「ブラー・・・マ?」
目を開くと、そこはシャルVのコクピットの中だった。少女へとのばしたはずの腕は、虚
しく空をつかんでいた。
レグ  「俺は・・・」
つぶやきつつも次第に記憶がはっきりとし、思い出せてきた。自分と、ブラーマの身にな
にが起こったのかを。
レグニスはまだ痛みを訴える体を無視すると、シャルVを通常モードで再起動させる。だ
が、機体はまったく反応しなかった。
レグ  「粗悪品が」
悪態をつくと、レグニスはハッチを開放、コクピットから這い出た。爽やかな風が血のこ
びりついた髪を撫でる。太陽は、すでに高い。
レグ  「・・・東の森、と言っていたな」
奏甲から飛び降りると、レグニスは歩き出した。

森の中、ブラーマは、縛られたまま岩の上に座らされていた。傍にはあのブレッグとかい
う奴がいる。
まったくもって不覚だった。織り歌と二人のやり取りに気を取られるあまり、背後の刺客
に気が付かなかったとは。
ブラ  (レグ・・・レグ、応えてくれ・・・)
先ほどから何度も交感を使って呼びかけているものの、返事がない。まだ気絶しているの
か、それとも応じるだけの余裕がないのか。どちらにしろ連絡は付かなかった。
ブレッグ「どうした、歌姫さん。奴がそんなに心配かい?」
ブラ  「・・・貴様と話すことなど何もない!」
ブレッグ「おお怖い。まあそんなにいらいらしなくても、奴はそう簡単にくたばりはしな
いさ」
低く笑う。ブラーマの眉がぴくりと動いた。
ブラ  「貴様はレグの何を知っていると言うんだ?」
ブレッグ「おや? おれと話すことなんてなかったんじゃないのかい?」
ブラ  「『今後のため』にも集めれる情報はできるうちに集めておく。それが私のやり方
だ。話してもらおうか、すべてな」
ブレッグ「気丈だねぇ、いいだろう」
ブレッグはブラーマと顔を合わせるように座る位置を変えた。
ブレッグ「さて、あんたはあいつが軍事用に肉体改造をうけた生体兵器だ、ということは
知っているな?」
無言のまま頷くブラーマ。
ブレッグ「あの国で研究、開発されていた生体兵器は全部で三タイプあった。ロードホー
ン、ロックホーン、ハンプホーンの三つだ。それぞれが目的のために特化した肉体改造を
受けている」
ブラ  「あいつは・・・」
ブレッグ「そう、ハンプホーンタイプの改造人間だ。ハンプホーンタイプは前線戦闘、ゲ
リラ戦などを主眼において開発されている。各種身体機能強化にくわえ筋力、体力を大幅
に増強。人間本来の『戦う力』を最大限に引き出した奴さ」
ブラ  「・・・・・・」
ブレッグ「おれとは研究所が違ったから詳しくは知らんが、計画当初の被験者は奴を含め
て六人いたそうだ。だが事故やらなんやらで結局生き残ったのは奴一人だけだがな」
ブラ  「そうか・・・あの手紙、そういう意味か」
レグニスを呼び出した手紙にあった、名前の羅列と×印をブラーマは思い出していた。
ブレッグ「もっとも、唯一残った完成体である奴がこうしてこっちに来ちまった以上、計
画は失敗だろうがな」
こらえきれなくなったかのように、ブレッグの口元から笑いがこぼれる。ブラーマは不快
そうに顔をゆがめつつも、
ブラ  「貴様は・・・ロックホーンと名乗っていたな」
ブレッグ「その通り。おれも奴と同じ改造人間・・・兵器さ。ただしおれはロックホーン
タイプだがな」
ブラ  「貴様が受けた改造は?」
ブレッグ「ロックホーンタイプは車両、航空機操縦を目的として開発されている。動体視
力、反射神経、心肺機能、空間認識能力などを重点的に強化されてるのさ。<操縦するこ
と>でロックホーンに勝てるやつはまずいない」
そこまで聞いて、ブラーマはレグニスが戦いを避けようとしていた理由をようやく理解し
た。レグニスは知っていたのだ。<奏甲の操縦>でこいつに勝てないことを。
ブラ「ならばなぜレグを味方に引き入れようとする? それだけの力があれば、貴様だけ
で十分だろう」
ブレッグ「言っただろう。今、騎士団は戦力不足だ。使える力を遊ばせとく理由はない」

日が傾いてきた。空が赤く染まり、木々が冷たい風にざわめく
ブレッグ「遅いな・・・。逃げたか? だとしたら面倒だな・・・」
ブラ  「結局貴様が欲しいのは『レグニス』という<人間>ではなく、『ハンプホーン』
という名の<兵器>なのだな・・・」
ブレッグ「まあそういうことだ、そしてあんたはその<兵器>を使うための安全装置って
わけだ」
ブラ  「ならば私はあいつの、レグの足枷になるつもりはない。この場で舌を噛み切っ
て・・・」
ブレッグ「おっと、余計な真似はするなよ」
乱暴にブラーマのあごをつかむと、ブレッグはその顔を覗き込んだ。
ブレッグ「あんたがいなけりゃ奴はこちらの言うことをきかん。そうなったらおれは奴を
始末する。使えない兵器は、廃棄するしかないからな」
ブラ  「・・・!!」
ブレッグ「それでもよければ、好きにしな。ただし、歌姫を失った奴はおれには勝てない。
確実に、死ぬ」
手を離し、顔を離す。ブラーマは何も言えぬまま、ただうなだれるしかなかった。
ブレッグ「お互いを護るためとはいえ、大変だな。英雄と歌姫は・・・・・・っと、どう
やら来たようだな」
木々の間へと顔を向けるブレッグ。そこからレグニスがゆっくりと歩いてきていた。周囲
に他の人の気配はない。
ブレッグ「おっと止まれ。念のため武器を捨てな、ハンプホーン」
どこからか取り出したナイフをブラーマの喉元へと押し付ける。
無言のままレグニスは離れた位置で立ち止まると、腰に下げていたナイフをベルトごとは
ずし、ブレッグへと放り投げた。
ブレッグ「そうそれでいい。逆らわなければ危害は加えたりせんよ」
地に落ちたナイフを踏みつけ、ブレッグがいやな笑いを浮かべる。
ブレッグ「さて、これでお前さんは現世騎士団の一員・・・と言いたいとこだが、その前
にひとつテストをさせてもらう」
レグ  「・・・・・・」
ブレッグ「なに、お前とっては簡単だ。おれが追っている裏切り者の消息が今朝つかめた。
そいつを始末してみせろ。奏甲はこちらで用意してやる。それが終わればお前は騎士団の
一員、お前の歌姫の安全も保障してやるよ」
レグ  「・・・標的の名は?」
ブラ  「よせ、レグ!」
叫ぶブラーマ。レグニスは表情を固くしたまま、彼女と視線を合わせようとしない。
ブレッグは笑みを深めると、その名前を告げた。
ブレッグ「デッドアングル」
 

続く

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