存在編 第4幕〜夜の狂宴〜


どこまでも広い草原。天高く輝くのは、二つの月。
町から離れたこの草原を、駆け抜ける一つの影があった。
『夜』を具現化したような奏甲。ナハトリッタァ。
月明かりの中、ただひたすらに草原を走り続けている。

不意にナハトが足を止めた。その行く手に一機の奏甲が待ち構えていた。
同じナハトリッタァ。ただ、なにか増設しているのか肩が妙に盛り上がっている。
??  「・・・デッドアングルだな」
待ち構えていたナハトから声がする。
デッド 「・・・貴様は・・・」
??  「お前に私怨は無い。が、これも任務だ。死んでもらう」
そう言うともう一機のナハトはすらりと得物を抜いた。分厚い刃のナイフだ。それは主に
殺人を目的とした作りのものだと、デッドには一目でわかっていた。
デッド 「現世騎士団の追っ手か」
デッドは肩に乗せていたマリーツィアを地面に下ろすとアークワイヤーを取り出した。
マリー (・・・デッド、あの人・・・)
デッド (ああ、かなりやるな。だが負けはしない)
マリー (そうじゃない・・・なにか、辛そう)
デッド (どういう事だ・・・?)
??  「いくぞ」
ささやくように言うと、襲撃者は地を蹴った。
 

レグ  (思った以上の腕だな・・・)
望まぬ襲撃者となったレグニスは奏甲の中で大きく息をついた。
レグ  (だが・・・分が悪い)
奏甲は同じナハトリッタァ。ならばパワーは英雄の差でこちらの方が上だ。しかしデッド
の動きは予想をはるかに上回っていた。
奏甲熟練の差、得物の間合い、そしてなにより歌姫とのリンクが非常に高い。それらの要
素が重なり合ってレグニスを劣勢へと追い込んでいた。
通常ならばなんら引けをとらないだろう。だが今のレグニスには歌姫がいない。ブレッグ
に人質にとられたままなのだ。機体は両肩に増設したダビング・システムで無理矢理起動
させている状態だ。細かいところでどうしても差が出る。
内心歯噛みしつつ、レグニスはナイフを振るう。死角から迫るアークワイヤーが軽い音と
ともに弾き返された。デッドがワイヤーを引き戻す。すかさずレグニスは間合いを詰めよ
うと前進するも、デッドは迷うことなく身を引いた。
レグ  (こちらの間合いに入るつもりは無い、か・・・)
ナイフの間合いを熟知している。話には聞いていたが、元暗殺者だというのは嘘ではない
らしい。
レグ  (ならば、こちらから攻めるのみ!)
意を決するとレグニスはナハトを一気に突進させた。すかさずデッドがワイヤーを振った。
幻糸の糸が月の光を反射し、レグニスの機体へと軌跡を描く。
かわせる。そうレグニスが確信した次の瞬間、がくり、とナハトの膝が折れた。機体の右
肩のダビング・システムが、低い音とともに機能を停止する。
レグ  「時間切れだと、こんな時にっ!」
叫びつつも、すかさず左肩のダビング・システムを起動させる。だが動きの鈍ったレグニ
スの機体、その左肩にデッドのアークワイヤーは容赦なく巻きついていた。
破砕音と共に、左肩にあるダビング・システムが砕け散る。
衝撃とパワーダウンでレグニスのナハトが地面に膝をついた。
レグ  「ぐっ・・・」
デッド 「終わりだ、退け。今なら見逃してやる」
レグ  「すまんが、それはできない相談だ」
機体の出力がみるみると下がってゆく。しかしレグニスは退くわけにはいかない。ここで
負けるようでは、自分は用なしとみなされる。そうなれば、彼女も・・・
レグ  「俺は、負けられない・・・」
??  「その通りだよ」 
 

二機が同時に声のした方を向く。いつの間にかそこにいたのは、月明かりに不気味に映え
る改造奏甲。不知火だ。
ブレッグ「お前に負けてもらっちゃ困るんだよ、ハンプホーン。そこでだ・・・」
ゆっくりと奏甲が右腕を掲げる。そこには丸太に縛りつけられたブラーマの姿があった。
ブレッグ「さすがのお前も歌姫抜きでは分が悪いみたいだからな、連れてきてやった。優
しいこのおれにたっぷり感謝しろよ」
ぎりり、と奥歯をかみ締めるレグニス。ブレッグは面白そうに笑うともう一機のナハト・・・
デッドへと顔を向けた。
ブレッグ「さて、デッド。一応聴いておくが、現世騎士団に戻る気はないか? 貴様の腕
ならすぐに上にいけるぜ」
デッド 「失せろ」
ブレッグ「・・・戻る気なし、か。ま、予想はしていたがな」
不知火が操縦者の動きを反映し、やれやれといった感じで首を振る。そしてレグニスへと
顔をやると、
ブレッグ「始末しろ、ハンプホーン。そのためにお前の歌姫を持ってきたんだからな」
そう言って右手の丸太に縛り付けたブラーマを見る。
ブレッグ「さぁ歌姫さん、歌ってくれるな? 奴が死なないために」
ブラ  「・・・・・・」
 
ブラ  (レグ・・・レグ・・・聞こえるか?)
交感を使って語りかけてくる。
レグ  (ブラーマ・・・)
ブラ  (私はお前という『人間』のパートナーであったことを誇りに思うぞ・・・)
レグ  (まて、ブラーマ。何を・・・)
ブラ  (さらばだ、私の英雄様・・・)

ブラーマは目を閉じると、ゆっくりと歌を紡ぐ。だが響くそのリズムは奏甲を起動させる
織り歌ではなく、攻撃歌術。
不知火の右腕が突如爆発した。
ブレッグ「な、なにっ!」
驚愕の叫び。飛び散る破片とともにブラーマの体が地面に投げ出される。丸太に縛られ、
身動きすらできぬまま。
レグ  「ブラーマっ!」
不調の機体をおしてレグニスは駆け寄ろうとする。だが、間に合わない。
彼女の体が頭から地に叩きつけられようとした、その瞬間・・・・・・
 
黒い疾風が夜の草原を走りぬけた。
 
ブラ  「・・・え?」
予想していた衝撃と死は訪れなかった。ブラーマはゆっくりと閉じていた目を開く。
黒い奏甲・・・ナハトリッタァが、自分を丸太ごと受け止めていた。レグニスの乗ってい
たほうではない。標的となっていた、デッドという男の奏甲だ。
そのままナハトは一足飛びに不知火から離れると、ブラーマを地面へと降ろす。どこにい
たのかマリーツィアが駆け寄ってくると、ブラーマの縄を解いた。
レグ  「ブラーマ!」
出力低下のため、よろよろとしながらもレグニスの機体がブラーマへと歩み寄る。
ブラ  「私は平気だ。・・・そこの御仁のおかげでな」
レグ  「・・・礼は言おう。だが、なぜだ?」
デッド 「たいした意味はない。ただ、助けろとうるさく言うやつがいただけだ」
ナハトがちらりとマリーツィアのほうを見る。
ブラ  「貴殿が・・・ありがとう。助かった」
頭を下げるブラーマ。マリーツィアの頬が月明かりの中わずかに赤らんだ。
 
レグ  「さて、と」
つぶやくと、レグニスは機体を不知火へと振り向かせた。
レグ  「ブレッグ、貴様覚悟はいいな」
ブレッグ「なんの覚悟だ、ハンプホーン?」
片腕を損壊してもなお、ブレッグの言葉には余裕じみたものがあった。
ブレッグ「もしやと思うが、お前はまだおれに勝てると思っているのか?」
レグ  「勝つとも。あの時とは違う」
静かに言い、レグニスは機体のリミッターをカットした。低迷していた出力が、一瞬にし
て制御困難な領域まで跳ね上がる。
レグ  「俺を怒らせた褒美だ。『全力』で相手をしてやる」
 
ブラ  「あの馬鹿・・・」
苦い口調でつぶやくブラーマ。だがその口調とは裏腹に、その顔には小さな笑みが浮かん
でいる。
ブラ  (後先考えていないな。それだけ怒っているということか)
その怒りが自分に関するものだということが、ブラーマには少しだけ心地よかった。
ふと、誰かが袖を引っ張る。マリーツィアだ。
彼女は何も言わず、ただじっとブラーマの顔を見つめていた。
ブラ  「・・・手伝ってくれるというのか?」
こくりと頷くマリーツィア。
ブラ  「重ね重ね、すまない」
ブラーマが微笑する。

そして二人の歌姫は歌を紡ぎ始めた。重なり合う歌声が、心に秘めた思いが、二つの月に
呼応するかのように静かな音色を刻み、互いに高めあいながらそれぞれの英雄の下へと響
き、力となって流れ込む 

輝く力を全身に受けつつ、二機のナハトは地を蹴った。

続く


後書き
四話で終わる、とか言っておきつつ、続いてしまった。
新見さんを始め関係者の皆さんに深くお詫びします。うう、書きたいシーンが多すぎる。
次でなんとかカタつけますんで。

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