存在編 第5幕〜人と兵器と〜 闇夜を駆ける二機のナハトリッタァ。夜色のその装甲は、今や歌姫達の力を受けて月のよ うな淡い輝きを放っている。 待ち構えるは、改造メンシュハイト・ノイ『不知火』 ブレッグ「くくく・・・いいねぇ、二人ならおれに勝てるってか?」 レグ 「勝てる、ではない。勝つんだ」 有無を言わさぬ口調でレグニスは言うと、間合いを詰め、ナイフを突き出す。不知火は後 方に飛ぶことでその切っ先から身をかわした。 そこにすかさずデッドの振るうアークワイヤーが迫った。タイミング的に不知火はかわせ る体勢にない。はずだったが・・・ ブレッグ「甘ぇよ」 不敵な笑みと同時に肩部にある反復ブースターを噴出。強引に機体を横滑りさせる。アー クワイヤーは虚しく空を切った。 ブレッグ「忘れてないか? おれの能力は『操縦』に特化しているってことを」 不知火は剣を抜くと、背部ブースターで加速し、レグニスのナハトへと斬りかかった。 ブレッグ「並の人間はおろか、お前もおれに勝てない。奏甲に乗ってる限りな」 レグ 「確かに勝率は8:2といったところだ・・・」 勢いの増したその一撃を受けようとせず、レグニスは横っ飛びに機体を飛びのかせた。 レグ 「だがその二割が見逃せないことも事実!」 空振りした不知火へと右から飛びかかるデッドのナハト。不知火は右腕をそちらに向け・・・ 半壊していたことに舌打ちすると、前方に大きく跳躍した。 わずかに遅れてその足元を、ワイヤーが撫でる。 ブースターで着地のタイミングをずらし、追撃を阻みつつ不知火が両者へと向き直った。 ブレッグ「ほほう・・・その根拠は?」 レグ 「第1に奏甲は人型をしているという点だ」 ロックホーンの能力はもともと車両や航空機を操るためのものだ。 ブレッグ「確かに、奏甲はいわば肉体の延長みたいなもんだ。そして肉弾戦ならハンプホ ーン、お前のほうが上ってことか。だが・・・」 不知火は膝を曲げると大きく跳躍、空中で剣をしまうとマシンガンを取り出した。 掃射。降り注ぐ弾丸の雨に二機のナハトすかさず散開する。 ブレッグ「人にはこんな動きはできないだろ?」 空中で姿勢を直すとブースターを噴射、落下しつつあった機体が上方へと押し上げられる。 再びマシンガンを掃射、ただ撃つのではなく巧みに二機を囲むように撃ってきている。 高度が下がり、体勢が崩れる。再度ブースターで上昇。 掃射、上昇、掃射、上昇。 ブレッグ「はは、楽しいねぇ。一方的な戦いってのは、どうしてこうも愉快なんだろうな」 デッド 「その無駄口、すぐに閉じさせてやる」 一瞬の隙を突き、デッドが爆薬を投げつけた。 ブレッグ「無駄だっての」 肩部ブースターが機体を滑らせ、爆薬の軌道から逃れる。後方で爆発。 ブレッグ「デッド、お前も確かに強いよ。だがそれは暗殺者としての強さ、人に対する強 さだ。おれやハンプホーンのような『兵器』にまで通用すると思うなよ」 レグ 「貴様と一緒にするな」 声は真横から。振り返ったそこにあったのは、飛び掛ってくるレグニスのナハト。 ブレッグ「おとりか、少しはやるな。面白いぞ!」 笑ながらもバックブースターを起動。不知火が空中でするりと後退する。その瞬間・・・ レグ 「ブラーマっ!」 ブラ (いくぞ、レグ!) ナハトの背に衝撃が走った。攻撃歌術をナハトの背にぶつけたのだ。ナハトは反動で前方 へと押しやられ、目の前の機体・・・不知火へと組み付いた。 ブレッグ「うおっ、てめぇ!」 レグ 「先ほどの続きだ、残りの一割分の理由・・・」 二機はそのままもつれ合うようにして地面に落下した。轟音とともに大量の土煙がもうも うと舞い上がる。 ゆっくりと煙が晴れる。レグニスのナハトが不知火の上に馬乗りになったまま、両肩をつ かんで締め上げていた。 レグ 「それは一度捕まえてしまえば、パワーは俺のほうが上だということだ」 ナハトの両腕にさらに力がこもり、不知火の奏甲がみしみしと音を立てる。 レグ 「潰れて消えろっ・・・」 レグニスがより一層力を込めた、その時だった。突如ナハトの右腕・・・その関節部から 爆炎があがった。それに続くように関節のあちこちから炎が噴き出す。 レグ 「ぐっ!」 ブレッグ「限界、か。無理もない」 急激にパワーダウンしたナハトを押しのけて、不知火が立ち上がる。 ブレッグ「なかなか面白かったが、ここまでのようだな」 不知火がすらりと剣を抜く。天高く剣を振り上げ・・・ その腕が、一瞬にしてばらばらになった。デッドがアークワイヤーを引き戻す。 ブレッグ「ははっ、そうだな、お前がいたんだったな」 両腕を失った不知火は大きく跳び退ると、二機のナハトから間合いを取る。 ブレッグ「面白い、面白いぞお前達。やっぱ戦いはこうだよ、強いやつと殺し合うぎりぎ りの緊張感。それこそが戦いの醍醐味だ!」 デッド 「遺言はそれで全部か?」 ブレッグ「くくく・・悪いがおれは死ねねぇ。ここはひとまず退かせてもらうぜ」 不知火の胸部から、小さな玉が打ち出された。 玉が破裂。そのとたん、猛烈な閃光が月夜の闇にあふれ出した。 ブレッグ「デッド、ハンプホーン。お前らに残された道は二つに一つ。従うか、死ぬかだ。 今一度時間をやるからゆっくり考えるといい」 光の中、笑い声が次第に遠ざかっていく。 ブレッグ「じゃあな、ハンプホーン。またいつか会おう。おれと同じホーンの名をもつ『兵 器』よ」 奏甲のハッチを開き、レグニスは外へと出る。 ブラ 「ごくろうだった、レグ」 外にいたのはブラーマだけだった。そばにいたはずのマリーツィアも、デッドの奏甲も見 当たらない。 レグ 「あいつらはどうした」 ブラ 「もう行ってしまった。ちゃんと礼が言いたかったのだが・・・」 レグ 「またいつか会うこともあるだろう。その時に言えばいい」 そう言うと、レグニスは奏甲の傍に腰掛けた。ブラーマも隣に座る。 ブラ 「奏甲、壊れてしまったな」 レグ 「どうせ現世騎士団からの横流し品だ。問題ない」 背後のナハトを見上げながら言うブラーマに、レグニスは淡々と応えた。 ブラ 「・・・なぜ、あの時奴に従ったりした?」 レグ 「・・・そうしなければブラーマ、お前が危険だったからだ」 ブラ 「レグ・・・」 レグ 「こちらも聞こう。なぜ、あんな自殺まがいのまねをした?」 ブラ 「・・・そうしなければレグ、お前はあのまま戦い続けていたはずだ。自分の意 志に関係なく、兵器として」 ブラーマは立ち上がると数歩だけ歩き、振り返った。 ブラ 「お前は兵器などではない。前にも言っただろう、他の誰がなんと言おうとも、 私はお前を兵器だと思っていない。だからこそ、あんなことは許せなかったのだ」 レグ 「命をかけてまですることか?」 ブラ 「わかってないな、ああいう時こそ命のかけ時だ」 レグ 「・・・・・・」 ブラ 「何度でも言ってやる。お前は兵器などではないよ。レグ」 草原の中、二つの月を背にブラーマが微笑む。 それはいつか見た夢、それと同じ光景。 思わずレグニスは彼女へと腕を伸ばし・・・ その手がブラーマの肩へと触れた。 ブラ 「レグ? ・・・!」 ブラーマが、驚いたように目を見張る。 レグニスの目から、涙が流れ出していた。レグニスは自分の頬に触れると、びっくりした ようにつぶやいた レグ 「俺は・・・泣いているのか?」 ブラ 「そう・・・だな。今、お前は泣いている。泣くことができる」 ブラーマは薄く笑うと、レグニスの頬を優しくぬぐった。 ブラ 「それが人間、泣けるお前は人間だ」 月明かりの下、流れる涙。 それは証明。レグニス・ハンプホーンという『人間』が存在するという、なによりの証。 存在編 終 後書き 終わった・・・苦労しました。やりたいことはだいたいできたけど、ブレッグをもうちょ っといやなやつにしたかったかな。せっかくのライバルキャラなのに・・・