日常編 〜ある海の見える町にて〜


町の海は青く澄んでいて、訪れるもの達の心を癒し、落ち着けます。また、港町であるた
め魚も豊富、そこでふるわれる魚料理はまさに絶品の一言。さらに温暖な気候のため、よ
ほどの時期でない限り年中海水浴が楽しめます。
そして夜になると無数の星が瞬き、幻想的な雰囲気があなたを包み込みます。そんな波打
ち際であなたのパートナーと愛を語らえば、もはやそこは二人の世界・・・

ブラ「・・・と、ものの本には書いてあるのだがな」
自嘲めいた笑いとともに、ブラーマは手に持っていた『アーカイア観光マップ』を閉じた。
そして窓の外へと目をやる。
なにが面白いのか、レグニスが胸にでかでかと『標的』と書かれた等身大わら人形を一生
懸命ナイフで分解していた。
ブラ「はぁ・・・」
思わずため息が出る。まったくいつもと変わらない。
たまには休養ということで観光スポットとして名高いこの町に来てみたのだが・・・
ブラ(あいつになにか期待した私が馬鹿だった)
わかっていた。レグニスはそういう男なのだ。『必要無い』と感じたことは一切しない。
パートナーを海に誘うとか、そういった行動は奴の頭の中には選択肢すらないのだろう。
ブラ(そう、わかっている。わかっているのだが・・・)
こういう町に来ればあるいは・・・と、どこか期待していた自分がいるだけにつらいもの
があった。
ブラ(私から誘ってみるか・・・)
いつものパターンだが、これが意外と勇気がいる。もし「くだらん」などと一蹴されたら
と思うと・・・
ブラ「なぁ、レグ」
そんな考えを振り払うかのように、つとめて明るい声でブラーマはレグニスに声をかけた。
すでにわらの山になってしまったものにまだナイフを突き立てていたレグニスが手を止め、
顔を上げた。
レグ「なんだ、ブラーマ」
ブラ「その・・・なんだ、海にでも行ってみないか?」
レグ「海?」
ブラ「あ、ああ。せっかく海の見える町に休養にきたのだ、泳ぎにでもいってみてもいい
のではないか?」
レグ「・・・・・・」
黙考するレグニス。ちょっとドキドキする瞬間だ。
レグ「いいぞ、行くか」
レグニスが頷いた。ブラーマの顔がぱっと明るくなる。
ブラ「そ、そうか! じゃあ準備するからしばらく待て」
鼻歌まじりに彼女はうきうきした足取りで部屋から出て行った。

妙に上機嫌で出て行ったブラーマを眺めつつ、レグニスはあることを考えていた。
レグ(最近水中での戦闘行動訓練をしてないしな・・・)
レグニス・ハンプホーン。彼の辞書は専門的過ぎるためか、乙女心の文字はなかった。

更衣室で水着に着替え、長い髪を邪魔にならないよう結い上げる。
隣を別の女性が歩いていった。チョーカーをつけているところを見ると、歌姫のようだ。
見事なスタイルだ。
ブラーマは急に不安になって、自分の体を見直す。
やせ型だがでるとこはでてる・・・はずである。
ブラ(幼いころから本ばかり読んできたからな・・・)
また別の歌姫が隣を通り過ぎる。これまたメリハリのある体型だ。
そういえばどこかの本で読んだことがある。召喚された英雄の大半は、ああいった凹凸の
ある体型の女性を好む、と。
ブラ(あ、あいつはそんなことあるまい。たぶん・・・いや、きっと!)
むしろ女性自体に興味がないのではないか・・・とも思えるのだが、さすがにそれでは自
分が悲しすぎるので、考えない。
ブラ「よし!」
気合をいれるように両手を叩くと、ブラーマは更衣室をあとにした。

レグニスは更衣室のすぐ外で待っていた。
ブラ「待たせたな、レグ・・・って、なんだそれは!」
思わず絶叫、体が固まる。
水着はちゃんと着ている。引き締まった体に無駄のない筋肉。肩にナイフの収まったベル
トを着けているのは・・・まあこいつだからしょうがないとする。全身にある手術痕は・・・
この際見ないことにした。
ブラーマが驚いたのは、体じゅうに走る刺青のようなものだった。
ブラ「いいい・・・いったいそれは・・・」
レグ「これか? これは動脈や内臓の位置を印しておくマーキングだ。手術や検査の際の
手間を省くためにな」
ブラ「・・・マーキング・・・塗料か?」
レグ「そうだ。何か変か?」
そう言ってレグニスは自分の体を見回す。
実際変どころの騒ぎではない。遠目からもじろじろと見られているし、今にも係員の人に
『刺青の方お断り』と言われても仕方ない状態だ。
ブラ「・・・落とせ、今すぐ落とせ!」
レグ「まて、これを勝手に落とすと研究者連中に文句を言われる・・・」
ブラ「いいから落とせぇーー!!」
半泣きでブラーマは絶叫した。

ブラ「はぁ・・・」
ビーチパラソルの下でブラーマは今日二度目のため息をついた。
わかっている。あいつに悪気はない、無論善意もないが。
ただ長い間の研究所暮らしで、常識が歪んでいるだけなのだ。それはわかっているものの、
ブラ「もう少しなんとかならんのか・・・」
うつむきながらつぶやく。太陽は明るく、海もとっても青いのになぜかミジメな気がした。
レグ「どうしたブラーマ、気分でも悪いか?」
唐突にレグニスの声がした。はっとなって顔を上げると、目の前にレグニスが立っていた。
レグ「疲れたなら無理をするな。宿に戻っていろ」
相変わらずの言い方。だがそれでも、自分を気遣ってくれているということが、ブラーマ
にはうれしかった。
ブラ「いや、なんでもない。それより・・・」
彼女は立ち上がると、笑顔を向けた。
ブラ「どう思うのだ、私の水着姿?」
ついでにちょっとポーズまでとってみせる。レグニスは無言のまま目を細めると、じっく
りと彼女の体を眺め始めた。
ブラ(そ、そう見られると・・・少し恥ずかしいな・・・)
おまけに勢いでポーズまでとってしまったのだ。頭の中の冷静な部分が自分を見つめなお
し、たちまち顔が赤くなる。
やがてレグニスはブラーマの顔を見据えると、はっきりと言った。
レグ「腹部がたるんできているぞ、もう少し鍛えろ」
ブラ「・・・・・・」
わずかな沈黙ののち、黄金の右手がレグニスの顔面をえぐった。

ブラ「まったくあいつときたら・・・」
風呂上りのほかほかとした湯気をあげつつ、ブラーマは髪を拭く。
夕暮れ時、宿の浴場にてブラーマはひとりぶちぶちとこぼしていた。
ブラ「もっと他に言うことがあるのではないのか!」
気の利いたセリフなど、期待していたわけではない。だがそれでもやはり、あの場でああ
言われれば腹も立つ。
ブラ「もしかしてあいつ、わかってて言っているのではあるまいな?」
さすがにあそこまでくると、そんな疑念すら浮かんでくる。
と、怒り続けるブラーマの目に体重計がとまった。
(腹部がたるんで・・・)
レグニスの言葉が脳裏をよぎる。
ブラ(・・・まさか、な。)
なんとなく嫌な予感がしつつも、ブラーマは久しぶりにそれに乗ってみた。
ブラ「・・・・・・!!!」

ブラ「レグっ!」
乱暴に扉を開けると、ブラーマはレグニスの部屋へと駆け込んだ。
レグ「ん、どうした?」
工房からもらってきた、絶対奏甲のカタログに目を通していたレグニスが顔を上げる。
ブラ「実は、その・・・買って欲しいものがあるのだが・・・」
レグ「金はお前が管理してるだろう、好きに買え」
ブラ「さ、さすがにこれはお前に是非をあおがないと・・・その・・・」
レグ「回りくどいな、何が買って欲しいというんだ?」
ブラ「・・・ハイリガー」
ポツリとブラーマが言う。
レグ「・・・・・・何?」
ブラ「ハ、ハイリガー・トリニテートを一機・・・いや、それがだめならせめてツインコ
クピットに換装してくれないか?」
レグ「なぜまた急に・・・?」
その一言に、ブラーマの肩がぎくりと震える。
ブラ「いや、それは・・・お前だけ前線で戦わせるというのもなんだし、傍にいればそれ
だけリンクもしやすくなるし・・・」
レグ「・・・お前が何をしたいのかよくわからんが、俺はハイリガーに乗り換えるつもり
はないし、ツインコクピット及びお前という余分な重量を積む気はない」
さらりというと、再び奏甲のカタログに目を通し始める。『重量』の言葉に凍結した彼女の
ことなど、気付く様子もなかった。

ブラ「・・・散々な一日だった」
ベッドに入りつつ、疲れきったようにつぶやく。休養に来たはずなのに、なぜか普段より
倍以上疲れた気がする。それもこれも、全部あいつのせいだ。
ブラ「もう寝る、私は寝る!」
枕元のろうそくの火を消そうとして、ブラーマは手を伸ばす。
そのとき不意に窓の外が目にはいった。誰かが庭にいる。
窓へとこっそり近づく。レグニスだ。座り込んだまま月を見上げている。どこか、寂しげ
な雰囲気をたたえて。
ブラーマは窓を開けた。そのわずかな物音に反応し、レグニスが振り返った。
レグ「ブラーマ、か」
ブラ「どうしたのだ、こんな時間に?」
レグ「別に・・・ただ月を見ていただけだ」
ブラ「月、か・・・」
なぜか笑みがこぼれる。ブラーマは窓を乗り越えると、レグニスの隣へと行き、そこに腰
掛けた。
ブラ「では私も付き合おう。たまには月見もいいものだしな」
レグ「そうか・・・」
ささやくように言うレグニス。わずかに彼が微笑んだような気がした。
(星明りの下、愛を語らえば・・・)
ガイドブックに書いてあった一文を思い出し、自然と顔が赤くなる。
顔を見られないように微妙に位置をずらすと、ブラーマは傍らに座る、宿縁の英雄の肩に
もたれかかった。


翌日
ブラ「わ、私としたことが・・・けほっ、油断した・・・けほっ」
レグ「寝間着のまま外にいれば、まあ当然だな」
ブラ「なぜ、お前は平気なんだ・・・? けほっ」
レグ「たかが異世界にいる未知の病原体に負けるほど、俺の体はヤワじゃない」
ブラ「馬鹿は風邪をひかぬ、か」
レグ「・・・よくわからんが、ひかんにこしたことはないだろう」
そういって、レグニスは彼女の枕元でりんごをナイフで解体していった。


日常編 終わり

後書き
ノリと勢いで書きました。笑ってもらえれば幸いです。

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