奏甲編　〜新たな刃〜

（おれ達の力を最大限発揮するには、もっと特化した機体が必要なはずだぜ）


とある町の工房にて
「これで・・・よろしいんですか？」
「ああ、注文通りの仕上がりだな」
整備員にそう言ってレグニスは自分の新たなる愛機を見上げた。
「こちらも今までにいろいろな改造注文を受けてきましたが・・・正直こんなコンセプトの改造は
初めてです・・・」
「そいつの考えにまともにとりあっても、たぶん無駄だ。常人とはかなりずれた思考を持つ男だか
らな、そいつは」
背後からの声にレグニスと整備員が振り返る。そこにはいつの間にかブラーマが苦笑を浮かべなが
ら立っていた。
「・・・ブラーマ、お前は俺を間違った認識でとらえてないか？」
「そうか？　私は大分お前のことを理解してきたつもりだが」
「その『理解』になにか誤解がある気がするが・・・」
「気のせいだ」
そんなやりとりを交わす二人を見て微笑みながら、整備員が去っていく。
「ところで、これがお前の新しい奏甲か・・・」
「ああ、俺の力を最大限発揮できるよう改造してある。・・・奴の言うことを聞くのもしゃくだが、
一理あるしな」
奏甲を見上げるブラーマの隣で、レグニスが苦い表情を作る。
「それに、あの時のような無様な事態はもうごめんだ」
つぶやき、拳を強く握り締めた。
「・・・それより、アレは出してきたのか？」
「ん、ああ、今しがた出してきたところだ」
唐突に話題をふられ、慌てて頷くブラーマ。
「こいつの力を試すには必要だからな。どれほどの奴が来るか・・・楽しみだ」
笑みすら浮かべず淡々と言い放つレグニスの隣で、ブラーマはこれから出会うであろう英雄に、深
く同情した。


「なんかいい仕事ないかな〜？」
椅子に体を預けつつ、キョウスケは工房に集められた英雄への依頼状の束をめくっていた。
「え〜、仕事ならいっぱいあるじゃない」
横に座っていたミルフィーが口を尖らせる。彼女は束の中の一枚を指差すと、
「ほら、人探しだってさ。依頼料もいいし・・・」
「いや、せっかく奏甲があるんだからさ、やっぱ活躍させたいじゃん」
「じゃ蟲退治にでも行く？」
「さすがに雑魚ばっかもあきたしなぁ・・・」
「貴族種とか新種とか・・・」
「勝てるとは思うけど、奏甲壊すとまた叱られるし・・・」
「ああっ、もう！」
ミルフィーが叫びながら机をばんっ、と叩いた。
「文句ばっかり！　あんたいったいどんな仕事ならいいっていうの！？」
「奏甲が活躍できて、熱い戦いが楽しめて、なおかつリスクの少ない仕事」
「あるわけないでしょ・・・そんな都合のいいもの」
こめかみに血管を浮かべながら低い声でうなるミルフィー。
「探せばあるんじゃないか？　一個や二個ぐらい・・・」
しれっと言い放ちつつ、キョウスケは依頼状の束をめくっていき・・・
「ほら。あった」
「嘘でしょ！？」
キョウスケの手から依頼状をひったくる。
「あ、ホントだ・・・」
その依頼は奏甲による模擬戦をしてくれる相手を探している、といったものであった。
「・・・ふーん、依頼料は安いけど、奏甲の修理費及び弾薬費はあっち持ちってわけね」
悪くない条件だ。ただひとつ気になる点があるとすれば、なぜか募集要項のところに
『特殊な改造奏甲に乗っておられる方』
と記されていることだ。
（なぜ・・・改造奏甲？）
模擬戦ならば、普通はシャルシリーズなどの標準的な性能を持つ機体を相手に選ぶはず。
「ふっ、俺の実力を試すいい機会だぜ」
ひとり燃え上がるキョウスケ。それを見ていたミルフィーは背中のあたりになんとなくいやな予感
をかんじていた。


数日後

二機の奏甲が町外れの空き地にて対峙していた。
片方は見たこともない形の奏甲だ。肩になにやら『アダックス』というロゴマークが貼り付けられ
ているのが目立つ。奇妙な長銃と大型の盾を持ったままたたずんでいる。
もう片方は元の機体から少々形が変わっているものの、シャッテンファルベであることが一目でわ
かる奏甲だ。こちらは腰にナイフとハンドガン。
「今回はこちらの依頼を受けてくれたことに感謝する」
ファルベから響くのはレグニスの声。
「いやなに、困ったときはお互い様さ」
特異な改造奏甲・・・ラッキーアイゼンからはキョウスケの声がした。
「念のため模擬戦のルールを確認しておく。時間制限はなし、コクピットへの攻撃は禁止、どちら
かの奏甲が行動不能になった時点で終了だ」
「ようは奏甲バトルと同じだろ？　わかってるって」
妙に自信にあふれた口調に、レグニスはわずかに眉をひそめつつも、言葉を続けた。
「それに加え、歌術によるサポートを禁止する」
「ん、なんでだ？」
「これはこの奏甲の力を計るための模擬戦だからな、他の力が入っては正確な計測にならん。それ
にこの新型に、俺が慣れるためでもある」
「オッケー、サポート無しだな。じゃ、始めるか」


戦闘開始と同時に、キョウスケはソードランチャーを敵機に向けた。
相手はシャッテンファルベ、しかも武装は見たところナイフとハンドガンのみ。
どう考えても接近戦志向だ。
（なら、近づけなきゃいいんだよっ！）
連続で発砲、回避するファルベの周りで土煙が巻き上がる。
ファルベがハンドガンを抜く。だがしょせんはハンドガン、分厚い装甲を貫くことはできない。
そう考えるとキョウスケは回避せず、盾を構えた。
銃弾が放たれる。盾でガード。衝撃が走り、機体が揺らいだ。
「なっ・・・」
キョウスケの口から驚愕のつぶやきが漏れる。
盾そのものにダメージはほとんどない、だが着弾の衝撃で機体が大きく体勢を崩していた。改造さ
れ、重量が増しているはずのラッキーアイゼンが。
なんとかその場に踏みとどまり、体勢を立て直す。その時にはすでに、レグニスのファルベはナイ
フの間合いにキョウスケを捕らえていた。
「やっべ・・・」
ソードランチャーをその場に落とすと、ブロードソードを引き抜く。近接攻撃も可能なソードラン
チャーではあるが、この距離まで近づかれるともはや邪魔物でしかない。
ブロードソードを振り下ろすキョウスケ機。
その一撃をレグニスのファルベは左手の大型ナイフ・・・その背にある切れ込みで受け止めていた。
一般的にソードブレーカーと呼ばれる部分だ。

金属の噛み合ういやな音とともに、ファルベの左腕がねじるように動く。
（折られるっ！）
そう思った瞬間、キョウスケはブロードソードを放り投げるようにして手放した。
噛み合っていた大型ナイフごと、ブロードソードが地に転がる。
すかさずレグニスは残る右のナイフで切りかかった。
狙いは肩。その関節部分。
「甘えよっ！」
キョウスケは盾でその一撃を受け止めた。盾の分厚い装甲に食い込み、ナイフが固定される。
「だっしゃぁーっ！」
叫ぶと同時に、盾でファルベを突き飛ばす。
吹き飛びこそしなかったものの、衝撃でファルベは二、三歩後退する。その隙にキョウスケはソー
ドランチャーを拾い上げた。
（勝った・・・！）
キョウスケは確信した。相手は近接武器のナイフを失った。ハンドガンはあるものの、撃ち合いな
らこちらのソードランチャーの方が圧倒的に有利だ。
だがレグニスのファルベはわずかに身をかがめると、滑るように横合いに移動し・・・

白刃が、空気を切り裂いた。

「げっ・・・」
おもわずうめくキョウスケ。奏甲の右肩上部が、すっぱりと切り落とされていたのだ。
刃は、レグニスのファルベ・・・その左腕の肘から飛び出していた。
「これからが、本番だ」
いつも通りの冷淡な声でレグニスはいうと、右腕を振るった。その肘からも、鋭い刃が顔を出す。
きわどいところで身を反らすキョウスケ。刃は奏甲の首元をわずかにかすめた。
さらにレグニスは踏み込むと、すくい上げるように左の膝蹴りを放った。
当然のようにその膝からも、刃が飛び出している。
「おいおいおいおいっ！」
腹部を狙って打ち込まれた膝蹴りを、これまた身をよじってかわすキョウスケ。
だが無理な体勢でかわしたためか、大きくバランスが崩れる。
その瞬間、レグニス機は低く沈みこむと相手の足を払った。すでに体勢の崩れていたキョウスケの
機体はなすすべなくその場に倒れこむ。
レグニスのファルベが大きく足を振り上げた。その足の裏にも、刃。
「全身刃物かよっ！　その機体はっ！」
絶叫しつつ、キョウスケは転がるように移動。わずかに遅れて、大地に刃が突き刺さる。
反動をつけてキョウスケは機体を起こすと、ソードランチャーでなぎ払った。
さすがにそれを受け止めるわけにもいかず、レグニスは跳躍してかわす。
その瞬間、

「よっしゃー、もらった！」
着地にあわせてキョウスケ機が身をひねり、盾に内蔵されたパイルバンカーを向ける。
レグニスも着地と同時に鋭く踏み込む。その右手首の付け根から刃が飛び出し・・・

両者は同時に固まった。
キョウスケのパイルバンカーはファルベの右胸に、レグニスの刃はラッキーアイゼンの首元へとそ
れぞれつきつけられていた。
「試合終了だ！　両者引き分けでな」
横から響いたブラーマの叫びに、二人はゆっくりと緊張を解いた。


「飲め」
「ん？　ああ、サンキュ」
ぶっきらぼうに手渡された水筒を開けると、キョウスケは一気に中身を飲んだ。
「ぷはっ、あーうまい。・・・それにしてもすっごい奏甲だな、あれ」
口をぬぐいつつ、傍らに置かれたレグニスのファルベを見上げる。
「俺の力を最大限発揮できるよう改造してあるはずだったが・・・、どうやら俺のほうが機体をい
かせなかったようだ。いくつものミスをした」
「ミスしてたんか・・・あれで」
苦い顔つきになるレグニスにキョウスケは引きつった笑みを浮かべた。
その顔がふと、なにかを思いついたように変わり、
「・・・なあ、あんたの奏甲、ちょっと乗ってみていいか？」
「・・・別にかまわんぞ」
「ほんとか、じゃさっそく・・・」
なにやら妙にうれしそうに走っていくとキョウスケは奏甲に乗り込んだ。
「だが、そいつは改造による重量増加をカバーするため、操作性をかなりのピーキーに設定してあ
るから・・・」
ファルベが立ち上がり、二、三歩進んだところで・・・
豪快にすっ転んだ。
「慣れないと転ぶぞ」
「・・・先言ってくれ・・・」


奏甲編　終わり

後書き
キョウスケさん、妙な役どころですいません。キャラ崩れすぎかも。
奏甲の戦闘シーンは面白いんですけど、書くとやっぱり大変ですね。
奏甲については、派手さはないけどレグニスらしい改造奏甲だと思っております。


おまけ
シャッテンファルベ
レグニスが得意とするナイフコンバットに特化した機体。装甲と関節部が強化されており、レグニ
スの『全力』にもある程度耐えることができる。また、各所に内蔵されている刃は取り外し可能で、
ナイフとして使用することもできる。ハンドガンは炸裂弾を主に使用し、相手の体勢を崩し、接近
戦に持ち込むために使う。
改造によって重量が増加したが、レグニスはあえて操作性をピーキーに設定することで運動性を保
っている。そのため、操作法にはかなりクセがある。

武装：大型ナイフ×２　多目的ハンドガン　炸薬付きダガー×４
　　　内臓ナイフ×８（両肘、両膝、両手首、足の裏）

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