しなやかに駆け抜ける機体。
蟲達が反応するも、わずかに遅い。
すでに間合いに入り込んでいたファルベは、その大型ナイフで蟲の頭部を刺し貫いた。
ぶしゃり、と体液が飛び散る。
もう一匹の蟲が、仲間をやられた怒りか咆哮しながら突撃してくる。
レグニスは軽やかにその突撃を回避した。ついでにまわし蹴りの要領で足の裏の刃を叩き込む。
蹴りの衝撃と刃に刻まれ、蟲が吼える。ノイズだ。
ぐらり、ファルベがよろめくが、それにあわせるかのように左手がかすむ。
とすっという軽い音とともに、蟲の頭部にダガーが突き刺さった。

爆発

炸薬ダガーにより、蟲は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「まあ、こんなところだな・・・」
つぶやくと、レグニスはナイフを収めた。

数日前からこちらに向かっていたはずのキャラバンが、今朝、突然に連絡が途絶えたと言う。
物騒なこのご時世、なにかあったのではとレグニスたちは捜索を依頼されたのだ。
依頼を受けたレグニスたちはキャラバンの進行ルートを逆にたどっていき・・・
奇声蟲と、それに襲われたキャラバンの残骸へと出くわしたのだった。

『大丈夫か、レグ』
ブラーマの声が<ケーブル>を通じて響く。
「ああ、衛兵種ばかりだったからな。こちらはかすりもしていない」
『そうか・・・』
どこか安堵した声。アクの強い新型に乗り換えたばかりなので、不安だったのだろう。
「これから生存者の探索に移る。戦闘稼動解除だ」
『了解した。気をつけろ』
ファルベはゆっくりとした動きでキャラバンの残骸である、横転した荷馬車に近づいていく。
あたりに散らばる遺体は・・・どれも無残なものばかりだ。どうやら奇声蟲は「植え付け」のため
ではなく、単に捕食するためにキャラバンを襲ったようだ。
(この分では・・・無理だな)
そう思いつつ、荷馬車の中を見る。積荷や木箱が散乱し、やはり人の気配は・・・
いや、かすかにだが感じる。人の息遣いだ。
それは一番奥にある木箱からだった。
「だれか、いるのか!」
声をかけるも、返事はない。レグニスは慎重にファルベの指で木箱を開け・・・
「・・・・・・!!!」
『どうした、レグ!?』
「・・・生存者を、発見した・・・」


育成編 第1幕〜奇妙な道連れ〜


「これは・・・どうしたものか・・・」
ブラーマはレグニスが見つけてきた『唯一の生存者』を前にして、苦い表情でつぶやいた。
彼女の腕に抱かれて、生存者・・・赤ん坊は屈託なく笑っていた。
「だぁ〜う、だぁ」
「・・・無駄だとは思うが、わかる言葉でしゃべってはくれないか?」
「だぁ? うきゃ〜!」
「やはり無理か・・・」
首もすわっているし、はうこともできる。生まれてからそれなりに経ってはいるようだが、しゃべ
るのはまだ無理そうだ。
服の端に名前が書いてあった。コーニッシュという名前のようだ。
「コーニッシュ・・・コニーと呼べばいいのか?」

『どんな具合だ?』
遺品整理などを終えたレグニスが、荷物を持ってキャラバンのあったところから戻ってきた。
ブラーマは眉間にしわをよせたままレグニスのファルベを見上げた。
「どうもこうもない。私にいったいどうしろというんだ?」
「その場に放り出してくるわけにもいかんだろう」
レグニスがファルベから下りてくる。
「当たり前だ。こんな幼子を放り出すことなど・・・」
「ならどうする?」
「どこか孤児の面倒を見てくれる施設に預ける。ただそこに行くまでは、我々で世話をするしかな
ないであろうな」
「まあ、妥当な線だな。だが言っておくが、俺は殺す方は得意だが育てる方は全然わからんぞ」
「わ、私とて本で読んだ知識ぐらいしかない!」
心持ち、上ずった声で叫ぶブラーマを赤ん坊はきょとんとした顔で見上げていた。

「と、ともかく、そうと決まったからには早急に町に戻らねば。赤ん坊と言えばいろいろなものが
必要だからな。ミルクとか・・・」
「ふむ・・・」
レグニスはつぶやくと、ふと思いついたように顔を上げた。
「お前はでないのか?」
「でるかぁっ!!」
稲妻のような蹴りがレグニスの鳩尾に直撃した。


「この布も必要だな・・・あ、着替えはこれでいいか」
町に戻るや否や、ブラーマは捜索の報酬を受け取り、その足で市場に直行した。
「まだ、買うのか?」
「別に重くはなかろう? お前のことだし」
「まあ、確かにこれぐらいは平気だがな・・・」
そう言って、レグニスは両手一杯の荷物を眺めた。うずたかく積まれたそれらは、すべてべビー用
品である。
「なにせ孤児院は首都に行かねば無いとのことだからな。準備は万全にしておかねば」
ブラーマはコニーを抱えたまま、どこか楽しそうに品物を眺めていく。
「よし、これとこれと・・・これでいいだろう。レグ、持て」
さらに荷物が積み上げられる。
「・・・これで全部か?」
「ん? ああ、そうだな。当面はこれで事足りるだろう」
「なら、宿にもどるぞ」
「わかった。ほら行こう、コニー」

てくてくと宿に向かって夕暮れの道を歩く二人・・・いや、三人。
不意にブラーマが口を開いた。
「こうしていると・・・その・・・なんだ・・・」
「? なんだというんだ」
「そ、その・・・他人には・・・見えるかもな。ふ・・・」
顔を真っ赤にしながらブラーマがつぶやく。
「ふ?」
「ふ・・・不思議な姉妹に!」
逃げてしまった。心の中でがっくりとうなだれるブラーマ。そんな彼女の内心などまったく知る由
もなく、レグニスは首をひねった。
「まあ、他人からどう見られるかなど知らんが・・・間違った認識で見られそうではあるな」
その言葉にブラーマはぎくりと肩を震わせた。確かにそうだ、自己満足ならともかく、他人には自
分達はどう見られていたのか・・・
(し、知り合いにこの姿を見られたとしたら・・・)
急に顔が青ざめる。そんな彼女の背中に、声がかけられた。
「いやぁ〜〜、そこを行くのはレグニスくん達じゃないかい?」
どちらかと言えば、聞きたくない部類の声が。

レグニスは渋面を隠そうともせず振り返る。
思ったとおりの姿が、そこにはあった。
機奏英雄 天凪優夜とその歌姫ルルカ。
「ほんっと奇遇だねぇ〜、こんなところであうなんて。奇遇ついでに夕飯おごってくんない?」
あいかわらずの馴れ馴れしい態度で優夜が歩み寄ってくる。レグニスのしかめっ面などまるで気に
した様子は無い。
「だ、だめですよ優夜さん! 頼むときはそれなりの手順をふまないと・・・」
ルルカも後を追うように走り寄ってくると、ブラーマに笑いかけた。
「こんにちは、おひさしぶりです。ブラーマさん」
「う、うむ。ルルカ殿も元気そうで何より・・・」
「? どうしたんですか?」
背中を向けたまま顔をあわせようとしないブラーマを不思議に思い、ルルカは前へと回り込んだ。
「・・・・・・!!!!」
ルルカの顔が、劇画タッチに硬直した。

たっぷり十秒ほど硬直したのち、ルルカは顔を戻すと、猛烈な勢いでブラーマの肩をつかんだ。
「そうですか・・・お二人の愛はそこまで深かったんですか・・・」
「待て、ルルカ殿」
「いえ、いいんです。ブラーマさんの選択に、わたしはどうこう言える立場じゃありませんし」
「話を聞いてくれないか」
「それになにより、生まれてきた子に罪はありませんしね」
「聞いてくれ、これには事情が・・・」
「ふふふ、ブラーマさん似ですね。目元なんかそっくり。きっと美人さんになりますよ」
まったく聞く耳もたず、ルルカは優しい目つきでブラーマと、その腕の中のコニーを交互に見る。
一方、レグニスのほうも・・・
「いやいや、朴念仁とは聞いていたけれど、案外やるもんだねぇ〜」
「・・・貴様は今、俺に対して非常に不名誉な想像をしていないか?」
「そんなことないって、これは偉業だよ。うん、十分名誉だよ」
「・・・ならそのにやにや笑いはなんだ!」

説明すること十数分、やっと二人は納得した。
「なんだ、拾ったんですか」
どことなく残念そうにルルカは言った。
「大変ですねぇ。・・・ちょっと、いいですか?」
「うむ。ほら」
ブラーマからコニーを手渡される。しっかりと抱えると、ルルカは顔をほころばせた。
「うわぁ、あったかい。コニーちゃん〜、ルルカお姉ちゃんですよ〜」
「むしろその年の差だとおばさん・・・」
「なんかいいましたか」
横からちゃちゃをいれる優夜をぎろりとにらみつける。
そのとき、コニーが急にむずがりはじめた。
「あ、あわわ・・・どうしたのコニーちゃん」
あわててあやし始めるも、今にも泣き出しそうだ。
「ルルカの顔が怖かったんだろう」
「そういうこといいますか・・・」
「じゃあ胸が薄いから安心できないとか」
「そんな・・・ブラーマさんもあまり変わらないはずです!」
「ル・・・ルルカ殿・・・」
「あっ・・・、ごめんなさい! ほーらよしよし・・・」
必死になってあやすルルカだが、もはやコニーは泣き出す寸前だ。
慌てるルルカ。その頭に、ある考えがひらめいた。

「そうだ、ほ〜らコニーちゃん。ダメ英雄ですよ〜」
優夜を見せる。
「ル、ルルカ君。そういった行為は情操教育とかに良くないのでは・・・」
「知りません。むしろ優夜さん自体が情操教育に悪いぐらいです。よしよしコニーちゃん。次はほ
ら、朴念仁ですよ〜」
「・・・お前も俺の認識になにか誤解があるようだな」
わずかに眉をひそめつつ、コニーを向けられたレグニスがぽつりと言った。
「あんなこと言ってますよ、気付いてないんです。ひどい親ですねぇ〜」
一通りあやしてなんとか落ち着かせると、ルルカはコニーをブラーマへと返した。
「はい。やっぱりママが一番ですって」
「・・・まあ、そのあたりのことはさておいて」
ブラーマの腕に抱かれたとたん、コニーはすやすやと眠り始めた。
その安らかな寝顔を見て、ルルカが微笑む。
「かわいいですね。でも、このあとどうするんです?」
「うむ、孤児院に預けようと思うのだが」
「孤児院ですか・・・あの、それまでご一緒していいですか? ちょっと気になっちゃって」
「私はかまわないのだが・・・どうだ、レグ?」
レグニスが優夜を苦手としているのは知っている。敵意と殺意の中で育ってきたレグニスには、あ
あいったおおらかな態度はなじみのないものなのだろう。
レグニスはわずかに黙考した後、やれやれといった感じで口を開いた。
「別にかまわん。もともと妙な道連れだ。これ以上護るものが二、三増えたところで、大して手間
は増えん」
「おおっ、オレも護ってくれるか。うれしいねぇ〜レグニスくん。じゃ、そういうことでよろしく」
馴れ馴れしく肩を叩く優夜をレグニスは鋭い目つきでにらみつけると、
「貴様は戦え」
「優夜さんは戦ってください」
「お前は少し戦ったほうがいいぞ」
三人から釘を刺された。


続く


後書き
すさまじく妙な話です。
幼女とかをを連れてる人はほかにもいますが、こんなネタをやるアホはわしぐらいかと。
天凪さん。からかいどころ、ありがとうございます。あんな感じでよろしいですか?
ちなみに自分は赤ん坊のことなんて全然わかりませんので、その辺はご容赦ください。

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