「ふ〜、やっぱりお風呂はいいですね〜」 温泉につかりながらルルカはのんびりとした調子でつぶやいた。 一日の疲れを癒すにはやはり風呂にかぎる。それも温泉なら効果絶大だ。 ただでさえ日ごろ優夜にふりまわされっぱなしなのだ。少しは息抜きしないとやってられない。 「それにしても……」 不意にルルカは目を細めると、洗い場にいるブラーマ達へと視線を向けた。 「ほらコニー、じっとしていろ。今体を洗ってやる」 「だ〜う、だぁ〜」 「そうか、気持ちいいか。よかったなコニー」 コニーの体を優しく洗うブラーマ。その姿はまさに…… 「お母さんって感じですね……」 育成編 第2幕〜子連れ道中〜 「本当に……ブラーマさんの子じゃないんですか?」 湯船に身を浸しながら、ルルカが尋ねる。その目はどことなく期待の輝きを伴っていた。 対するブラーマは、どこかあきれたように振りかえると、 「……ルルカ殿、この子は孤児だと言ったはずであろう」 「そのなつき具合から見ると、ちょっと信用できません。わたしが抱くと泣き出しちゃいましたし」 「それはそうだが……」 「それになにより、髪の色が同じです」 「ぐっ!」 かなり痛いところを突かれ、ブラーマの顔がわずかにこわばる ブラーマの髪の色は濃い青色。そしてコニーの髪の色は澄んだ青色だ。 「ぐ、偶然の一致であろう」 「ふふ、いまさらそんな言い逃れが通用すると思ってるんですか?」 不気味な笑みを浮かべつつ、ルルカが湯船の中を前進してくる。心なしか、目がすわっているよう にも見える。 「さあ、素直に白状してください。レグニスさんとの子なんですね!?」 「白状もなにも、この子は本当に拾ったのだ……」 我ながら説得力に欠ける……と思いつつも、一応言ってみるブラーマ。 「この期に及んで、まだ白を切るつもりですか!」 やはり聞いてはいなかった。 「すべて話してください……。今ならまだ、お上にもお慈悲はありますよ」 「私がいったい何の罪を犯したというのだ……」 じりじりとにじり寄ってくるルルカを前に、ブラーマは疲れきったように額を押さえる。 「罪! ええ罪ですとも! 二人でこっそりと……子供なんて……」 さらに盛り上がるルルカ。もはや止めることは不可能なのか…… そう思ったブラーマに、ふとある考えがよぎった 「……つかぬ事を尋ねるが、ルルカ殿。貴殿は何故にそんなにまでコニーの素性にこだわるのだ?」 「えっ、そ、それは……」 さっきまでの勢いはどこへやら。急にしどろもどろになるルルカ。 「応えてもらおう。何故、貴殿は『英雄と歌姫の子』にこだわるのだ?」 「あ、あうう、それはその……なんていうか」 いつの間にか、攻守は逆転していた。 顔を真っ赤にしながら後ずさるルルカに、不敵な笑みを浮かべたブラーマが詰め寄る。 「さあ話せ。故郷の母上が泣いているぞ」 「う、うう〜」 そんな二人のやりとりを、コニーはブラーマに抱かれたまま、ぽかんとした顔で見ていた。 その頃 「なんかあっちは盛り上がってるみたいだなぁ……。オレもはやく風呂に入りたい」 「これが済んでから入れ。思う存分にな」 優夜とレグニスは風呂場から少し離れた洗濯場にいた。 風呂場から聞こえる喧騒を背にしつつ、二人ともたらいと洗濯板を手に、ごしごしと赤ん坊の衣類 を洗っていた。 「そりゃわかってるけどさ……」 「夕飯はおごってやったんだ。文句を言うな」 「ほいほい。こうなったら見せるしかないようだな……ご近所のオバサン方に『人間洗濯機』と呼 ばれたこのオレの腕前を……」 含み笑いを浮かべる優夜。その腕が突如、異常な速さで動き始めた。 「絶技! シャボンブレイカー!!」 「……どうでもいいが、泡をとばすな」 ばしゃばしゃとあたりに飛び散る水しぶきを前にして、レグニスはいつもの冷淡な表情をわずかに 歪めてみせた。 と、その時。 不意にレグニスは洗濯する手を止めると、その場に立ち上がった。 「ん? どうかした?」 「…………」 優夜が不思議そうに見上げるが、それに応えようともしない。 視線を感じる。誰かがこちらを見ているのだ。 周囲には無論、人影はない。 (何者だ……?) ブレッグではない。奴ならばこちらに気付かれるようなヘマはしないだろうし、なにより挑発しよ うと殺気をぶつけてくるタイプだ。 さりとて、ただの覗き見とも思えない。 (どういったつもりかは知らんが、一応『警告』しておくか) 軽く息をつくと、レグニスは全身から猛烈な殺気を放った。 並の人間ならば足がすくみ、身動きできなくなるほどの強烈な殺気。温度が下がるほどの殺意。 それらを全方位で無差別に放出する。 こっちを見ているのはわかっているぞ。という、無言の『警告』だ。 程なくして視線は消えた。どうやら立ち去ったようだ。 (何が狙いだ? 俺か、それとも……) 「お〜いレグニスくん、サボってないで君もやれよ」 無遠慮な優夜の声にレグニスの思考は中断された。 レグニスは何事もなかったかのようにしゃがみこむと、洗濯を再開する。 しかし視線はともかく、あれほど近くで放たれたレグニスの殺気にこれっぽっちも動じない、もし くはまったく気付かないとは…… (こいつが一番大物かもしれんな) 目の前の、泡を飛ばしながら洗濯をする英雄を眺めつつ、レグニスはぼんやりとそう思った。 翌日 一行は首都へと向かい、町をあとにした。 その道の途中の川原にて、ひと時の休息を楽しんでいた。 「ふむ、ミルクの温度は人肌……と」 湯せんで暖めた哺乳瓶を頬にあて、温度を確かめつつブラーマがうなずいた。 その傍でコニーを抱えていたルルカが、疑わしげな目つきでぼそりとつぶやく。 「母乳じゃないんですか?」 「だから私の子ではないと言っているだろう……」 もはや苦笑いしか浮かばない。 「どうも信用できないんです。ねぇ、コニーちゃん〜」 あやすように揺らしながら、腕の中の赤ん坊に向かって語りかけるルルカ。その姿を見ていた優夜 が一言だけポツリともらした。 「……ママは小学4年生……」 「だ・れ・が・小学生ですか〜!」 本当にかすかなその声に反応し、般若のような形相でルルカが振り返る。優夜は慌ててそっぽを向 くと、わざとらしく口笛をふいてみせた。 「まったく、いつもいつも……」 「あいかわらず苦労しているようだな、貴殿も」 「ええ、ほんとにもう苦労しっぱなしです」 ため息をつきながらコニーをブラーマの腕に返す。 「レグニスさんも……あいかわらずみたいですね」 「うむ。その通りだ……」 コニーにミルクを与えながら、ブラーマは側に置かれたファルベ――座り込んだその奏甲の頭上に 立つレグニスを見上げた。 今は休憩のはずなのに、ああやってずっと周囲を警戒し続けている。 「巣を見張る親鳥って感じですね」 「そんなにいいものではない。あいつは特にな」 苦虫を噛み潰したような表情でブラーマは言った。 (先日のあの視線は一体……) 奏甲の頭部に立ったまま、レグニスはずっとそればかりを考えていた。 どうも気になるのだ。あのタイミングでこちらを見ていた者がいた事が…… (目的はなんだ……? 俺か、ブラーマか、まさかとおもうが優夜の奴か……?) 考えてもわかるようなことではないのだが、どうにもいやな予感が頭を離れない。 (この道中、おもった以上に厄介なことになりそうだな) そんなことを思いつつ、遠くを眺めるレグニス。 (……!?) その目が不意に、刃のような光を放った。 「あいつの鈍感ぶり、最近はもはやわざとじゃないかと思ってしまうほどで……」 「ブラーマ」 背後から唐突に声をかけられ、ルルカ相手に愚痴をこぼしていたブラーマは、驚きのあまり体が跳 ね上がった。それでも何とか、声のほうへと振り返る。 「レ、レグ。降りてきていたのか」 「奇声蟲が接近してきている。すぐに戦闘準備だ」 淡々と述べるレグニス。ブラーマの顔つきが瞬時に変わった。 「! わかった」 頷き、立ち上がるブラーマ。 そこにはもはや恋に悩む少女の姿はない。幾多の激戦を潜り抜けた、歌姫としての彼女がいた。 「こちらにはコニーがいる。絶対に近づけさせるな」 「わかっている。衛兵種ばかりだ、すぐに終わらせる」 相も変わらずのぶっきらぼうな口調で答えると、レグニスはファルベのコクピットへと滑り込んだ。 「ほらほら、優夜さんも早く奏甲に乗ってください」 「え〜、でもオレがでなくたってレグニスくんが全部やっつけてくれるだろうし……」 「何言ってるんですか!『強いやつにくっついて端っこのほうでちまちま戦うのがオレのやり方』 っていてたのは優夜さんですよ!」 「いや、それは報酬の出る仕事の話であって、こういった野戦だと話はまた別に……」 「いいから行ってください。それともなんです、今ここでわたしと死闘を演じますか?」 「……いってきま〜す」 「いってらっしゃい。晩御飯までには帰ってきてくださいね♪」 しぶしぶといった調子で奏甲に乗り込む優夜を、ルルカが笑顔で送り出す。 ようやく起動し、立ち上がった優夜の機体の前に、一本の剣が差し出された。 『使え。俺には必要のない武器だ』 「お、サンキュ……ってこれ! 金剛剣(ソードオブダイヤモンド)じゃないか!」 言うまでもなく、レアな武器である。見た目も威力も値段も申し分ない。 『以前の仕事で手に入れたものだ。だが俺は剣は使わんのでな、貴様にやる。』 「い、いいんですか、レグニスさん! そんな高い武器」 『構わん。どうせ使わんしな。そいつのつたない戦闘力も、これで少しはましになるだろう』 「ありがとうございます。ほら、優夜さんもちゃんとお礼を……」 『…………』 「優夜さん……今、一瞬売値を考えましたね」 『そ、そんなことはないぞ! さあ、とっとと奇声蟲どもを蹴散らしてしまおうではないか!』 やたら上ずった声で叫ぶと、優夜はごまかすように迫りくる衛兵達へと向かっていった。 「あ、あの人は〜!」 「あれだけの威力の武器だ、少しはましにはなるのではないか?」 「そうだといいんですが……」 ブラーマの言葉に、ルルカは織歌の中にため息を混じらせた。 その日ルルカが学んだのは、『武装だけでは強くなれない』ということだったそうだ 首都は、まだ遠い。 続く 後書き いろいろあって、子連れ話第二段です。あいかわらず妙な展開ですが。 ちなみにレグニスたちの金回りがいい理由のひとつとして、レグニスがナイフや小剣以外を全然使 わないため、報酬として手に入った武装のほとんどを他の英雄達に格安で売っ払ってることがあり ます。