「ここまでくれば首都まであと少しですね」
「ああ……そうだな……」
宿の一室にて、荷物を下ろしながらルルカが言う。だがブラーマの返事はどこか上の空だ。
「? ブラーマさん、どうかしたんですか。元気無いみたいですけど?」
「そ、そんなことはないぞルルカ殿。私はこのとおり元気だ。うむ」
心配そうに尋ねられ、ブラーマは慌てて返事をした。だがそれもどこかぎこちない。
「そうですか……、ならいいんですけど」
どこか腑に落ちないものを感じつつ、ルルカは部屋の出口へと向かっていく。
その背後でブラーマはコニーをあやしつつ、
「なぁコニー。レグはどうして私の気持ちに気付かないんだろうな……」
「!!!」
本当に、小さくつぶやかれたその言葉を、図らずもルルカは聴いてしまった。
(こ、これは!)
猛烈な不安と焦りが彼女に襲いかかる。なぜかはわからないが、このままにしておくのは非常にま
ずい。そんな気がした。
「ち、ちょっと出かけてきますね」
そう言い残し笑顔で部屋を出ると、ルルカは猛烈な勢いで隣の部屋――レグニスと優夜の部屋へと
駆け込んだ。


育成編 第4幕〜鈍感矯正作戦〜

「レグニスさんっ!」
ドアをぶち破りかねない勢いで踏み込んだルルカは、その中で繰り広げられていた光景に一瞬我を
忘れた。
「……ワンペアだ」
「へへっ、スリーカード。オレの勝ちだな。それにしても以外だな、レグニスくんってポーカーフ
ェイスのわりにはポーカー弱いんだ」
「貴様こそ、なぜこんなことに限ってツキがある?」
「ふっ、実を言うとオレは現世ではこれで食ってたんだ」
「……本当か?」
「いや、冗談だ」
「…………」
半目になるレグニスを他所に、優夜はほくほく顔で机の上にあった硬貨をかき集めていった。
そこにいたってようやくルルカの脳が思考を再開する。
彼女はつかつかと二人の元へと歩み寄ると、
「ん、ルルカ。いっしょにポーカーやるか?」
優夜の言葉を無視したまま、トランプの乗ったテーブルの端に手をかけ、
「な・に・を・やってるんですかぁぁ〜〜!!」
ちゃぶ台のごとくひっくり返した。
舞い散るトランプ、乱れ飛ぶ硬貨。

病弱な彼女から見れば、信じられない力だった。

「二人とも、ちょっとそこに座ってください」
『はい』
ルルカの言葉通り、二人は彼女の前に正座した。なぜか逆らいがたいプレッシャーを感じる。
「レグニスさん、あなたはブラーマさんのことをどう思っているんですか?」
「どうもこうも……俺の歌姫だが?」
「あーもう! そうじゃなくて……なんていうんですか、こう……」
(レグニスにとっては)意味不明の叫びとともにルルカが苦悶する。それを眺めつつ、レグニス自
身も先ほどの問いの意味を考え直してみる。
「つまり、感情的に俺があいつをどう見てるか、と聴きたいわけだな?」
「そ、そうです。そういうことです。……で、どう思ってるんですか?」
「俺はあいつを信頼している。月並みだが、心の底からというべきか? 俺自身あいつを裏切るよ
うなまねだけはどうあってもできんな」
これだけの台詞を照れひとつなく言ってのけるあたり、レグニスも相当重症である。もしかしたら
致命傷の域かもしれない。
だが今のルルカにはそんなことなど関係なかった。致命傷だろうとなんだろうと、たとえ傷口が壊
死してようと彼女は止められない。
「だったら、その信頼を形で表したりはしたんですか?」
「……形?」
「具体的に言って、プレゼントです」
そこまで言った後、ふとルルカの目が疑わしげに細められる。
「……まさかレグニスさん、『プレゼント』という言葉を知らないんじゃ?」
「俺をなんだと思っている。プレゼントぐらい知っている。言葉も、意味もな」
ほんのわずかに表情をむっとさせつつレグニスが言う。
「で、どうなんですか?」
「したことはないな。一度も」
レグニスの返答にルルカはめまいを感じたように頭を抑える。
「……行きましょう、今すぐ」
「一体どこに行く気だ?」
「もちろんブラーマさんへのプレゼントを買いにいくんですよ!」
すっくと立ち上がり、気合とともにルルカが扉へと向かう。
「さあ行きましょう。ブラーマさんに信頼と真心と愛のたっぷり詰まったプレゼントを渡すために」
「……よくわからんが行ったほうがよさそうだな」
「二人ともいってらしゃーい」
「優夜さんも来るんですよ」
出かけようとする二人にのんきに手を振っていた優夜に、ルルカがすかさず釘を刺す。
「え〜、でもオレ関係なさそうだし……」
「ここに置いていくと絶対ブラーマさんにしゃべりますし。余計なことをさせないためにも連れて
行きます」
「……チッ、ばれたか」
「いいからとっとと仕度してください」
ルルカは呆れたようにため息をついた


さまざまな店が軒を連ねる商店街。街道沿いにある町で、国の首都もわりと近いためか店の種類も
売っている品物も実に千差万別だ。
商店街を物色しながら三人は進んでいった。
「こういっぱいあると目移りしちゃいますね」
「ルルカ〜〜、本来の目的忘れてないよな?」
「わかってます、優夜さんに言われるまでもありません」
ちょっとむっとしたようにと言うと、再び店を見て回る。
「だが、こうしてみても俺は何を買えばいいのかいまいちよくわからんのだが……」
「そうですね、一般的なプレゼントといいますと……」
「楽器だな」
思案するルルカの後ろから優夜がさらりと言ってのけた。レグニスは優夜のほうに顔を向けると、
「楽器……だと?」
「ああ、歌姫の力を引き出す術のかけられた物があるんだ。ブラーマちゃんには……ハーモニカと
か似合いそうだな」
(ハ、ハーモニカ……)
ルルカの脳裏にある光景が浮かぶ。
夕日の川原で赤ん坊を抱いたまま、一人ハーモニカを吹くブラーマ。
哀愁漂いまくっている。
「って、何言ってるんですか優夜さん!」
「ハーモニカはだめか? ならピアニカとかリコーダーとかでも……」
「全部だめに決まってるでしょう! ……って言うかなんで全部吹く楽器なんですか! それじゃ
歌えないじゃないですか!」
怒りの形相で叫ぶルルカ。
「女の子に対するプレゼントといえば、そうですね……ああいったものと昔から相場が決まってる
んですよ」
そう言って彼女が指差したのは、小さな宝石店だった。
「あの店か?」
「ええそうです。プレゼントは装飾品、常識です」
じろりと優夜をにらみつけつつ言う。当の優夜はそ知らぬ素振りで口笛など吹いている。
ルルカはこめかみをに血管をうかべつつも、なんとか怒りを飲み込んだようだ。
やや固い表情のままでレグニスに歩みよると、その腕をがっしとつかむ。
「さあ、行きましょうレグニスさん。ブラーマさんへの愛のために」
「お、おい」
ずりずりとそのままレグニスの体を引きずり、店の中へと入っていった。


店の規模は小さめなものの、その品揃えはなかなかのものだった。
飾られた宝石や装飾品はどれも美しく、当のルルカが大喜びでガラスケースに張り付いているほど
だった。
「……綺麗ですねぇ〜〜」
「そうなのか? 俺にはいまいちよくわからんのだがな」
レグニスが首をひねる。だが肝心のルルカはガラスケースに張り付いたまま全く反応しない。
「……まあいいいか」
ルルカをそのままにし、レグニスは一人で店内を見回していく。
多種多様に並ぶ宝石と装飾品の数々。
だがやはり自分一人ではなにをどう選べばいいのか、全くといっていいほどわからない。
(どうしたものかな……)
それでもとりあえず物色してみるレグニス。と、不意にその視線がある物を前にして止まった。
緑色の宝石を中央にたたえたペンダントだ。周辺や土台の作りも地味ながら趣がある。
全体的な派手さはないものの、どこか暖かさを感じさせる代物だった。
「あ、これいいですね。ブラーマさんにも似合いそうですし!」
いつの間にか後ろに来ていたルルカが興奮したように声を張り上げる。
「もう、レグニスさんも興味ないような顔してるわりにはちゃんと選んでるんですね」
「いや、俺はたまたま……」
「謙遜しなくていいですよ。すいませーん、これくださーい」
「はーい……あ、ごめんなさい。それは売り切れなんですよ」
店員の女性がすまなそうに頭を下げる。
「え〜、じゃあここにあるのは……」
「すいません。それも予約分なんですよ」
「それなら……新しく作ることはできないんですか?」
なおも食い下がるルルカ。
「それなんですけど。ほら、中央に緑の宝石がありますよね?」
「はい、とっても綺麗ですね」
「それはこの町の鉱山でしか取れない珍しいものなんです。でも、最近鉱山に蟲が出るようになっ
てしまって、今ではほとんど手に入らないんですよ」
「……では石さえあればすぐにでも作ってもらえるんですか?」
ルルカの質問に店員の女性は困り顔のままうなずいた。
「ええ。土台のほうはありますから、石さえあれば今日中にでも……」
「蟲の出る鉱山…・・・」
ルルカがレグニスへと視線を向ける。
そのぐさぐさと突き刺さるような視線を受けてか、レグニスの頬を一筋の汗が伝って落ちた。


「……俺は何をしているんだ」
その疑問に答えるものは、この暗闇の中にはいなかった。
鉱山の中、べっとりとした漆黒の通路を、レグニスは一人歩いていた。
腰に下げたカンテラが、頼りなさげに放つ光が通路の先をわずかにだが照らし出す。
だがそれでレグニスには十分だった。闇に対する訓練も受けている彼の目は、わずかな光源だけで
も十分にその役目を果たす。
レグニスはむき出しの岩盤の上をほとんど音を立てることなく進んでいった。

ほどなくして、レグニスは広い空間へと出た。
どうやら採掘の際、中継点として使われていた場所らしい。壁にあいたいくつもの横穴がその暗い
口を覗かせている。
レグニスは立ち止まると、事前に渡されていた鉱山の地図を開いた。
カンテラで照らしつつ内容と現状を見比べる。
やはりいくつかの横穴は地図と一致しない。おそらく蟲が開けたものだろう。
(いいですかレグニスさん。目的は宝石の原石です)
不意に出発前のルルカの言葉が甦る。
(話によると、蟲が出たときに急いで逃げ出したため、掘り出した原石がそのままになってるらし
いんですよ。それを回収してくるだけでいいんです)
「原石……か」
周辺を見回してみるも、それらしきものは見当たらない。
「もっと奥に行くべきか」
地図に蟲の開けた穴をチェックしておくと、レグニスは横穴のうちの一本へと入っていった。

しばらく奥へと進む。
と、その足に何かがぶつかった。甲高い音が鉱山内の静寂を引き裂く。
「…………?」
それは金属製のバケツだった。長く放置されていたせいか、土埃が積もっている。
レグニスはしゃがみこむと、そのバケツの中を覗き込んだ。中には小さな石のようなものがいくつ
も入っている。
そのうちの一つを取り出すと、カンテラで照らしてみた。土にまみれた石の隙間から、わずかにだ
が緑色の光が照りかえった。
「これか……」
レグニスはあらかじめ用意してあった袋を取り出すと、バケツの中の石をすべて詰め込む。
そして一杯になった袋を、邪魔にならないよう腰へと結びつけた。
「さて……と」
つぶやき、立ち上がると同時にレグニスは素早くナイフを向き放ち……
振り向きざまに後方から迫る触手を切り払った。
耳障りな叫び声とともに、小型の奇声蟲が身を震わせる。
「無音移動はほめてやるが、肝心の殺気が見え見えだ」
蟲が吼え、爪を振りかざす。この狭い通路では回避することは困難だ。
だがレグニスは逆に一気に間合いを詰めると、空いた左の拳を蟲の頭部へと叩きこんだ。
ぐしゃり、という音とともに蟲の頭が叩き潰された。振り上げた爪も、力なくその場に横たわる。
レグニスは手についた蟲の体液を振り払うと、死骸を押しのけ、一目散に通路を戻る。
目的の物を手に入れた以上、長居は無用だ。

だが中継点にまで戻ってきたところで、レグニスは足を止めた。
そこにはすでに数匹の蟲が、出口を塞ぐようにして待ち構えていた。
さらに自分が今来た通路の奥からも、わさわさと何かが這いずるような音が聞こえる。
(ここに俺だけできたのは、正解だったな……)
これだけの数を相手に、あの二人を守りながら戦うのは少々厳しい。
だがしかし、今ここにいるのは自分だけだ。
蟲たちが牙をがちがちと鳴らし始める。背後の音も、だんだんと近づいてきているようだ。
「立ち塞がるなら、潰すだけだ」
ささやくように言うと、レグニスは地を蹴った。


「ブラーマ、居るか?」
扉を開け、部屋の中へと入る。
「なんだ? レグ。それにルルカ殿も」
ブラーマはコニーを抱いたまま、ベッドの上に腰掛けていた。
相変わらずどこか疲れたような顔をしている。
「はいはい、コニーちゃんはわたしがちょっとお預かりしますね」
「? ルルカ殿?」
ブラーマの声に答えることなく、笑顔のままルルカはコニーを抱き上げると、そのまま部屋の外へ
と出て行った。
「……一体どうしたというのだ?」
「ブラーマ」
首をかしげるブラーマの前に進み出ると、レグニスはおもむろに小箱を差し出した。
「受け取れ。俺からの『信頼の証』だ」
「えっ?」
全くもって予想外の事態にブラーマが硬直する。
全停止した頭のまま、ブラーマは小箱を受け取るとそれを開けた。
中に入っていたのはペンダントだった。暖かさを感じる作りに、澄んだ緑色の宝石が輝いている。
「こ、ここ、これは……」
「……気に入らんか?」
「そんなことはない! そんな……ことは……」
不意にブラーマの語尾が濁る。
「どうした、ブラーマ?」
「…………!」
不思議そうに尋ねるレグニスに、ブラーマは突然抱きついた。
「ブラーマ……?」
「レグ、ありがとう……本当に……」
やや上ずった声でブラーマがつぶやく。レグニスは何も言わず、ただ彼女が落ち着くのを待った。
しばらくした後、
「す、すまんな。私としたことが少々その……取り乱してしまった」
恥ずかしいのか、顔を背けつつブラーマが言う。体は抱きついたままだが。
「かまわん。それよりも、なにかあるのなら遠慮せずに俺に言え」
「レグ……」
「俺はお前のパートナーなんだろう? できる限りのことはしてやる」
「そ、そうか。なら……」
ブラーマは少しだけ口ごもると、思い切ったようにレグニスの胸に顔をうずめた。
「時々でいいから……こうやって甘えさせてくれるか……?」
「別にいいぞ、それぐらいならな」
その言葉に、ブラーマは顔を赤らめたまま幸せそうに微笑んだ。

「ところでプレゼントなど、一体誰の入れ知恵だ?」
「それは言えん。口止めされている」
白状したようなものである。


「……どうやらうまくいったみたいですね」
「そうみたいだねぇ〜」
ドアの隙間から中の様子を覗いていたルルカと優夜が、ゆっくりとその場をあとにした。
「よかったですね、コニーちゃん。二人がより一層仲良くなって」
「うんうん、あの様子から見ると……明日にはコニーちゃんもお姉ちゃんだろうねぇ」
「なな、なにをいってるんですか優夜さん!」
「おや〜〜、一体なにを想像したのかな〜」
「そ、そうやって人をからかって……」
額に血管を浮かべつつ、ルルカが優夜に詰め寄ろうとした、その時だった。

「ああ、コニー! やっとみつけたわ!」


続く


後書き
傍から観れば小さな一歩だろうが、彼女にとっては大きな一歩なのだろう。
おめでとう、ブラーマ。やっと少しだけ報われたね。
さて、これから佳境です。
ちょっとした試練が待ち受けております。

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