「ああ、コニー! やっと見つけたわ!」
そう言って、宿の廊下をルルカたちに向かって一人の若い女性が駆け寄ってきた。
長い金の髪に、どこか不思議な服装。チョーカーをしているから、歌姫であるのは違いない。
ルルカはその服に近いものをどこかで見た覚えがあったが……
「あの、どちらさまですか?」
多少の不信感を言葉に含みつつも、尋ねてみる。
「あ、コニーをここまで連れてきてくれた方ですね。申し遅れました、わたしがその子の母親です」


育成編 第5幕〜歌え子守唄(前編)〜


「お、お母さんですか……?」
あまりに意外なその台詞に、ルルカはあんぐりと口をあけたまま、腕の中のコニーとその女性とを
交互に見比べた。
それもそのはず、コニーと目の前の女性は、親子と呼ぶにはあまりにも違いがありすぎた。
「こら、ルルカ! 失礼だぞ。いくら似てない親子だからって……」
「なな、何言ってるんですか優夜さん! そんなこと思ってませんよ、ちょっとしか……」
「かまいませんよ、よく言われることですから」
静かに微笑む女性。だがその姿にルルカはどうも違和感をぬぐいきれない。
なにかが、引っかかってる。
「でも、この子はキャラバンの生き残りだってブラーマさんが……」
「ええ、それは不幸な事故でした」
女性が悲しげに目を伏せる。その時ルルカは違和感の正体に気が付いた。

目だ。

髪の色も雰囲気も、コニーとどこか異なる女性。だが一番の違和感は、その女性のコニーを見つめ
る目にあった。
その目には、ブラーマが持つような幼子に対する暖かさが全く見られなかった。
「実はその子は生まれながらに少し厄介な病気を抱えてまして、治療のためにわたしの手を離れて
地方に行っていたのです。ようやく治療が終わり、わたしの元に帰ってくるその途中で……」
「キャラバンが……蟲に……」
「ええ、もう死んでしまったものだとばっかり……。助けてくださって、本当にありがとうござい
ました」
頭を下げる女性。
「い、いえ、助け出したのはわたしたちじゃなくて……」
慌てて説明しようとするルルカ。その背後のドアががちゃりと開き、
「どうかしたのか、ルルカ殿?」
ブラーマとレグニスが顔を出した。


「母親……貴殿がですか?」
ルルカからコニーを受け取りつつ、ブラーマが訝しげな視線を女性へと向ける。
「はい。本当にご迷惑をおかけしてしまいました……あ、わたし、リエアと申します」
(ちょっと、ブラーマさん……)
女性……リエアに見えないようにルルカがブラーマの裾を引っ張り、耳打ちする。
(なんだ……ルルカ殿?)
(あの人、本当にコニーちゃんのお母さんなんでしょうか? 正直わたしにはちょっと……)
(わかっている。私とてすべてを信用しているわけではない)
リエアに感づかれないようにわずかに頷くブラーマ。
「そういった訳でして、コニーをお返し願いたいのですが……」
「ふむ。母親としては当然の意見でしょうな」
ブラーマは納得したように頷いて見せるも、同時に困ったような視線をコニーへと向けた。
「しかし困りました。この子はすでに孤児としての申請を済ませてしまったのです。国のほうもそ
れは認めており、明日には孤児院のある首都へと到着するのですが」
ブラーマの言葉にリエアの顔色がはっきりと変わった。
「え、でも……こうして母親であるわたしが……」
「それは私が判断するところではありません。孤児院のほうに赴き、正規の手続きを経て引き取ら
れるのがよろしいかと」
「そ、それは……」
明らかに狼狽するリエア。そこにとどめとばかりにブラーマが一言を放った。
「失礼ですが、なにか申請できない『訳』でもおありですか?」
「…………!!」
一瞬にしてリエアの表情が変化する。

「……まったく、素直に渡してくれればいいものを」
顔に手を当てつつ、リエアがゆっくりと笑った。先ほどまでとはまるで様子が違う、他人を見下す
ような色を含めた笑みだ
「やはり偽者か……」
苦々しくつぶやくブラーマの横で、ルルカが小さく息を呑む。
そんな二人を背にかばうかのごとく、レグニスが前に進み出た。
「何者だ、貴様」
「あいにくと、現世人ごときと話す趣味はないわ」
ゆるやかに殺気を放出しつつ尋ねるレグニスを前に、ひるむことなくリエアは笑い返す。
そこに割って入るようにブラーマが言葉を投げかけた。
「なぜコニーを欲する。母親だと偽ってまで」
「何も知らないようね……その子のことも、その血筋のことも」
「血筋……だと?」
「話す義理も必要もないわ」
眉をひそめるブラーマを前に、リエアは侮蔑の視線を向ける。
と、不意に素早くその身を翻すと木の葉のような形をした刃物を投げつけた。

「……俺、と見せかけてブラーマか」
ブラーマの顔の前で、レグニスは刃を掴み取っていた。
「残念だが対象に殺気が向きすぎだ。赤ん坊でも気付くぞ」
「たいした言いようね。でも本来の目的はそうじゃないの」
リエアは薄く笑うと手首を引き戻した。するとレグニスの握っていた刃がするりと抜け落ち、彼女
の手へと戻っていく。極細のワイヤーでつないであるようだ。
刃を取り戻したリエアは、そこに付いていたレグニスの血を指で拭い取った。
「そう、必要なのはあなたの血と……宿縁の名よ」
言い放ち、胸元から手帳のようなものを取り出すと、リエアはページを開き、そこにレグニスの血
を塗りつけた。

リエアが歌を紡ぎ始める。

「がっ……、何だ……これはっ!」
突如レグニスが頭を押さえ、苦しみ始めた。
「レグ、一体どうした!?」
慌てて駆け寄るブラーマ。
「ぐ、あ……お…れは……」
苦しむレグニス。次第にその目の焦点が失われ、虚ろな色へと変わっていく。
「そろそろいいわね。来なさい、英雄」
リエアが命じる。
レグニスの体がびくりと反応すると、操り人形のような動きでのろのろと彼女の元へと歩み寄った。
「! 思い出しました。あの服装……自由民の方たちのものです!」
「正解よ、お嬢ちゃん」
ルルカに向かってリエアは笑いかけた。見下す者の笑みを。
そんなリエアをかばうかのごとく、虚ろな目つきのレグニスが三人に立ちはだかる。
「貴様……レグに何をした!」
「たいしたことじゃないわ。歌術で意識をほとんど消して、操り人形にしただけよ」
「そ、そんな……なんてひどい歌を!」
「自由民の目的は知ってるでしょう?」
愕然とするルルカにリエアはやれやれと肩をすくめた。
「現世人の排除……わたしたち自由民の最大の目標だけど、なにもわたし達が直接手を下す必要は
ないじゃない。害虫は害虫同士で潰し合えばいいのよ」
「こんなひどいこと、どんな目的であれ認められません!」
「そうかしら? 『黒薔薇』に比べればずいぶんと良心的だと思うけど? 少なくとも、わたし達
アーカイアの民は傷つかないわ」
「……!!」
絶句するルルカを前に、リエアは話は終わったとばかりに手を振ってみせる。
そしてその手をレグニスの肩に置くと、耳元で囁くように命じた。
「さあ英雄、聞きなさい。わたしは『ブラーマ』、あなたの歌姫。あいつらからわたしのかわいい赤
ちゃんを取り戻して」
「わ…かった……」
虚ろな目つきのまま、ぎこちない動きとともにレグニスが三人へと歩み寄る。
コニーをぎゅっと抱きしめながらブラーマが叫んだ。
「レグ! 正気に戻ってくれ!」
「レグニスさん!」
「無駄よ。わたしの作り出した『傀儡歌』からは逃れられない」
「おいおい……マジですか」
ポツリとつぶやく優夜。その瞬間、レグニスが床を蹴って加速した。
改造された肉体。それによって与えられた力のすべてを込めて、振りかざした拳を優夜めがけて叩
きつける。

爆発のような轟音。

拳はかろうじて身をかわした優夜の、後ろにあった壁を爆砕していた。
「……………」
舞い上がる土埃の中、無言のままレグニスは優夜へと顔を向ける。
「あら、すごい力ね、この現世人。拾い物だわ……」
「き、貴様……」
リエアの言葉にブラーマは激しい怒りを覚えた。
そんな彼女の肩を、優夜が軽く叩いた。
「……逃げるぞ。今のレグニスくんはシャレにならん」
「…………仕方ない、のか」
わずかな思案ののち、ブラーマは苦しそうな声で同意すると、壁に空いた穴から外へと走り出た。
「ほれ、ルルカも早く行く!」
「え、でも……」
「いいから逃げるぞ!」
ルルカの手を引き、優夜も壁の穴から外に飛び出していった。
逃げる三人の背を眺めつつ、忌々しげにリエアが命じる。
「追いなさい。逃がしちゃだめよ」
「わか……った」


「どうして……こんなことに」
町の片隅、裏通りの一角に三人は身を潜ませていた。
「落ち着け、ルルカ殿。今は現状を把握し、打開策を考えねば……」
「レグニスさんが心配じゃないって言うんですか!」
あくまで落ち着いた物言いをするブラーマに、ルルカは思わず声を荒げた。
「……そう見えるか?」
寂しげにブラーマが微笑した。その右手が、胸元にあるペンダント……先ほどレグニスから贈られ
たばかりの物を、強く握り締めていることに、ルルカは今更ながらに気が付いた。
「あ……ご、ごめんなさい」
「いいのだ。そういった性分だからな、私は」
大切な宿縁を奪われ、物のように扱われたことへの怒りは確かにある。
だがその怒りに任せていては、救えるものも救えないだろう。今は頭を冷やすべきだ。
ブラーマは怒りを無理矢理押さえ込みつつ、冷静に状況を分析していった。
(まず、コニーだ……)
胸に抱いた、すやすやと眠る赤ん坊へとブラーマは視線を移す。
あの女はコニーを手に入れようとしていた。母親と偽ってまで。
血筋、とも言っていたが……
(駄目だな、推察するには情報が足りない)
ブラーマは首を振ると、次の考えへと移った。
(あの歌術……傀儡歌と言っていたな)
宿縁の名を使い英雄を操る、自由民の作り出した歌。
確か手帳のようなものに、レグニスの血を塗りつけた後、使用していた。
そういえば、奴自身が言っていた。『英雄の血と宿縁の名が必要』だと。
(あの手帳が『鍵』か)
あれがもし歌術の使用に必要なものだとしたら……
(あれを奪うか、本人を攻撃し、歌術を中断させればいいということか)
だが、そのためにはレグニスを突破しなければならない。

(レグ……)
不意に操られたレグニスの姿が脳裏に浮かび、思考が鈍る。
(だめだ、冷静にならねば……)
自分に言い聞かせるも、ペンダントを握る手が妙に痛い。
押さえ込んだはずの怒りと、どうしようもない寂しさが湧き上がってくる。
無口で無愛想、気遣い方も不器用、でも呼べばいつもそこにいてくれた、自分のパートナー。

今は、いない。

(落ち込むな、耐えるんだ! あいつを取り戻すためにも……)
気を抜けば弱い心はどこまでも付け込んでくる。
ブラーマは自分を奮い立たせると、再び思考へと没頭する。

そのとき、ある考えが彼女の頭にひらめいた。
だがしかし……この策は……
「ルルカ殿、優夜殿」
「ふぁい?」
「なんですか、ブラーマさん?」
「元々この事件はコニーに関するものだ、お二方には何の関係もない」
「しばらく考え込んでたと思ったら、どうしたんですか、いきなり……」
不思議そうに首をかしげるルルカにかまわず、ブラーマは言葉を続けた。
「それを承知で、私はお二方に手助けをお願いしたい」
「そんなこといって、なんか思いついたの?」
「一応は。だが危険な上に、ある種賭けに近い策だ。無論断ってくれてもかまわないが……」
「何言ってるんですかブラーマさん!」
ルルカが力強く叫んだ。
「協力するに決まってますよ。以前に助けられたこともありますし」
「……すまない、お二方とも」
「いいですよ、コニーちゃんとレグニスさんのために、この不肖ルルカ・ソロ・エンフィールが一
肌脱ぎます!」
「ルルカが脱いでも誰も喜ばないぞ〜」
「意味違います。それに優夜さんも協力するんですよ」
「え〜〜、オレも脱ぐの? ルルカって結構ダ・イ・タ・ン」
「だからそこから離れてください!」
こんな事態でも相変わらずのやり取りをする二人を前に、ブラーマの顔に自然と笑みが浮かんだ。
この調子なら、大丈夫だろう。
(待ってろレグ……必ず解放してやる)


「一体どこへ行ったのやら……」
リエアはため息混じりにつぶやいた。
どうやら小娘二人と現世人と甘く見ていたようである。
「どうやら少し手荒にいく必要がありそうね」
彼女は傍らでじっとたたずむ現世人……レグニスへと目を向けた。
「英雄、聞きなさい。わたしは『ブラーマ』あなたの歌姫。答えなさい、英雄。あなたの奏甲はど
こにあるの?」
「俺の……機体は……」


続く


後書き
大ピンチです。ブラーマとコニーの運命やいかに!?
それにしても、なさけない主人公だ……簡単に操られてる

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