二機の奏甲が闇の中、ぶつかり合っていた。
互いの武器がかみ合ったまま、鍔迫り合いの火花を散らし、闇を削って双方の姿を照らす。
バギィンッ!
という甲高い音とともに、片方の武器がはじかれた。
はじかれた武器はナイフ。機体はシャッテンファルベ。
その大きく体制を崩したシャッテンの、がら空きの胴目がけて相手の刃がうなりを上げ……
「レグ!!!」


放浪編 〜森と想いと(前編)〜


叫ぶと同時に目が覚めた。
ゆっくりとベッドから身を起こす。暗闇に満たされた、宿の一室だ。
窓からは月明かりがわずかに刺し込み、傍らのゆりかごではコニーがすやすやと眠っている。
ブラーマは自分の胸へと手を当てた。まだ動悸が治まっていない。全身がいやな汗で濡れている。
「……夢、か」
まったくもっていやな夢を見てしまった。
だが、一方であれは真実でもあるといえる。
改造された肉体と、恐ろしいまでの戦闘技能をもつ、レグニス。
だが、いかなレグニスといえど無敵ではないのだ。戦っていれば、負けることもあるだろう。
そんなこと、ブラーマもわかっている。わかっているのだが……
「……レグ」
枕元へと手を伸ばすと、ブラーマはそこに置いてあったペンダントを手に取った。
石の心地よい冷たさが、火照った手に気持ちいい。

不意に響いた戸が叩かれる軽い音に、ブラーマの体がびくりと震える。
「何かあったのか、ブラーマ」
扉の向こうから響く、落ち着いた声。レグニスだ。
ブラーマはベッドより立ち上がると、戸の前へと歩み寄る。
だが扉は開けない。今はちょっと、顔を見たくなかった。
顔を見たら最後、何をしてしまうか、自分でもよくわからなかった。
「いや、なんでもないんだ。ちょっと……嫌な夢を見ただけだ」
「……大丈夫か?」
「ああ、心配かけてすまない」
「そうか」
つぶやくような声とともに気配が扉の向こうから去っていく。後に残る静寂。
「レグ……ありがとう」
微かな言葉は、闇に溶けた。


深い森の中を、一機の絶対奏甲が肩に歌姫を乗せたままゆっくりと進んでいく。
周囲に生い茂る木々の背丈はその奏甲を覆い隠すに十分な高さがあり、日の光によって緑色の影を
奏甲の表面へと写し出していた。
「なあ、レグ……」
肩に腰掛ける歌姫……ブラーマが口を開いた。その膝の上にはコニーを抱いている。
『なんだ』
答えつつも、レグニスは奏甲の足を進める。
「なぜ、こんな森を通るのだ。森を迂回する街道を行ったほうが、もっと楽だと思うのだが……」
『直線的にはこちらのほうが近いからな……』
レグニスの返答を、嘘だとブラーマは判断した。
レグニスは時間よりもリスクのほうを重視する類いの男だ。慎重すぎる、という訳ではないが不必
要なリスクはある程度時間をかけても回避しようとする。
そんなレグニスが選んだのだから、このルートにも何かしら意味はあるのに違いはないが……
「そうか、とにかく気をつけてくれ。あまり揺らすとコニーが酔ってしまう」
『わかっている』
それがどんな意図であれ、言いたくないのを無理に聞き出すことに意味がないことを、ブラーマは
よく知っていた。


滝のように岩の上から流れ落ちる水。
それが小さな泉を作り出し、川となって下流へと流れ落ちていく。
そんな森の中の泉の側で、レグニスは奏甲を停めた。
「休憩か、レグ」
肩から下ろしてもらいつつ、ブラーマが尋ねる。
『少し待て』
短い言葉とともにコクピットが解放され、レグニスが姿を現す。
そのままレグニスは奏甲から飛び降りると、荷物の中から地図とコンパスをとりだし、さらにそれ
らと空とを交互に眺め始めた。
「……今日はここで野宿だな。今からでは次の町までに日が暮れる」
「まだそこそこ日は高いと思うが……」
「野宿するには水源のある場所のほうが何かと便利だからな。明日の朝ここを発てば、日暮れまで
に次の町に着ける」
「そうか……わかった」
頷くブラーマに頷き返すと、レグニスは地図をたたみコンパス共々荷物にしまう。
そしてそれらの荷物を停止したシャッテンの脇に置くと、自身は森の奥へと歩き始めた。
「どこへ行く、レグ?」
「……果物か何か、食料になりそうなものを探してくる」
そう言い残すと、レグニスはするすると木々の間をすり抜けるように消えていった。
その姿を見送りつつ、ブラーマは胸に抱いたコニーへと語りかける。
「保存食もまだあるというのに、あいつもまめなことだな……」
当然のことながら、返事はない。
だがそのかわりに、全く別の反応があった。
突如コニーを中心として広がる、生暖かい感触。コニーが大きく息を吐き出す。
「コ、コニー……お前……」


水源のある場所のほうが便利だ、というレグニスの言葉を、ブラーマは身をもって思い知っていた。
木と奏甲の間に張り巡らされたワイヤーに、洗濯済みのブラーマとコニーの服が揺れている。
(下着まで汚れなかったのは、不幸中の幸いと言うべきか)
体を洗うために泉につかりながら、ブラーマは漠然とそう思った。
「きゃ〜う、きゃ〜」
そんな彼女の考えなど知る由もなく、コニーがばしゃばしゃと水しぶきをあげる。
「こらコニー、暴れるな」
「あ〜う〜」
ブラーマに叱られ、コニーが不満そうな声をあげる。と、その小さな手がぺちぺちと、ブラーマの
あまり豊かとはいえない胸を叩いた。
「きゃ〜〜う〜〜」
「……でないぞ。一応言っておくがな」
「だぁ〜?」
「それ以前に、お前はもう離乳の時期ではないのか?」
コニーの正確な年齢は不明だが、この大きさの乳児ならとっくに離乳食に入っているはずだ。
「レグがとってきた果物でも、摩り下ろしてみるとするか……」
「俺がどうかしたか?」
ぽつりとつぶやいたブラーマの言葉に、背後から返事が返る。
反射的に振り向くブラーマ。そこには両手にいくつもの果物を抱えたレグニスの姿があった。

お互いをつつむわずかな沈黙。

「ふっ」
小さな響きとともに唐突にその空気が緩んだ。
(え……)
ブラーマが目を瞬かせる。今一瞬、レグニスが笑ったような気がしたのだ。
だがそのことを問うよりも早く、レグニスは地面の上に集めた果物を置くと、森へと踵を返す。
「待っていろ、今火を焚いてやる」
「あ、レグ……」
ブラーマが言葉を発するよりも先に、再びその姿は森の中へと消えていった。
(今、私を見て……笑った……?)
泉につかりながら、先ほどの瞬間を思い出してみた。
なんとなく、うれしいようなむず痒いような感覚が胸のうちに湧き上がってくる。
それからふと、気が付いた。
今自分が、裸だということに。


ぱちぱちとはぜる焚き火を前にして、二人は静かに座っていた。
すでに日は暮れており、空には無数の星と、二つの満月が輝いている。
「コニーはもう寝たか」
「ああ、昼間随分とはしゃいでいたからな。疲れが出たんだろう」
軽く微笑みながらブラーマは脇で寝ているコニーの毛布をかけなおす。
「お前の採ってきた果物もよく食べたし、次の町から本格的に離乳食に切り替えんとな」
「そうか……」
いつもよりさらに幾分か声を潜めた調子でつぶやくと、レグニスは木の棒で焚き火をかき回した。
火の粉が舞い散り、赤々と燃える火が周辺を照らす。
一通り焚き火をかき混ぜると、その棒を火の中に放り、レグニスは立ち上がった。
「どうした、レグ?」
「用足しだ」
簡単に答えると、レグニスは森の奥へと歩いていく。
だがその途中で一度足を止めると、わずかに振り返り、
「火から離れるな」
はっきりと言った。


森の奥、焚き火の明かりもすでに届かず、月明かりすら遮られてまばらとなる、深遠なる闇の世界。
レグニスはそんな闇の中、一人たたずんでいた。
「……いいかげんその殺気の放ち方はやめろ、うっとうしい」
「気付いてたか……まぁ、当たり前かな?」
レグニスの言葉に闇が応える。どこか馬鹿にしたような響きのある、いやな声だ。
「久しぶりだな、ハンプホーン。ちょっと会わない間に所帯持ちになってるとは、顔に似合わず手
の早いこって……」
「戯言は止せ、俺に監視をつけてた貴様が知らないはずがないだろう。ブレッグ」
相手の軽口にまったく動じることもなく、レグニスは切りつけるように言った。
「くくく……それに気付いて、監視を撒くためにこの森に入ったか」
「貴様自身が出てくるとは、少々予想外だったがな。それで、何の用だ」
「なに、ちょっとした意思確認だよ、お前のな」
闇の奥で気配がうごめく。
「騎士団にくるか、俺に殺されるか、どちらか決まったかい?」
「そうだな……あいつは俺が騎士団に入ることを望んでない。だから俺のとる選択は一つだけだ」
「ほう?」
「貴様を倒し、この下らん茶番をとっとと終わらせる」
「……いいだろう、かかってきな」
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、轟音が森の中に響き渡った。


「何だ、今の音……」
ブラーマは突如響いた音に驚いて顔を上げた。
「爆発……か? しかしなぜこんな森の中で」
つぶやいたその時、木々の間から飛び出すようにしてレグニスが姿を現した。
「レグ! 一体これは……」
「ブレッグだ、奴が来た」
ごく簡単に、それでもはっきりと事態のわかる一言を口にする。
ブラーマの顔つきが、さっと変わった。素早く眠るコニーを抱き上げる。
レグニスは傍らに停めてあるシャッテンへと走り寄ると、するすると機体を駆け上がり、そのまま
すべり込むようにコクピットに納まると、即座に奏甲を起動した。低い駆動音とともにゆっくりと
シャッテンが立ち上がる。
『よし……』
「……気をつけていけよ」
『何かあったら、すぐに俺を呼べ』
「わかっている。私とてこの前の二の舞はゴメンだ」
力強くうなずくブラーマを残し、レグニスのシャッテンは大きく跳躍すると泉の向こう側の森の中
へと消えた。


(どこから来る……)
森の闇の中、レグニスはじっと息を潜めて辺りの気配を探っていた。
ブラーマ達の安全のために距離をとったものの、その分ブレッグに待ち伏せの時間を与えてしまっ
たようだ。今、あいつは完全に気配を断っている。
(奴にはこちらが見えてるな……)
レグニスに今できるのは、ただ自分の気配を殺し、相手の気配を探ることだけだ。
森の中に満ちるのは、虫の声すらしない、すべてが死に絶えたかのような静寂。
そのなかで、かすかにかちゃりと音がした。
その瞬間、カンだけを頼りにレグニスは機体を飛び退かせた。
わずかに遅れて、いくつもの着弾がレグニスの背後にあった木を貫く。
『ひゃっはぁっ! よくかわしたな、ハンプホーン!』
森の闇を突き破るようにして現れたのは、改造メンシュハイト・ノイ『不知火』だ。
だが、以前の戦いの時と武装が違う。あの時はどこにでもあるようなマシンガンとブレードを装備
していたのだが、今は……
「ガトリングガンだとっ!」
『ご名答ぉ〜!!』
笑い声とともに不知火が左手に持つ大型のガトリングガンを掃射する。
レグニスは再び機体を飛び退かせ、弾丸を回避した。そのまま木々の間を後退していく。
『おっと、逃がしゃしないぜ』
不知火が全身のブースターを使い、すべるように追いすがってくる。
(ガトリングガンは取り回しに難がある。だが奴は、機体の機動性でそれを補っているのか……)
考えている間も無く、不知火がレグニスのシャッテンを射線へと捕らえた。
『さぁ、どうするハンプホーン!』
叫び、発砲。弾数を絞った、正確な射撃だ。
かろうじて身をかわしたレグニスの後ろで、また一本の木がずたずたに引き裂かれた。
(相性が悪いな、これは……)
間合いを取りつつレグニスは考える。
レグニスのシャッテンは接近戦向き、しかもそれをさらに接近戦仕様に改造してある。
一応遠距離戦用に火器は積んであるが、それもたかだかハンドガンだ。
とてもじゃないがガトリングガンと正面から撃ち合って勝てる見込みはない。
(なんとか接近戦に持ち込むしかないな)
チャンスをうかがいつつ、再び回避運動に専念し始める。
『くはははは……どうしたどうしたどうしたぁっ!』
笑いながら、不知火が木々の間をすり抜けるように迫る。
その瞬間、レグニスのシャッテンの左手がかすんだ。
不知火の足元に、炸薬付きのダガーが突き刺さる。

爆発

土煙が舞い上がり、轟音で聴覚も遮断される。
『そうか、こういう手か……』
舞い上がる粉塵の中、冷静にブレッグはガトリングガンを背中にマウントすると、代わりに右手で
別の装備を抜き放った。
その左側の粉塵を突き破り、飛び出してきたのはレグニスのシャッテン。両手にはすでに大型のコ
ンバットナイフを握っている。
「獲った……」
『どうかな?』
両者の得物がぶつかり合い、闇の中で甲高い音とともに火花を散らした。
レグニスの二本のナイフを受け止めていたのは、奏甲用の手持ち式チェーンソーだった。
「! その得物は……」
『くくく……』
ブレッグの低い笑いに呼応するかのように、チェーンソーが回転を始める。
無数の火花とともに、噛み合うナイフががちがちと揺れ始めた。


(知っている……?)
<ケーブル>を通して戦闘の状況をブラーマは感じていた。
だがそれ以上に、今の状態を彼女は知っていた。
昨日見た夢に、そっくりなのだ。
(馬鹿な、あれは夢、ただの夢だ……)
自分にそう言い聞かせつつも、湧き上がる不安を彼女は抑えることができない。


鍔迫り合いが続く。
だが、回転するチェーンソーの刃を前にして、レグニスはついにナイフをかみ合わせておくことが
できなくなった。
バギィンッ!
という甲高い音とともに、ナイフとそれを持つ両手がはじかれる。
『もらったぞ、ハンプホーン!』
『レグ!!!』
大きく体制を崩し、がら空きとなったシャッテンの胴目がけて、不知火のチェーンソーがうなりを
あげて襲いかかった。


続く

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