体制が崩れたレグニスのシャッテン。
その胴へと、ブレッグのチェーンソーが横薙ぎに迫る。
回避は、不可能に見えた。

だがレグニスははじかれた腕を無理矢理引き下ろすと、肘に仕込まれた刃を出し、チェーンソーの
軌道へと割り込ませた。際どいところでその切っ先を受け止める。
さらにレグニスは後方に倒れこむように体勢を崩した。同時に肘を押し上げ、チェーンソーを上へ
と受け流す。そして残る片手を地面につくと、それを支えに低い体勢から蹴りを放った。
『ぐおっ!』
腰部に蹴りを入れられ、不知火がよろめく。その隙に、レグニスは素早く距離をとって機体の体勢
を立て直した。


放浪編 〜森と想いと(後編)〜


『レグ! だ、大丈夫か……』
「平気だ。機体も俺もな」
『そ、そうか……よかった……』
安堵の息が<ケーブル>を通して伝わる。
だが、当のレグニスは安心などしていられない。ブレッグが相手なら、むしろここからが本番だ。
『ははっ、いいねえ……以前よりちょっとばかし強くなったんじゃないか、ハンプホーン?』
ゆっくりと、機体を向き直らせながらブレッグが笑う。機体にたいした損傷は見られない。高速で
機体をぶん回す分、装甲もそれなりに強化されているようだ。
『だが……お前はその強さを何につかう?』
言葉とともに不知火の背面ブースターが火を噴く。
猛烈な加速とともに突撃すると、不知火はチェーンソーを振り下ろした。
レグニスは頭頂部目がけて叩きつけられたそれを二本のナイフの背……ソードブレイカー部分で受
け止める。激突と同時に火花が走り、両者の機体を照らす。
そのまま両腕をひねり、チェーンソーをへし折ろうとしたところで、レグニスは気が付いた。
不知火の左手が、背中にマウントしていたガトリングガンを掴んでいることに。
瞬間的にレグニスは両手のナイフを放り投げ、横っ飛びに機体を飛びのかせる。
振り抜かれたガトリングガンは、ほんの少し前までレグニスの機体があったところに、その連続し
た銃弾を吐き出していた。

『まさかお前、この力で誰かを護れるとか考えてるんじゃないだろうな?』
余裕を見せるかのように、不知火が銃煙の立ち上るガトリングガンを肩の上に担ぎ上げた。
『おれ達のこの力は戦うための力。すべてを潰し、砕き、焼き尽くすために与えられた力だ。それ
でどうやって、他の人間を護るって言うんだ?』
「…………」
レグニスは答えない。寸前で回避したため、機体はダメージを受けていない。だが大型ナイフを失
ってしまった。レグニスは先ほど使用した肘の刃の腹をつかむ。そして肘からずるりと引きずり出
すと、ナイフとして柄を握った。
『勘違いするな、オレたちは<兵器>だ。できるのは、ただ殺すことのみ』
ブレッグの言葉を無視し、レグニスは格闘戦に持ち込む隙を探す。
だが、まるでそんなレグニスをあざ笑うかのごとく、不知火の全身にあるブースターが小さな火を
噴き始めた。

木々が、ざわめいた。

不知火が猛進し、その腕に持つチェーンソーが風を引き裂く。
瞬間、レグニスは迷うことなく機体を後退させた。
彼の操るシャッテンの首元を不知火の振るうチェーンソーが掠める。
武芸の達人が持つという、刹那の見切り。

反撃にレグニスが斬りつける。
水平に、無駄な動き一つなく振るわれる冷たい刃。
ブレッグは微妙な機体操作とともに前面ブースターをわずかに作動させた。
斬撃が、胸部装甲をわずかに削り取る。
超一流の操縦者だけが持つという、感覚的な操作。

一瞬の攻防の後に、両者がはじかれたように間合いを離す。
『いいぜぇ……強いなぁ……』
不知火が胸部装甲の切れ目をなぞる。あと少し深く切られていれば、コクピットを切り裂かれてい
たであろう。だが、その手つきにはそんな恐怖などみじんも感じられなかった。
『それだけ強けりゃ騎士団でもいい働きができるって言うのによ……来る気はないんだな?』
「ブラーマが、それを望んでないからな」
慎重に、摺り足で間合いを計りつつレグニスが答える。
『歌姫の望むようにしてやる、か……ぞっこんだねぇ』
いやな笑い声とともに不知火が地を蹴った。
左手のガトリングガンをレグニスへと向け、肩のブースターで横滑りしつつ迫る。
『だがもし、歌姫がお前を必要としなくなったら、どうすんだ?』
吐き出される無数の銃弾。横に飛び退き、木の後ろを潜り抜け、レグニスは弾丸を回避する。
「あいつがそれを望むなら、俺はあいつの元を去る。それだけだ」
『!!』
<ケーブル>越しに伝わる、ブラーマの動揺。

それが隙となった。

ほんの一瞬ではあるが、リンクに乱れが生じる。
それは回避行動をとっていたレグニスの機体に、わずかな動きの鈍りをもたらした。
通常の相手ならばさして問題なかっただろう。だが、ブレッグはその隙を見逃さなかった。
ガトリングガンが爆音とともに雨のごとく銃弾をばら撒く。
「ちっ……」
舌打ちと同時にレグニスは機体を無理矢理ひねった。急激な動きに奏甲が悲鳴を上げる。
その無理な機動のおかげか、銃弾のほとんどは機体をかすめ、背後の森を引き裂く。
レグニスだからこその芸当だ。並みの英雄だったら、一瞬で蜂の巣になっていただろう。
だが、さすがのレグニスといえども、ブレッグの放った銃弾すべてをかわしきることはできなかっ
た。避け切れなかった銃弾のうちのいくつかが、左の肩と腕に食い込む。
しかしレグニスもただではダメージを受けなかった。
反射的に投げつけた炸薬付きダガーが、不知火の持つガトリングガンへと突き刺さる。
『はっ!』
ブレッグの反応は恐ろしいほど早かった。
ガトリングガンを投げ捨て、ブースターで急速後退。
ワンテンポ遅れてダガーが爆発。ガトリングガンの弾薬に誘爆し、爆炎を吹き上げた。

「……戦闘中に気を取られるとは、どうした?」
つぶやくレグニス。爆炎に紛れて手近な大木の後ろに隠れていた。
『す、すまない。私としたことが……』
「済んだことだ、気にするな。だがこれ以降の油断は死に繋がるぞ」
『わ、わかっている』
<ケーブル>越しのブラーマの声はどこか硬い。機体のダメージが気になるのか、それとも同調し
てブラーマ自身もダメージを受けたのか……
先ほど銃弾を受けた左腕の反応が鈍い。
いずれにしろ、もう長引かせられはしない。
「次で終わりにするぞ」

「ひゃははは、やってくれるな、ハンプホーン」
凶悪な笑みを浮かべながら、ブレッグは機体の状況を確認する。
左腕が完全に吹き飛んでいた。頭部にもダメージがあったのか、視界にも異常がある。
「ん?」
その少々いかれた視界の端に、後退していく一機の奏甲が映る。
間違いなくハンプホーンの奏甲だ。森の奥へとジグザグ機動で下がっていく。
左腕と火器は失ったものの、右腕にはまだチェーンソーがある。自機はまだ充分に戦闘可能だ。
「くくく、逃がさないぜ」

追いすがる不知火を確認しつつ、レグニスは後退を続ける。
残り稼働時間や機体のダメージなどを考えると……
(チャンスは一度、か……)
もともと同じ手が何度も通用する相手ではないのだ。一度のチャンスで決めるしかない。
レグニスは機体を森のより深いところへと進めた。
不知火も続いて追いかけてくる。
深い木立に横手を遮られ、両者の機体が一直線に並んだ、その瞬間。
レグニスのシャッテンがほとんど動かない左腕を抱え上げるようにして不知火へと向けた。
その掌の付け根から、小さな音とともに一筋の光が打ち出される。
『ワイヤーガンだとっ!』
「アークワイヤー製のアンカーだ」
ブレッグは機体を急停止させる。だがその両横は深い木立。逃げ場はない。
細く光るワイヤーは宙を飛び、不知火の装甲へと絡みついた。
「……もらった」
レグニスがつぶやき、シャッテンの右腕の手首から刃が飛び出す。
『ひゃっはあ! まだだ!』
叫び声とともにブレッグは機体の前面ブースターを急激に噴射した。
不知火が急速に後退し、間合いを詰めようと前進していたレグニスは、急激なその運動にワイヤー
と機体を引きずられ、バランスを崩す。
だがそのとき。
「射出っ!」
軽い音が響き、続けてぐさりという鈍い音が辺りに鳴り響いた。
不知火の頭部、その中心にシャッテンの右腕から打ち出されたナイフが深々と突き刺さっていた。
『は、ははは、やるじゃないかぁっ!』
哄笑を上げつつ不知火がワイヤーを振りほどいた。
『強い、いや、強くなったな、ハンプホーン。もうこの不知火じゃ勝てないみたいだな』
不知火の胸部から小さな玉が打ち出される。その玉は空中で破裂すると、猛烈な光を周囲にばら撒
いた。
『だがうぬぼれるなよハンプホーン。火で焼けなければ焔で焼く。それだけの話だ』
猛烈な光の中、そう言い残すとブレッグの気配は薄れていった。


奏甲を停止させ、レグニスはコクピットから外へと出る。
「大丈夫か、レグ……」
「ああ……」
心配そうなブラーマに短く答え、レグニスは手近な木へと背を預ける。
ブラーマもその隣に静かに腰を下ろした。
揺れる焚き火の明かりが、二人の影を森に映し出す。
ややあってから、ブラーマが静かに口を開く。
「……さっきの言葉は……本当なのか?」
「さっきの言葉……?」
「あれだ、私がもし望むのなら、お前は……私の元を去るというやつだ」
「ああ、本気だ」
特に感情も何も見せずに、レグニスは言った。まるでそれが当然だと言わんばかりに。
「俺はお前の望むようにしてやるつもりだ。俺にできる限りな。だからお前が俺をいらないという
のならば、ただお前の元を去る。それだけだ」
「……それがレグ、お前の意思なのか……」
「そうだ」
つぶやくと、レグニスは目を閉じた。よく見れば、顔に疲労の色が濃く浮き出ている。
「……悪いが、少し眠らせてもらう。さすがに奴の相手は……疲れた……」
「レグ、その前にこれだけは答えてくれ」
「なんだ?」
「……ずっと、私の側にいてくれるか?」
「……お前がそれを望むならな。ブラーマ……」
答える声は小さく、やがて寝息へと変わっていった。

「すべては私が望むなら、か……」
赤々と燃える焚き火を前に、ブラーマはひとり小さく微笑んだ。
「私はお前をいらないなんて思ってないぞ、レグ……」
想いをのせた言葉とともに、眠る英雄に彼女はそっと寄り添った。
それを見ていたのは、梢の間からわずかにのぞく、星々と二つの月だけだった。


放浪編 終わり

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