「セーフモード、起動します。……出力上昇……20……30……40……」
男の静かな声とともに、幻糸炉の低くうなるような駆動音が建物の中に響き渡っていく。
男の前にあるのは、積み上げられた機械の山と、それから伸びる無数のケーブルに繋がれた、一機
の絶対奏甲の姿。
と、その音が突如として乱れ、男の顔に焦りの色が浮かんだ。
「50…… !! 幻糸炉に異常! 出力、緊急制御します」
男が目の前にあるいくつかの機械を操作する。不協和音が次第に小さくなり、やがてやんだ。
「ふう……危ないとこだった……」
「やはり、問題は炉の出力か……」
額の汗をぬぐう男の前で、奏甲のハッチが開き、のっそりと別の男が姿を現した。
「どうにかしろよ、残る問題はそれだけなんだからな」
「わかってますよ。ブレッグ部隊長」
 
 
再来編 〜焔立つ〜
 
 
「しかしなんで今更、新型の改造奏甲なんですか……部隊長には不知火型があるじゃないですか」
「わかってないな。不知火ではもはや勝負にならないんだよ」
機材やその他の点検をしながら何気なく言った男に、ドリンクを片手に椅子に座っていたブレッグ
がニヤついた笑みを投げかけた。
「勝負にならない……ですか?」
男がブレッグに不満そうな顔を向ける。
「そうだよ、ヨシムラくん。開発者であるキミならわかってると思うがね……」
「開発者であるからこそ聞き捨てなりませんね。不知火はメンシュハイト・ノイの改造系として、
一つの完成形であると自負してますから。」
「ならその不知火に、欠点があるのは気付いているな」
低く笑うような口調でブレッグが言う。ヨシムラは少しだけ言葉に詰まると、
「……ブースターに炉の出力を裂いてる分、本体のパワーが低めなことですか?」
「それもあるが……それだけじゃない。不知火は、もろいんだよ」
「装甲強度のことですか? メンシュハイトがベースであることを考えれば、それなりに強化され
てると思いますが……まあ元がそんなに硬くありませんが」
「そういった意味じゃない」
ブレッグはわかってないなとでも言いたげな表情で肩をすくめる。そのしぐさに、ヨシムラはむっ
としたように声を荒げた。
「ではいったい何がもろいと?」
「……不知火はいい機体だ。メンシュハイトのスペックをうまく生かしている」
「だったら何が……」
「だがあの機体は元の性能をフルに引き出してる分、出力に余裕がない。いざという時に他に回す
分のパワーがないんだよ。そのため、バランスが崩れると……もろい」
「そ、そんな……」
愕然とした面持ちでヨシムラがつぶやく。
元の世界にいたころから技術屋だった彼は、英雄として召喚されつつも工房に身を置いた。
そこで吸収した知識と現世から持ち込んだ技術を使い、彼自身の最高傑作として作り上げた機体、
それこそが不知火だったのだが……
「なに、欠点がわかってるなら次で克服すればいい。そのための新型だろう?」
そう言って、ブレッグは無数のコードにつながれた奏甲を叩いて見せた。
 
 
「しかし部隊長のアイデアにはホント、心底驚かされましたよ……いえ、驚くというよりは呆れた
といったほうがいいかもしれませんね」
「くくく……そう誉めるな」
「誉めてませんよ、僕は」
ぴしゃりと言い放ちつつ、ヨシムラはコードにつながれた新型の奏甲へと歩み寄ると、その赤みが
かった装甲を撫でる。
「まさか装甲板に、蟲の外殻を加工したものを使用するなんて……」
メンシュハイト・ノイはその性格上、機体にほとんど幻糸を使用できない。むろん装甲にも。
その装甲強度の低さをクリアするためにブレッグは、装甲の材質そのものを変えるという手に出た。
従来の幻糸装甲板は使えない。ならば、まったく別の材質を装甲として使用すればいい。
そう考えた結果、奇声蟲……それも新種や大型の貴族種などの外殻を利用することとなったのだ。
「蟲はもともと人間……しかも現世人だったんだろ? 奏甲との相性は決して悪くないはずだ」
「しかし周囲からは結構苦情がきてますよ……呪われそうだとか、蟲化が早まるとか……」
「ほっとけ。どうせ死んだ蟲になんざ、これぐらいの利用価値しかない」
投げやりな口調とともに、ブレッグは軽く手をふってみせる。
「しかもブースターの総数は不知火の約2倍……もはや狂気ですよ、こんな機体……」
「狂気か……いいねぇ……」
「でも結局、炉の出力が足りなくて現状では予定の性能を発揮できないんですけどね」
「それをなんとかするのがお前ら技術屋だろうに」
にこりともせずに言い放たれたブレッグの言葉に、ヨシムラは苦笑いを浮かべた。
「まぁ……そうなんですけどね。でもやっかいですよ、この改造メンシュハイト『焔型』は」
そう言って、ヨシムラはその奏甲……焔型を見上げた。
蟲の外殻を使った、黒と赤の入り混じった装甲……その左肩には大きく『焔』の文字。
「やっかいは承知の上。それを越えられんようでは、この先どうにもならんよ。……さてヨシムラ
君。コードを外してくれ、出撃だ」
言うが早いか、ブレッグは自らの手で奏甲に取り付けられた数々の調整用コードを取り外していく。
「出撃……って、焔型でですか!? まだ未完成ですよ!」
「別にいいだろ。秘密にするようなものでもあるまいし」
叫び声を上げるヨシムラなどどこと吹く風、といった様子でブレッグは作業を続ける。
「ですが焔型は出力値が安定してません。セーフモードですら60を超えると……」
「だが現状でも不知火なみの力はあるんだろう、なら大丈夫だ」
そういいつつ、最後のコードを外し終えると、ブレッグはするすると奏甲によじ登り、そのコクピ
ットハッチへと姿を消した。
やがて小さな駆動音が工房の中に響き始め、それについでゆっくりと焔型が動き始めた。
『そう心配するな。たかが自由民の補給線潰しだ』
 
 
森沿いの道を進んでいく馬車。それを囲むように護衛するのは、三機のキューレヘルトと、一機の
ローザリッタァ。
進路から見て、この先にある自由民のキャンプに補給品を運ぶ部隊だろう。襲撃を予想してか充分
に警戒をしているようだ。
「情報通り……か」
森の奥に奏甲ごと身を隠しつつ、ブレッグは小さく笑った。数では向こうが上だが、問題は実力だ。
動きを見ていれば大体の実力はわかる。
三機のキューレヘルトはどれもたいしたことはない。だがあのローザは少々できそうだ。
もっとも、少々の腕ではこの自分を止めることなど、不可能なのだが。
「じゃ、いくか。くくく……」
不気味な笑みとともに、ガトリングガンを握りなおした。
 
英雄など、現世人など必要ない。
彼女……エルミアは評議会に認められた正規の歌姫であり、そして英雄の排斥を望む、自由民の一
員でもあった。
奇声蟲などこの世界の害悪でしかなく、英雄もまたその蟲を生み出す存在でしかないからだ。
そしてこの、自分用にカスタマイズされたローザリッタァの存在こそが、彼女にそれを確信させて
いた。英雄など、この世界に必要ないと。
『隊長〜、つまんないですよ〜〜』
後方のキューレヘルトから部下のだれきったような声が響く。
「我慢しなさい。補給だって立派な任務……」
そう言いつつ振り返った彼女の視界に、放物線を描いて飛来する、黒い物質が映った。
それは後方を歩くキューレヘルトの肩へとぶつかり……
 
爆発
 
『きゃあぁーー!!』
「シエル!」
機体を吹き飛ばされ、悲鳴とともにキューレヘルトが倒れる。それと同時に、
『ひゃっはぁーーっ!』
奇妙な掛け声を上げながら森の中から一機の奏甲が飛び出してきた。
「敵襲、全機散開!」
ためらう間も無く、彼女は一瞬にして指示を下す。それに従い、残るキューレヘルトたちが一斉に
間合いを取った。だが、
『遅い、遅い、遅すぎだぁ〜〜!』
その襲撃者はすでにキューレヘルトのうちの一機の背後に回りこんでいた。
慌てて振り返ろうとするが、それよりも早く敵機の刃がうなりを上げる。
背中を切り裂かれ、そのキューレヘルトは音を立てて崩れ落ちた。
『弱い、弱いなぁ〜〜。面白いくらい弱いぞ』
『くっ……、このぉっ!』
「よしなさい、ミディ!」
不快な笑い声を上げる奏甲に、仲間をやられた怒りからかエルミアの制止を無視して残る一機のキ
ューレヘルトが立ち向かう。
『落ちろぉぉっーー!』
『ひゃはははは、そんなもんかよ』
必死に銃撃するものの、襲撃者の奏甲は不可思議な機動を描きつつ易々と回避していく。
そして銃撃の合間を縫って、襲撃者の持つガトリングガンが火を噴いた。連続して吐き出された銃
弾はキューレヘルトの頭部に次々と突き刺さり、轟音とともに爆砕した。
『ああっ……』
『さて、残すところはあんただけだねえ……』
倒れるキューレヘルトに見向きもせず、襲撃者の奏甲がエルミアへと向き直る。
『あんたは……楽しめそうかな?』
「わたしは負けない……現世人なんかに!」
叫ぶと同時に彼女は機体を走らせる。そしてその手に持つフレイルで撃ちかかった。
先ほどからの戦闘と同じく、襲撃者はすべるような横移動でそれを回避する。
(かかった!)
だがそれこそが彼女の狙いだった。あの動きで急な方向転換は無理なはず。
片手で素早く銃を引き抜くと、すべるような動きとともに狙いを定め……
「!!!」
その先に、目標の姿はなかった。
『手としては悪かないが、実力不足だ』
声がしたのは、全く見当違いの死角から。反射的にソードを抜き放ち、そちらに向けて叩き込むも、
斬撃は空気を切り裂いたに過ぎなかった。
『弱いものイジメも、嫌いじゃないんだよな』
声に続いて響く衝撃。切り落とされたローザの左腕が宙を舞うのが、彼女の目に映った。
さらに連続するチェーンソーが、ローザの駆動系をずたずたに引き裂く。
「そんな……」
認められなかった。この自分用にカスタムされたローザを使って、こんな現世人に負けるなど。
だがそんな彼女の心とは裏腹に、ゆっくりと倒れるローザ。
『ひゃはははっはっはっはーー!!』
不気味な笑い声だけが、ただ戦場を満たしていた。
 
「残念。あんたも弱かったな……」
わずかな落胆を声に乗せつつ、ブレッグはガトリングガンの銃口を倒れたローザの胸に突きつけた。
『……悔しいけど、そのようね』
「わかってるみたいだな。なら、おとなしく死ね」
『待って。わたしはどうなってもいいから、部下だけは……見逃して』
ブレッグはわずかに視界をめぐらせた。確かに先の戦闘で撃破したキューレヘルトたちには、皆直
撃を与えてない。搭乗者はまだ生きているだろう。
『現世人などに頭を下げるのはしゃくだけど……お願い』
「へっ、オレがそんな戯言を聞き入れるとでも……」
そこまで言ったところで、不意にブレッグは言葉を切った。
「……いいだろう」
わずかな沈黙ののち、そう答えるとブレッグはガトリングガンのトリガーを引き絞った。
打ち出された銃弾が、ローザの残る右腕を砕く。
「これからオレはお前を捕虜として連れ帰る。お前さんが途中で舌噛み切ったりして自殺しないと
約束できるんなら、そこらに転がってる奴らは見逃してやってもいい」
『……わかったわ』
ローザが首肯する。ブレッグはその首根をつかむと、ずるずると機体を引きずり始める。
『た、隊長ぉ……』
『ごめんなさい、みんな……駄目な隊長で。でもせめてみんなは生き延びて……』
「くははは……おっと、その馬車の物資はサービスだ。せいぜい強くなれ……自由民の諸君」
背後から投げかけられる悲痛な叫びなどものともせず、ブレッグはローザを引きずっていく。
いちいち気にはしてられない。こんなことぐらい、どこでも起こってることだ。
この戦乱続く、アーカイアの地にて……
 
 
「で、なんでこの女を連れてきたんです?」
ブレッグの連れてきた『捕虜』を目の前に、ヨシムラは首をかしげた。
確かにこれは戦争なのだから、捕虜ぐらい捕らえることもあるだろう。おまけにその女は、目の覚
めるような美人だったし。
わからないのは、それを行ったのがブレッグだということだ。
ブレッグの破壊願望の強さは騎士団の中でも広く知られている。現に、今までの作戦で敵対した奏
甲はすべて完膚なきまでに破壊してきた。
例外はあのハンプホーンぐらいのものである。
それがなぜ、今回に限って捕虜など……
「技術班のほうに連絡をいれろ。宿縁反応抑制措置の準備だ」
「! まさかこの女を使うのですか!」
「焔型の最後の問題は、出力不足……なら歌姫を使えば炉の出力が上がるだろう」
「わ、わかりました……」
ヨシムラはうなずき、走り去っていった。
 
「まだ、未完成だったのね……」
不意に、捕虜の女……エルミアが口を開いた。ブレッグはふとその顔を見る。
おびえなどの色はない。少なくとも、表面上は。
これから自分に施されることも、知っているであろうに。
その気丈さが、なんとなくハンプホーンの連れた歌姫を思い出させた。
「……まあな。だがお前さんの『協力』を得ればこいつは完成する」
「そうまでして強くなって……あなたは何がしたいの」
「……オレには戦いたい奴がいる。力も、狂気も、すべてを解放して戦いたい相手がな」
いつになく饒舌なブレッグ。その姿にエルミアは少しだけ悲しげな視線を向け、
「あなたは勝ちたいのね、その人に……」
「聞こえなかったか? オレは『戦いたい』と言ったんだ」
ブレッグが振り返る。その目には、どこか狂気を含んだ光。
「勝つ、負ける。護る、護れない。奪う、奪われる。生きる、死ぬ。これらはすべて戦いの結果生
まれる副産物でしかないんだよ。そんなもの、オレの『戦い』には関係ない」
「…………」
「オレは戦いに意味なんか求めない。戦うこと、それ自体が戦う理由だ」
 
「準備できました」
「よし、その女を連れて行け」
ブレッグの指示に従い、ヨシムラがエルミアの腕を取る。
「……まるで鬼ね」
連行されつつ、ふと思いついたようにエルミアがつぶやいた。
「鬼、か……」
「ええ……ひたすらに戦いを求める……鬼人のよう」
そのまま、彼女はヨシムラに連れられて部屋を後にした。
あとに残るのはブレッグと、焔の名を持つ絶対奏甲。
「いいじゃないか……なってやろうとも……」
 
 
「部隊長、宿縁反応抑制措置の作業、終了しました」
「おう、ご苦労さん」
「いえ……って、どうしたんです、その格好……」
思わずヨシムラは絶句した。いつの間に着替えたのか、ブレッグは奏甲整備用の作業着を纏ってい
た。しかも所々に黒ずんだペンキのようなものが付着している。
「ちょいと機体の改修作業をな」
そう言って、ブレッグは背後に立つ自分用の奏甲……焔型を指差した。
左肩の『焔』の文字とは別に、右肩にも新たに文字が書かれていた。
渇いた血の色のような黒ずんだ赤で、『鬼』と書き殴ってある。
「改修……あのマーキングのことですか?」
「まあな。それとだ、コイツの正式な呼び方、今決めたぜ」
わずかに振り返るブレッグ。黒と赤、二つの色に彩られた奏甲が、狂気を秘めた彼の目に映る。
「『鬼焔』、それがコイツの名だ」
 
 
再来編 終わり
 
 
以上です
最近特に忙しいみたいですが、体に気をつけてがんばってください。一日二日更新を休んでも、誰も何も言いませんよ

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