「まったく……やってくれたもんだね」

そういうと、その女性は持っていた報告書の束を机の上に投げ捨て、応接室のソファーにもたれかかった。
くすんだ黄金色の髪を適当にくくり、所々が機械油にまみれた作業ツナギに身を包んだ、二十代後半の女性。
彼女こそが、この工房『うぐいす庵』の主、ハン・メリエン親方その人だ。
だが今その顔に浮かんでいるのは、困惑と落胆を適度に混ぜ合わせたようなものだった。
その対面には、レグニスとブラーマが同様に応接室のわりと立派なソファーに腰掛けている。

「……そんなにひどい状況だったのですか?」

おそるおそるといった感じで、ブラーマが尋ねる。
するとハン親方は頭痛を堪えるかのように額に手を当てつつ、机の上の報告書を指差した。

「……胸部の損害はフレームまで響いてるし、攻撃を受け止めたせいで肩の装甲も砕けてる。
 おまけに各部の骨格は限界ギリギリの負荷をうけてボロボロだ。やってくれた以外に言う事ないさ」
「うう……」

返す言葉もない、と言った感じでブラーマは押し黙る。
レグニス用に調整されたはずの機体をこんなにしてしまったのだから、実際反論は出来ないのであるが。
だがこんな時でも、レグニスは相変わらずの落ち着いた調子で静かに尋ねた。

「修理にはどれぐらいかかる?」
「さぁて、ね。取っ替える部分も多いし、場所によっては部品そのものを作り直さなきゃならんところもあるしね。
 それに、今ちょいとこっちは立て込んでてさ」
「なにかあったのですか?」
「まあ……ちょっとばかしね」

ブラーマの問いかけに、ハン親方は苦笑いと共に言葉を濁らせた。



新生編 第1幕〜うぐいす庵〜



うぐいす庵はエタファ郊外にいくつかある、中型規模の独立工房の1つである。
本来は都市部にある赤銅直属の工房の分工房だったのだが、例の白銀宣言のおりに他の工房と共に独立化したのだった。
もっとも、独立化したとはいえ今だ本工房や分工房間で連携をとっているのではあるが。

ともかく、うぐいす庵はそんなエタファの工房たちの中でも、とりわけ変わった工房だった。
取り扱ってる機体も武器も、特徴的なものが数多くそろっている。
ブラーマ達は以前にシャッテンファルベをレグニス用に改造してもらってからの縁であるが、
正直ここに客が入ってるのをあまり見かけた覚えがない。

「それにしても……あたしの作った『鳴鈴』をここまでやってくれるとは……その鬼焔って機体、興味あるね」
「なりすず?」

聞き覚えのない名前にブラーマがわずかに眉をひそめた。

「あんた達の使ってるシャッテンの名前だよ」
「……初耳ですが?」
「俺もだ」
「ま、後付の名前だからね」

悪びれた様子もなく、ハン親方はさらりと言ってのけた。
その様子に、ブラーマの脳裏になんともなしに疑問が生じる。

「なぜ、そんな必要が?」
「それはだね……」

口を開きかけたその時、応接室の扉が叩かれた。
ハン親方は説明を中断するとソファーから立ち上がり、扉を開く。
そこには受付係の女性が立っていた。

「すいません親方、ちょっといいですか?」
「どうしたんだい? こちとら来客中なんだがね」
「それが……」

女性が困ったように口ごもったその時、玄関ホールから響いた声が廊下を震わせた。

「ちょっとどういう事! 奏甲の整備が出来ないなんて!!」

「……なるほどね」

ハン親方はやれやれと頭を掻くと、室内の二人に待つように手で合図し、玄関ホールへと向かっていった。
ホールにいたのは、三人組の女の旅人のようだった。面白い事に三人の身長が階段状になっている。
その後ろには、彼女達のものと思われるローザリッタァが静かに鎮座していた。

「……ですから、当工房は現在立て込んでおりまして」
「ここもそれ!? どこ行ってもそうじゃない。この町は集団ストでもしてるっていうの!?」

受付に猛然と食って掛かっているのは三人組のなかでも中ぐらいの背の少女だった。
服装といい言動といい、どこかしら派手な感じがする。
肩をすくめつつ、ハン親方はごたごたの中へと歩み寄っていった。

「悪いね、こちらにも都合ってモノがあってね」
「あ、親方……」
「アンタがここの責任者? ちょっと職務怠慢じゃない、この工房」
「あの、本当にダメなんでしょうか?」

派手娘を遮るようにして、長身の少女が前に進み出た。
長い黒髪に腰に下げた刀、たたずまいもどこか他の二人と異なっている。

「でしたら、作業場だけでもお貸し願えませんでしょうか? こちらには専属の整備士がおりますし……」
「うん、場所と機材さえあれば僕がなんとかしてみせるよ」

三人組組みのうち、一番背の低い少女がうなずく。服装などから察するに、このちびっ子は同業者のようだ。
職人同士のつながりは大事にすべし、が持論なハンにとって普段なら別に断る事もないのだが、
今は事情が事情である。ここはお引取り願う他あるまい。

「えーっとだね、今ここはちょっと……」
「桜花殿!」

やんわりと断ろうとしたその時、後ろから声が響いた。
振り返ると、そこには応接室に待たせていたはずのレグニスとブラーマの姿があった。

「ベルティ殿もシュレット殿も! 久方ぶりであらせられるな」
「あ、ブラーマ。それにレグニス様じゃない。何やってんのこんな所で?」
「……工房にいるって事は奏甲関連の事でしょ。そんなこともわかんないの、ベルティ……」
「む……、わ、わかってるわよ。ちょっとした言葉のアヤよ、アヤ」
「ふ、二人とも……とにかくお久しぶりです、レグニスさん、ブラーマさん」

二人をなだめつつ、背の高い少女……桜花が苦笑とともに会釈した。

「相変わらずのようであられるな、御三方は」
「ええ、まあ。元気だけがとりえみたいなものですから」

「……なあ」

遠巻きに会話を眺めていたレグニスに、唐突にハン親方が声をかけてきた。

「あの三人は知り合いなのか?」
「まあな。以前に何度か手合わせもしたし、共に戦った事もある」
「……強いのかい、あの娘らは」
「強いぞ。そこいらの英雄ならばまず相手にならないぐらいな」
「ふうん……よし、決めた!」

何を考えついたのか、ハン親方は突然叫ぶと、近く似た作業員を呼びつけた。

「あのローザを整備場に運び込みな。作業はろ組にやらせること。それと応接室にあと三人分の茶を用意してくれ」
「あ……はい」

指令を受け、走り去っていく作業員を見送ると、ハン親方は突然のことに驚きを隠せない桜花一行や、
一体何事かとこちらを見ているレグニスとブラーマにむけて朗らかに笑いかけた。

「話がある。ちょっといいかい?」


		※	※	※


「さて、どこから話したもんかね……」

再び応接室のソファーに身を沈めつつ、ハン親方はゆっくりと息を吐き出した。
その対面にあたる所にはブラーマと桜花、シュレットが並んで腰掛けており、傍らの別座席にはベルティが陣取っている。
そして入り口付近にはまるで用心のためにといわんばかりにレグニスが壁にもたれかかっていた。

「……あんた達、ここに来る前にいくつぐらい工房を回った?」
「確か四、五箇所程回りましたが」
「全部断られたのよね。『今取り込んでるー!』って」

桜花の言葉に、テーブルの上に置かれた茶菓子を遠慮なくぱくつきながらベルティが続ける。
はしたないですよ、と小声でつつかれるものの、まるで気にすることなく次から次へと菓子に手を伸ばしていく。

「んへ、ほれはろうかひはっへの?」
「せめて口の中のものを飲み込んでからしゃべってください……」
「まあ、言いたいことはわかるね。それがどうしたっていうんだろ? それを今から説明してやろうって言うんじゃないか」

そう言うと、親方自身もテーブルの上のカップを手に取り、唇を湿らせた。

「実はね。4、5日前の話だが襲撃を受けたんだよ。ウチを含めた、この辺り一帯に存在する工房全てがね」
「襲撃を!?」
「ああ。目撃情報などから察するに、どこぞの軍隊の敗残兵の集まりみたいだったそうだ。
 大方、正規軍じゃない現世騎士団か自由民だろうけどさ」
「そうですか……それでどの工房も……」

桜花が納得したように頷く。と、そこまで黙って話を聞いていたレグニスが静かに言葉を挟んだ。

「そのわりには、工場などにそれといった被害はないようだが?」
「確かにね。他の工房も作業所そのものにダメージを受けてるわけじゃない。奴らの目的は……武器のほうだったからさ」
「武器だと?」
「ああ。工房は奏甲の開発、改造研究だけじゃなく、奏甲が使用してる武器を開発してるって事は知ってるだろう?
 あいつらはそれを狙って襲ってきたんだ……」

口調自体は落ち着いているものの、その言葉の端々に怒りの色がある事をその場にいた皆はひしひしと感じていた。

「ほとんどの工房から武器が奪われた。もちろん、ウチもね。だがそれらの武器は大抵が試作段階の未完成品さ。
 使い方一つで味方や自分すら巻き込みかねない危険なシロモノばっかりだ」

そこまで言うと、親方は一度ゆっくりと息を吐き出した。
そして次に口を開いた時には、すでに口調は普段のものとなっていた。

「さて、事情はそういったところなんだが……ここであんたらに一つ仕事を依頼したいと思うんだ」
「奪われた武器の奪還……ですか?」
「話が早いね、桜のお嬢ちゃん。その通りさ、すでに他の工房も英雄を雇って動き出している」
「……どうします、二人とも」

桜花は左右に座る仲間へと尋ねる。と、相変わらず遠慮なく茶をすすりつつベルティが答えた。

「別にいいんじゃない? それぐらいの仕事、桜花なら楽勝でしょ?」
「僕もいいよ。工房の作った試作武器、ちょっと興味あるしね」
「……わかりました。ハンさん」
「親方と呼びな」
「はい。ハン親方、このお仕事、お受けいたします」

うなずく桜花。ハン親方はその瞳の奥にある力強い意思を読み取ったのか、満足そうに笑った。
その様子を横に、ブラーマはひそひそとレグニスに語りかけた。

「レグ、我々はどうする……?」
「どうもこうもない。俺たちにこの仕事を請けることは出来ん」
「な、なぜだ?」
「使える奏甲がない」
「あっ…………」

その言葉にブラーマははたと思い出した。
今、自分達の奏甲は中破していたのだった。もともとこの工房に来た理由も、奏甲の修理のためだ。
しかもハン親方の話では、修理にはかなりの時間がかかるらしい。

「お前は力を貸してやりたいようだが、奏甲がつかえない現状ではどうにもならん」
「うう……だが、しかし……」
「ああ、その点なら心配ないよ」

苦い顔つきのまま唸るブラーマに、ハン親方が笑いかけた。
そしてそのまま立ち上がると応接室の戸を開け、ついてこい、と手招きする。
何事か、と思いつつもブラーマとレグニス、それに桜花一行までが後について歩き出した。
応接室から出て階段を降り、幅の広い廊下を通って奥へと進んでいく。

しばらく行ったところでハン親方が立ち止まる。そこには重厚なつくりの分厚い扉が取り付けてあった。
工場と本社を繋ぐ扉だ。万一の時の用心のための、防爆使用になっている。
親方は一行に待ってるよう言うと、壁際にあったハンドルを掴み、力いっぱい回し始めた。
重たい音を響かせつつ、ゆっくりと扉がスライドしていく。
たちまちあふれ出した喧騒が、工房内の作業音を伴って一気にあふれ出した。

工場の中には何機もの奏甲が存在していた。
あるものは作業台に、またあるものは整列用ハンガーにと、それぞれの場所に静かに座している。
その中でも作業台に横たえられたローザの回りにはひときわ人が集まり、忙しそうに作業をしていた。

「あ、あれ私達の奏甲ね」
「そうだね。……っと、こうしちゃいられない、僕も手伝わないと。なんたって僕たちの機体なんだし」
「わたしもお手伝いしますね」

口々に言いつつ、三人は整備中のローザへと向かっていく。
その姿を横目にしつつ、レグニスはハン親方へと顔を向けた。

「それで、ここに連れてきてどうする気だ?」
「さっき、あんたらの奏甲に後から名前をつけたことは言ったよね」
「はい、聞きましたが……」

ブラーマがうなずく。するとハン親方は小さく笑うと工場の一角……奥のほうを指差した。
その方向へと何気なく目をやり、ブラーマは驚きに目を見張った。

「なるほど、そういうことか……」

隣のレグニスの言葉も、どこか楽しげだ。

工場の奥には二機の奏甲がまったく同じ姿勢で座していた。
一機は所々の装甲が砕け、激戦を潜り抜けた様子を痛々しいまでに見せ付ける半壊の機体。
レグニスが使用してきたシャッテンファルベだ。
そしてもう一機は、一部装甲の形状や色合いなどが違うものの、その独特の手足の膨らみ具合から見間違う事もない。
これもまたレグニスの乗っているシャッテンファルベであった。

「同型機……」
「正確に言えば改良機だけどね。あんた達にあの機体を渡した後、色々と細かい改良点を思いついてね、
 ついでだからこうして一機作ってみたって次第さ」

からからと笑うハン親方を前に、ブラーマは軽く額を押さえた。
後付の名前にも合点がいった。確かにコンセプトを引き継いだ後続機を作る場合、前の機体にも名前は必要である。

「名は響鈴。基本的にあんたらに渡したヤツとかわりはないけど、一部装甲の材質変更や駆動部分の改良がしてある。
 じゃじゃ馬で扱いづらいのは相変わらずだけどね」
「これを……私達に?」
「まあね。正直な話作ったはいいが乗り手がいなくてね、データ取りも充分じゃなかったんだ。渡りに船ってトコかな。
 整備は完璧、あとはあんた達に合わせて調律するぐらいだけど……どうする?」
「う……む……」

ハン親方の問いかけに少々戸惑いつつ、ブラーマはちらりとレグニスのほうを見た。
レグニスは何も言わなかった。ただ、小さく彼女に向けてうなずいて見せた。
だがブラーマにはそれだけで充分だった。彼女自身も笑みと共にうなずき返すと、ハン親方へと振り返り、

「わかりました。この奏甲、使わして頂きます」
「そうこなっくっちゃね。よし、い組集合! 作業を始めるよ!」
『はいっ!!』

ハン親方の号令にあわせるように、たくさんの声が工場内に響き渡った。


続く

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