『……ええ、はい……そうですか。ありがとうございます』

ぺこりと一礼を終えた後、数機の奏甲と話していた桜花の機体がゆっくりと戻ってくる。

「それで、どうだった?」
『見かけてない、そうです』
「そうか。どうやらもう少し奥まで行く必要がありそうだな」

そう言うと、レグニスの機体が周囲に視界をめぐらせる。木々の生い茂った森の中で。



新生編 第2幕〜弓と鎧と〜



エタファからやや東に行ったところにある小さな森。たいした面積もなく蟲の出現頻度も低い、わりと安全な場所である。
普段なら入る事もなく脇を素通りすればいいような森。だが今、レグニスたちはこの森に用があった。
正確には、この森に潜むものたちに。

「一応、この森に襲撃犯が逃げ込んだという情報は正しかったわけだな」
『はい。先ほどの方々も同業の方でしたし……』

先ほどのグループから聞いた話を元に、出発前にハン親方から渡された要奪還リストにチェックを入れつつ、
ポツリと呟くレグニスに桜花が同意する。

「いくつかの武器は奪還の手間を省けたようだな」
『はい……しかし私達がとくに取り戻すよう頼まれたものはまだ見つかってないようですね』

今回の事件に対し、エタファの工房群は連携を持って自体の解決に望んでいた。
奪われた武器類全てを一つのリストに纏め上げ、奪還依頼の際にはそれをトラベラーに渡すようにしたのだ。
つまり、頼んだもの以外にもリストにあるものを出来る限り持ち帰ってくれるよう依頼したのだ。
これにより、依頼を受けた工房以外のところの武器の回収率も上がり、効率よく奪還作業が行われると言う訳である。

現に先ほど会ったグループもまた、他の工房から武器の奪還を依頼されたトラベラー達だった。
彼らはすでに目的の物を奪い返し、帰還するところだったのだ。

『……チェック終わりました。そちらのほうは?』
「俺も終了だ。では行くとしよう」

短く言葉を交わすと、森の奥を目指して再び奏甲が動き出す。

「しかし……平気か?」
『なんのことですか?』
「出発前、ハン親方に妙なものを押し付けられただろう。使えるのか」
『大丈夫ですよ。このたぐいの武器も幼少のころから手ほどきは受けてますから』

笑いながら桜花の機体が少しだけ胸を張った。
その腰には二振りの刀があるのはいつも通りだが、今は背にも一丁の弓と矢筒を背負っていた。


	※	※	※


「待ちな、桜のお嬢ちゃん」

整備していたローザの最終調律を行うからと呼ばれ、機体の元に行こうとしていた桜花をハン親方が唐突に呼び止めた。

「なんですか、親方さん」
「あんた……弓が使えるそうだね?」
「ええ、多少はですが」
「なら話は早い。どうだい、こいつを使ってみないかい?」

そう言って、ハン親方は工房の壁を指差した。そこには奏甲用の一丁の弓と矢筒がまとめて立てかけてあった。
見るからに不思議な弓だ。作りや大きさ自体は普通のものとあまり変わらないが、文様のようなものが全体に刻み込まれている。

「これは……?」
「歌術弓『籠の鳥』、当工房自信の最新作だよ。文様は歌術式、弦は幻糸製の一級品。
 しかも矢は専用のものを使用することでさらに威力が増すって代物さ」
「これをなぜ私に?」
「あーー……言いにくいんだがね、実は奪われた武器の中にはコイツの同型……姉妹弓があるんだよ。
 こいつら特殊だし、対処するのにちょいと手間がかかるんだ。それに、一緒にとられた矢もやっかいでね」
「取り戻すには、同等の力が必要……ということですか」
「まあね。それで、どうする? 強制はしないけど、あると便利だと思ってさ」

桜花はじっとその弓を見つめる。と、その顔に小さく笑みを浮かべた。

「わかりました。この弓、お借りします」
「そうかい、じゃあ調律が済んだらここに来てくれ。矢の説明をするからさ」
「はい、では後ほど」


	※	※	※


「……まあいい、使える武器なら別に問題はないだろう」
『そういうことです……このあたりでしょうか?』

桜花の機体が足を止める。レグニスも立ち止まると、地面や周囲の茂みを注意深く観察し始めた。
その眼はすぐに隠しようのない『跡』を見つけ出す。

「このあたりだな。つい最近奏甲が通った痕跡がある」
『ではここから別行動ですね』
「ああ。だがその前に最終確認だ。俺たちが確実に取り戻すように頼まれたのは、二つ」
『この弓と同型の弓、そして……《鎧》』
「わかっているな。では行く」
『はい、御武運を』

互いに別れの挨拶を済ますと、二機の奏甲はそれぞれ違った方向の茂みへと踏み込んでいった。



《大丈夫なのか……レグ?》

ケーブルを通じて、やや不安げな声が茂みを進むレグニスへと伝えられる。

「問題はない。こいつは俺が今まで乗ってきた奏甲とほとんど同じだ。
 むしろ少しばかり反応がよく、逆に動かしやすいぐらいだ」
《ならばいいのだが……無理はするなよ》
「わかっている。それよりもコニーはどうした」
《え……ああ、工房の方が面倒を見てくれている。先ほど見たときはぐっすりと眠っていたぞ》
「そうか。ならいい」

そっけなく言うとレグニスは会話を打ち切る。だがブラーマの方は驚きを隠せないでいた。
コニーの事を尋ねるレグニス、その声に滅多に見せない気遣いの色があったからだ。
一体どういうつもりなのか、ブラーマが聞き返そうとしたその時、レグニスは急に機体の動きを止めた。

《……レグ?》
「………………」

ブラーマの呼びかけにも答えず、レグニスはじっと前方の茂みを見つめ続ける。
すると突然、その茂みを突き破って何かが一直線に飛び出してきた。
レグニスはあわてるそぶりすら見せず、わずかに機体の姿勢を傾けた。
たったそれだけで、まっすぐ飛んできたそれは機体の横を通り過ぎ、後ろの木へと鈍い音を立ててめり込んだ。

それは巨大な鉄球だった。棘も飾りもない、つやつやした表面を持つ鉄の大玉。
ただ一箇所、振り回すための鎖を繋ぐ部分があるだけだ。

《こ、これは……》
「頼まれた物ではないが、リストの中にあった武器だな。ということは……」

レグニスは注意深く機体を鉄球の鎖の繋がる先……飛んできた茂みへと向けた。
ごそり、と茂みがうごめき、一機の奏甲が鉄球の鎖を握り締めながら姿を現す。
その姿に、レグニスはわずかに目を細めた。

それはどうにも異様な奏甲だった。
剣士系には違いないのだが、どうにも不恰好だ。鎧のようなモノを身に纏っているものの、きちんと装着し切れていない。
奏甲は慎重に茂みから踏み出してくると、鎖を手繰り寄せて鉄球を回収する。
だがレグニスはむしろ奏甲そのものよりも、その鎧……増加装甲に注意を払っていた。

《レグ、あの『鎧』……もしや》
「ああ。間違いないな。回収目的の品だ……ならばすべきことは一つだな」

言うが速いか、レグニスは一気に機体を走らせた。
瞬時に加速した機体は一陣の風となって、すれ違いざまに抜き放ったナイフで敵機の横腹を凪いだ。
斬りつけられた衝撃にその奏甲が揺らぐ。が、それだけだった。その鎧の表面にはわずかな傷しかついていない。

「さすがは新開発のゼーレン用追加装甲別案仕様か……」

笑みすら浮かべることなく呟くと、レグニスはもう片方のナイフも鞘から引き抜いた。



「? ……今何か音がしませんでしたか?」
《え、さあ? 気のせいじゃない》
「そうでしょうか……」

確かになにか聞こえたような気がしたのだが……本当に気のせいだったのだろうか?
疑問に首をひねりつつ、桜花は止まっていた足を再び動かそうとし……

急に身を翻すとと手近な樹木の後ろへと機体を隠した。

《なに、どうしたの?》
「見つけました、敵です」

木の影からそっと様子を伺う。リーゼ・ミルヒヴァイスが一機、周囲を警戒しながら佇んでいた。
そのに背には矢筒と……文様の刻まれた、見覚えのある弓。
そして桜花の知る限り、奪還リストに弓は一つしか記されていなかった。

「あれが……目標の弓のようですね」
《そうなの? ならラッキーじゃない、今あちらさん気付いてないみたいだし。今のうちよ桜花!》
「……奇襲はあまり好きではないんですけどね」

苦笑交じりのため息をつくと、桜花は背負っていた弓を構え、矢筒から矢を一本抜き出した。
矢じりが透き通った青色の水晶のようなもので出来たその矢を弓につがえ、引き絞る。
幻糸の力が機体から、周囲の空気から集められ、弦を通して矢じりへと蓄えられていくのを感じる。
力を得た矢じりの水晶が、青く光を放ち始めた。

とその時、リーゼがこちらに振り向いた。矢じりの発光に気付かれたのだ。
慌てて動き出すリーゼ。だがすでにこちらのチャージは終了している。
桜花はリーゼの右腕に狙いを定めると矢を放った。

打ち出された矢はその青い光で矢全体を包み込みながら、鋭く空気を引き裂いて飛び、
回避しようとしたリーゼのわき腹をかすめると、その部分の装甲をごっそりと削り取った。

(青い矢の名は『無頼矢』。威力、充填速度ともに一番普通の基本的な矢だ)

「……基本でこれだけの威力ですか」

思い出したハン親方の言葉に、桜花はわずかばかりの戦慄をこめて呟く。
だが敵機はまだ動いている。考えるのは後回しにすべきだ。
次の矢を抜こうと桜花は背中に手を回す。しかしそのとき、リーゼはすでに矢を弓につがえていた。
引き絞られる矢。その先端が黄色く輝く。

「あれは……」

呟く桜花の脳裏に、出発前に語られたその矢に関する説明が蘇った。

矢が放たれる。その瞬間、黄色い矢はその場ではじけると無数の雨のようになって襲い掛かった。
桜花は反射的に機体を投げ出すようにして飛び退る。

(黄色の矢は『地雷矢』。打ち出した瞬間にはじけ、散弾のように光針が飛び散る近接射撃用の矢さ)

なんとか地面を転がるようにしてかわしたものの、雨のように飛び散った光はいくつか機体をかすめていた。
それでも桜花は素早く機体を起こすと、背から矢を引き抜き、弓へとつがえ引き絞る。
親方の説明によると、全ての矢には力を蓄える充填時間がある。そしてその速度は、この青の矢が一番速い。
敵機も慌てて矢を抜こうとするが、それよりも早く矢じりが青く輝いた。

放たれる青い光。だがそれはリーゼの肩口に突き刺さる直前、ぐにゃりと軌道を変えてあらぬ方向に逸れていった。

「!! あれは!」

リーゼの体の周りには、いつの間にか薄く輝く光の帯のようなものがまとわりついていた。
おそらくあれが矢を捻じ曲げたのであろう。

「……歌術、でしょうか……わかりますか、ベルティ?」
《うーん、ごめん。おチビに調べさせるからちょっと待って》
「早めにお願いしますよ……っと」

再び放たれる黄色の矢。飛び散る散弾を桜花はステップを踏んでかわす。
幸いにもあの矢の充填速度はそう速くない。連発はできないようだ。
だがかわし続けるだけでもいつか限界が来る。何とか攻めに転じない事には……

焦る心を押さえつけ、桜花は冷静に相手の隙を探る。と、そこに<ケーブル>を通じて通信が入った。

《桜花、わかったわ。それは『精霊賛歌』って言って、幻糸系の武器を捻じ曲げて威力を軽減するらしいのよ》
「そうですか……それで対処法は?」
《ちょっと待って……あ、うん……軽減できるのはある程度までで、強すぎるのは貫通しちゃうそうよ》
「わかりました。ありがとう、ベルティ」

桜花は微笑むと、背の矢筒から矢を一本抜き出した。それは今までの矢とは違い、赤い矢じりをしていた。
強すぎる攻撃は曲げきれない、というのならばこの矢を使えば大丈夫だろう。

「本当に使う事になるとは思いませんでしたけれどね……」

やや苦笑混じりに桜花は矢をつがえる。が、まだ引き絞らない。
この矢は充填にやたら時間がかかるそうなのだ。
事実、青の矢ならすぐに光を放つところだが、赤の矢はまだ何の変化もなかった。

そこにリーゼが再び黄の矢を放つ。
飛び交う散弾を、桜花は右へ左へと華麗な動きで次々とかわし続けた。
そうしている間に充填が終わったのだろう、赤の矢が急激に光を放ち始めた。
桜花は足を止めると、リーゼに向けて力いっぱい弓を引き絞る。
歌術の力を過信しているのか、敵は回避行動すらとろうとしない。

「……行きなさい、須齢矢!」

静かな気合とともに矢が放たれる。
その瞬間、赤い矢は全身を炎のごとく荒れ狂う赤い光で包みこむと、爆発したかのような勢いでリーゼへと襲い掛かった。

(赤い矢は『須齢矢』。充填に時間がかかるが、破壊力と速度ならコイツが一番だ)

「……ちょっとやり過ぎな気がしますよ、親方さん」

右半身のほとんどを吹き飛ばされ倒れ付すリーゼと、ついでに吹き飛ばしてしまったその後ろの木々を眺めつつ、
桜花はやれやれとため息をついた。



唸りを上げて鉄球が牙をむく。
だが直線的でしかないその動きは、レグニスにとってはただの回避しやすい攻撃でしかなかった。
巧みな動きで鉄球をかいくぐると、そのまま接近し、肩口目がけてナイフの刃を突き入れる。
いつもなら深々と突き刺さるはずのその一撃だが、硬い衝撃とともに増加装甲に受け流される。

「…………流石に硬いか」
《どうするのだ、レグ?》

<ケーブル>越しのブラーマの声に、少なからず焦りの色があった。
彼女も気付いているのだ。この自分の戦い方の弱点を。

レグニスの戦闘は近接戦闘に重点を置いている。
自身の鍛えられた格闘技術と近接戦に向いたシャッテンを使い、ナイフと体術を中心とした攻撃で相手を圧倒する。
そんなレグニスの戦法を破るには基本的に二つしかない。
絶対に接近戦をさせないか、接近戦でレグニスを上回るかである。

だがこの相手は、そこまでの力を持つ相手ではない。

「硬いなら、それなりの戦い方をするまでだ」

レグニスは再び機体を走らせた。迎え撃つ敵機が鉄球を振り下ろすのを寸前でかわす。
砕けた地面を後ろに、一気に敵機へと肉薄し、その手に持つナイフを振るった。
斬撃は相手の右肩と左の肘、それぞれの関節部分へと食い込んでいた。
衝撃によろめく敵機。さらにレグニスは詰め寄ると相手の肩を掴み、腹部に膝蹴り、膝に足裏を見舞った。

怒涛の連撃にふらつきながらも敵機は間合いを放そうと試みる。
が、その動きが突如鈍い音とともに止まった。

肩や腕、そして腹部や膝に突き刺さったナイフを増加装甲が噛んで、動きを阻害しているのだ。

「ちゃんと工房でマニュアル通りに取り付ければ、こうはならんだろうがな……」

呆れを交えつつ呟くレグニスの前で、敵機はあたふたとナイフを抜こうともがくが、その動きすらおぼつかない。
と、何を思ったのかのか急に敵機は動きを止めた。
そして次の瞬間、軽い爆音とともに全身を包む増加装甲が排除された。

「それしかないだろうな、この場合では。しかし……」

レグニスが狙っていたのはまさにこの瞬間だった。
一瞬で敵機に組み付くと足を払い、そのまま地面に引き倒す。
そして相手がその衝撃より立ち直るよりも早く、もはや普通の装甲でしかない胸部へと手首のナイフを突きつけた。

「そうなってからでは遅すぎたな」


	※	※	※


「みんなご苦労さん。おかげで助かったよ」

工房の中に搬入されていく二人の機体や回収された武器を背に、ハン親方は皆に笑いかけた。
桜花やブラーマは多少疲労を感じさせる顔をしていたのだが、化物並みの体力を持つレグニスはともかく、
なぜか一緒に歌っていたはずのベルティが元気はつらつといった調子で、

「お礼ならモノで見せてよね。依頼料ははずんでよ」
「い、いけませんよベルティ……」
「ははは、わかってるって。なんならあの弓もつけてやろうか?」
「そ、それはちょっと……」
「僕としてはちょっと興味あるんだけどね……」
「シュ、シュレットまで……勘弁してください」

困り果てた様子でうなだれる桜花に、一同から笑い声があがる。
と、そこに談笑に混じってなかったレグニスが静かにハン親方に声をかけた。

「なんだい、レグ坊や」
「俺たちのほうだが、依頼料の代わりにこちらも仕事を頼みたい」
「……奏甲の改造かい?」
「俺の『覚醒』状態にも耐えられる奏甲を頼む。そうでないと……奴には勝てない」

いつになく静かに、だが迫力のある言葉で言うレグニスに、自然と周囲が黙り込む。
そんな空気が少しの間続いたかと思うと、不意にハン親方がため息をついた。
そしてどこか挑戦的な光をたたえた瞳でレグニスに向き直ると、

「二週間……いや、十日だね。それだけ時間をおくれ」
「……わかった」
「やってやろうじゃないか、うぐいす庵頭領のこのあたしの腕にかけて!」


続く

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