新生編 第3幕〜十日間の戦い〜



一日目


工房の裏手、資材や工具が立ち並ぶ中、ひときわ大きな音が鳴り響き、そして静まり返る。

「無理だね」

そう言うとハン親方は苦い顔とともにその手に持つペンで頭を掻いた。
もう片方の手に持つのは、データ取りに使う記録用のボード。

「どういうことだ」

やや不審げな口調とともにレグニスが顔を上げた。
その周りには無残にもばらばらに引き裂かれた木像の破片が散らばっている。

「無理だといったんだよ。アンタのその『覚醒』に耐えられる奏甲は作れない。
 ……正確に言えば、その力に耐えられる素材が存在しないんだ」
「技術的な限界か」
「まあね、鳴鈴のダメージからそれなりに予想はしてたけど……見せてもらって確信した」
「そうか……」

呟くと、レグニスは何か考えるようにして黙り込む。と、ややあった後ふと顔を上げ、

「時間を限定した場合はどうだ?」
「どういうことだい」
「一回の使用時間を三分ほどに限定した場合、その時間の間だけ奏甲がついてこれるようには出来ないのか?」
「……出来ない事はないね。ただしその場合、連続使用は出来ないよ。間を置かないと」
「かまわん。どうせこの力は肉体に無理を強いるものだ。引き出す力を八割ほどにし、
 使用に間を置かないと俺の体のほうが壊れてしまう」
「わかった、その方式で改造を進めるとするよ」
「ああ、頼んだ」

互いにうなずく二人。
その様子を山積みになった資材の影からそっとのぞいていたブラーマは、視線を外すと小さくため息をついた。
レグはああやって来たるべき奴との再戦に向けて備えている。そんなあいつを見守る事しか、自分には出来ないのか……
いや、出来る。何かが出来るはずだ。あの時のようにただ叫ぶことしか出来ないのなど、もうごめんだ。
ブラーマは静かな決意を胸に込めると、そっと立ち上がった。



二日目


「たまには顔を出したらどうです?」

とにこやかに桜花に諭されて、ベルティはエタファの街中をぶらぶらと歩いていた。

「別にいいって言ってるのに……どうせ階位も上がんないだろうし」

ぶちぶちと文句を言いつつもちゃんと向かっているのは、桜花の優しげな言葉の裏に言い知れぬ圧力を感じたからである。
行く振りをしてそのままとんずら……とも考えたが、後が怖い。自然と足は街中にある歌姫関連の施設へと向かっていた。
さすがにエタファは首都だけあって、ほとんどの歌姫関連の施設がそろっている。

「どうしようかな……まあいいや、あそこ行こうっと」

階位認証試験なんて受けるのはまっぴらだし、受けてもどうせ受かりはしない。
ベルティは人波に溢れる街の中を詩歌研鑽局……通称『歌術図書館』へと向かっていった。
あそこなら静かだし、昼寝には格好の場所だ。

程なくして辿り着いたそこは、さすが大都市と言えるほどの規模の建物だった。
地方にある出張所――『御社』と呼ばれるのも――と比べるとその立派さはまさに別格だった。

チョーカーを見せるだけですんなりと中に入れた。一応ここは工房と同じく中立なのだ。
中では数人の係員と歌姫達が本や巻物を手にあちこちを行ったり来たりしていた。
そんな中、ベルティは大机の一角に見知った顔を見つける。

「あれ、ブラーマ?」
「む? ああ、ベルティ殿であられるか」

ブラーマが顔を上げる。その周りには、いくつもの書物が積み重ねられていた。
ベルティは本の山を崩さないように注意しつつ、机の対面の席へと腰掛ける。

「なにやってんの、こんなところで」
「うむ、レグのためにいくつか歌術を研究中なのだ」
「……別にそんなことしなくても、貴方達充分強いでしょ」
「いつまでもレグの強さに甘えていてはいかんとこの前思い知ったのでな、私は私なりに強くなりたいのだ」
「…………」
「それに今、レグは強くなろうとしている。来たるべき時のために。
 そのときは私も共に戦いたいのだ。他でもない、あいつの為に。あいつのパートナーとして」

そう言ってブラーマは笑った。その様子をベルティはぽかんと見つめていた。
すると流石に照れたのか、ブラーマは頬を赤らめると再び書物に没頭しだす。
本をめくるその姿を前に、ベルティはぽつりと呟いた。

「……私もたまには桜花の役に立つことしてあげようかな……」

そして手近にあった本を一冊手に取ると、ぱらぱらとページをめくり始めた。
もっとも、彼女がその本を枕に高いびきをかくのに、さほど時間はかからなかったが。



三日目

「ろ組は右腕に回ってくれ。い組からデータを受け取るのを忘れんじゃないよ!」
「はい、親方!」

工房の中は喧騒と活気で満ち溢れていた。
十日間という限られた時間の中で奏甲を一機作り上げるのは決して楽な作業ではないが、決して無理ではない。
作業員達は皆、レグニスの奏甲の作成に全力を持って取り組んでいた。

「すいません親方、ここの部分はどの係数を?」
「そこはB8だよ、鳴鈴のダメージから逆算したからね」

改造は響鈴のほうをベースに行われていた。度重なる戦闘を経験した鳴鈴の方では、たとえ改造したとしても、
機体自体の寿命を縮めるだけであるという親方の判断からだった。

そして、そんな戦場のような工場の中で、一人工房の者とは違う影が作業員の間を走り回っていた。

「ちょいとおチビちゃん。そっちのレンチ持って来ておくれ」
「はいはい、親方さん」
「ねえおチビちゃん、ちょっとそこのファイルと部品をチェックしてくれる?」
「うんわかった、今ダメだから後でね」
「あわわ、おチビちゃん! ちょっとそこのバルブ操作して!」
「待ってよ、今忙し……」
「おチビちゃーん、こっちも手伝ってよ」
「あー、おチビちゃん、手空いてる? ならこっちのこの部品……」

「みんなしてチビチビいうなぁっ!!」



四日目


「なにを……やってるんですか?」

街中を歩いていた桜花は、偶然出会った目の前の存在に思わずそう問いかけていた。

「何と言われてもな。日雇いの仕事だ」

答えるレグニス。その後ろには、荷物が山と積まれた荷車を引いていた。

「奏甲の作成は軌道に乗った。俺の出番はあとは最終調整と調律ぐらいのものだ。それまでは体が空いてるのでな。
 ちょうど港からの荷物運びの仕事を見つけたところだ」
「そうですか……ご苦労さまです」
「コニーの養育費も溜めておきたい、と常々ブラーマが言っているからな」

ぶっきらぼうでもちゃんとお父さんしてるんですね……と桜花は内心小さく笑った。

「お前もやるか? まだ港の方で人員を募集していたが」
「そうですね……どうしましょうか」
「あれ、二人とも何やってんの?」

桜花が悩むように小首をかしげたその時、背後から声をかけられた。
二人が振り返ると、そこにはベルティが紙袋片手にもごもごと口を動かしながら立っていた。

「ベルティ……あなたこそ、その手に持ってるのはなんです?」
「あ、これ? この町の銘菓だってさ、そこの屋台で買ったの。桜花もいる?」

なんでもないように言うと、ベルティは袋の中から一つ取り出すと桜花に差し出す。中にはまだ山ほど詰まってるようだ。
桜花はやや引きつった顔のまま、ベルティから視線を外すとレグニスへと向き直り、

「……レグニスさん」
「案内する。ついて来い」
「お願いします……」



五日目


「だぁ〜〜、う?」

あどけない顔つきで、コニーは自分を見下ろす三人組へと視線を向けていた。

「こんにちは〜、久しぶりだね、コニーちゃん」
「それにしてもちっとも成長しないわね、赤ん坊ってもっとこうメキメキ大きくなると思ってたけど」
「そんなベルティ……漫画かなにかじゃないんですから」
「そうだよ。それにこれでもコニーちゃんは成長してるんだよ。ちょっとだけだけど喋れるようになったてさ」
「ふーん、ならそうね……」

なにやら怪しげな事を考えついたような顔つきになると、ベルティはコニーへと顔を近付ける。
そして後ろのシュレットを指差すと、

「いい、あれがチビスケよ。チ・ビ・ス・ケ。言ってごらん」
「ちゃ〜、う、あ?」
「こらベルティ! 純粋無垢な赤ん坊に何教えてるのさ!」

息を荒げながらシュレットはコニーとベルティの間に割り込んだ。

「いい、コニーちゃん。こんな女優夜の言う事を聞いちゃダメだよ。女優夜、女優夜……」
「ちょっとおチビ、アンタこそどさくさにまぎれて刷り込んでんじゃないの」
「二人とも……オウムか何かじゃないんですから」

やや引きつった顔で止めに入る桜花を無視し、二人はますますヒートアップする。

「おチビ、おチビ、おチビ……」
「女優夜、女優夜、女優夜……」

「お二方とも、変な言葉を教えないでくれっ!!」

駆けつけたお母さんに怒られた。



六日目


今日はうぐいす庵の定休日。もちろん奏甲作成もお休みである。
親方をはじめとした作業員達も、思い思いの方法で日ごろの疲れを癒していた。

「さーて、じゃあ次の店行ってみるかい」
「お、親方さん……ちょっと食べすぎじゃない?」
「わ、私もそう思うのですが……」

声を張り上げるハン親方に対し、横を歩くシュレットとブラーマはどこかうんざりとした表情で返した。

「どうしたどうした、もうへばっちゃったのかい?」
「もうこれで三件目だよ……僕もうおなかいっぱいなんだけど」
「甘味所巡りと言う事でお付き合いいたしましたが……私も限界のようです」

歩き続けてはいるものの、二人の顔色はすでにだいぶ青い。
親方は小さく舌打ちすると、

「しょうがないねぇ、じゃあこっから先はアタシ達だけで行くとするよ」
「そうね、ブラーマ達は先に帰っておいて」

ベルティはやれやれと肩をすくめると、親方に続いて人ごみの中に消えていった。

「ねえ、ブラーマさん。ベルティも食べてたよね、さっきの店で」
「うむ、親方殿と同じように食されておられたな。同じ量を……」
「案外胃が七つぐらいあったりして、あの二人」
「甘いものは別腹、とはいうが……」

顔を見合わせると、二人は胸焼けしそうなため息を吐き出した。



七日目


「やっぱ温泉は気持ちいいわね〜」
「はしゃいではいけませんよ、ベルティ」

夕暮れ時の空の下、宿の温泉は四人の会話で盛り上がっていた。

「そうそう、いくら僕たちしかいないからって、節度ってのがあると思うんだよね」
「固いこと言わない。こういうときこそ気を抜いてリフレッシュしなきゃ」
「ベルティはいっつも気も間も抜けてると思うけど……」
「黙らっしゃい、チビスケ。それはそうと……」

不意にベルティは言葉を切ると、まじまじとブラーマを眺める。
その観察するような視線に思わずブラーマは身を固くした。

「な、なにか、ベルティ殿?」
「ねぇブラーマ。前会った時よりも……大きくなってない?」
「な、何が大きくなっていると……?」
「それはもちろん……」

いたずらっ子のような笑みを浮かべると、ベルティは突然ブラーマへと飛び掛った。

「な、な、な!!」
「抵抗しても無・駄・よ。こちとら桜花相手に百選練磨だから♪」

慌てて暴れるブラーマ相手に、ベルティは言葉通り慣れた手つきで胸を、手足を、腰周りを探っていく。

「……やっぱり前より育ってるわね。これが噂の赤ん坊効果?」
「わ、私が実際に産んだ訳ではないと何度も……ひゃあ! ベルティ殿やめ……」
「ふっふっふ、この際だから私もブラーマの発育に協力してあげるわ♪」

いつの間にやらベルティの手つきは探るモノから要所を揉み解すマッサージとなっていた。

「ほ〜らほら、これもまたレグニス様のためよ」
「レ、レグはこの際関係ないと思う……っく、ベルティ殿、その手つきは勘弁願いた……うひゃあ!」

先ほどにも増してブラーマは抵抗を試みるも、こういったことに関してはやはりベルティの方が数枚上手な様だ。
ざぶざぶと湯をかき乱しつつ、二人は暴れまわる。
それを眺めていたシュレットがポツリとつぶやいた。

「やれやれ……でも正直なところ僕ももうちょっと成長したいなぁ」
「チビスケは胸より先に背を伸ばしなさい」
「僕はそのつもりで言ったんだけどね。ベルティこそスタイルより先に頭に栄養回したら?」
「……言うじゃないチビスケ」

ベルティはブラーマから身を離すと、怒りを内包したような笑みをシュレットへと向ける。
シュレットも同様の笑みを浮かべると、

「僕はベルティより頭に栄養が行ってるからね。色々考え付くさ」
「なんですってこの頭でっかちのずん胴チビ!」
「言ったな、乳牛脳無し女優夜!」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
『両方兼ね備えてる人は黙ってて!!』
「……はい」

異口同音に叫ばれて、止めに入ろうとした桜花もなすすべなくお湯に沈むしかなかった。

「あ、こらブラーマどこ行くの! まだ終わってないわよ、マッサージ!」
「う……さ、流石にこれ以上は……その……」
「それよりも僕がベルティの頭の血行をよくしてあげるよ、全力で!」

わいわいと響く温泉からのざわめきを遠くに耳にしながら、部屋にて静かに座していたレグニスは、
目の前の赤ん坊に向かって小さく呟いた。

「……無益だな」
「だぁ」



八日目


軽快な音とともにペンが走りぬけ、本のページがめくられる音がそれに追従する。
歌術図書館で研究に励む事数日、いよいよ大詰めのようだった。

「で、実際のトコどうなわけ?」

対面の椅子にだらしなく腰掛けつつ、ベルティが尋ねた。

「うむ、一つはすでに完成した。後はもう一つなのだが……これもほぼ糸口が掴めているのだ。
 おそらくは明日には何とかなりそうな気配であるな」
「はーー……すごいわねぇ、歌術なんて今までのを覚えるだけでも大変なのに、新しく作るなんて」
「そんなにたいした事ではないと思うのだがな。私の作ったものなど所詮既存のものに多少手を加えただけの、
 言うなれば改造歌と称するものであるからな」
「いや、それが出来るだけで充分すごいって思うけど、私は」
「そういうものなのだろうか……?」

ひらひらと手を振りつつ言うベルティに、ブラーマはわずかに小首を傾げつつ新たな書物を手に取ると、
そのページをぱらぱらと開いていき、同時にペンを走らせる。

「この程度、学校にてちゃんと勉学に励んでいればできるものだと思うのだが……」
「みんながみんなそうも簡単に出来るとは思わないけど?」
「むう……ところでベルティ殿は勉学の成績の方はどうであられたのだ?」
「ふっ……」

ブラーマの何気ない問いかけに、ベルティは小さく鼻を鳴らすとその視線を窓の外へと向け、

「世の中、勉強だけで計れるワケないのよ……」

どこか哀愁漂うその様子から、ブラーマは大方の答えを読み取った。



九日目


奏甲作成もついに最終段階。完成を目前にして工房内の熱気も否が応にでも高まっていた。

「親方、足回りの調節、終了しました」
「ご苦労、明日の最終テスト起動に間に合いそうだね」

答えながらハン親方は額の汗をぬぐう。
連日の作業の疲れがその顔には見えるものの、まだまだその瞳には力強い光が宿っていた。
そこに別の作業員から連絡が入る。

「親方! レグニスさんがみえました」
「わかった、連れてきな」

ややあって、作業員に連れられてレグニスが工房内へと入ってきた。
レグニスはほぼ組みあがった奏甲を見上げると、わずかに感嘆らしき呟きをもらした。

「これがか……ほぼ出来上がってるな」
「まあ、ね。ウチが全力で取り組んでんだからさ。アンタの無茶な注文に合わせるのは大分骨が折れたがね」
「そうか、苦労をかけたようだな」
「どうしたんだい、らしくないよ? それにまだ終わったわけじゃない。この後はあんたに合わせた反応調節から、
 各部調整、調律とやることはまだまだ残ってるんだ」
「そのために俺を呼んだんだろう」
「そういうことさ。アンタにも手伝ってもらわなきゃ、これはアンタの奏甲だしね」

親方がからからと笑う。と、そこに作業員が走りこんできた。

「あの……反応調整、準備整いました」
「だとさ、さっさと行って来な」
「わかった」

うなずくと、レグニスは作業員に連れられて奏甲の方へと歩いていった。
ハン親方はその様子を見届けると、大きく息を吸い込み、工房中に響き渡るような声で叫んだ。

「さーてみんな! いよいよラストスパートだ! 悔いが残らないよう、気合入れていくよ!!」
『はい、親方!!』

工房中が、その言葉に応えた。



そして、十日目を迎えた。



続く

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