新生編 第4幕〜強さ、そして守るもの



一機の奏甲が軽やかに、いくつものターゲットが並べられた演習場を風のように駆け抜ける。
ターゲットに触れるか触れないかのぎりぎりの部分、そこをまるですり抜けるかのように通り抜け、
そのたびに銀光がきらめき、ターゲットたちがいくつもの破片と化して地に転がった。

「よし、これで最後だ」

ハン親方の声とともに演習場の最奥に、軽い音とともに妙なものが立ち上がった。
木製の人形に奏甲の外板を適当にくっつけただけの、ターゲット案山子だ。

「擬似砲門、用意」
「ラジャー!」

作業員達がなにやら操作盤のようなものに手を触れる。
すると、ターゲット案山子の両脇にあった、小さな砲台のようなものがその向きを変え始めた。

狙うは演習場の真ん中に位置する奏甲。

「模擬弾、一斉発射!」

親方の合図を受け、左右両砲台から一斉に模擬弾が放たれる。
立て続けに発射された模擬弾は、広がりつつ連続で奏甲へと襲いかかった。

『いくぞ……』

連続砲撃を前に、奏甲からレグニスの声が小さく響く。わずかに、周囲の空気が変わったような感覚。
次の瞬間、奏甲が一瞬にして加速した。
連続砲撃を易々とくぐり抜けると、ターゲット目指して一気に速度を上げる。

砲台がその動きに合わせて向きを変えるが、奏甲の速度の方が速く、追いつけない。

「慌てるな、引きつけた後タイミングを合わせて撃つんだ」
「はい、親方!」

さらに連続する砲撃。その砲弾の雨をかわしつつ、レグニスの奏甲は少しずつターゲットへと間合いを詰めていく。
そして砲撃の切れ目を縫い、一気にターゲットへの接近を試みた、その瞬間。

「今だ!」

親方の合図とともに砲撃が放たれた。
両砲台からの砲撃は交差するような軌道でレグニスの奏甲へと突き刺さる。

様に見えた。

砲撃が突き破ったのは、不鮮明にゆらめく奏甲の幻像だった。
本物のレグニスの奏甲はすでにそのとき、ターゲットの懐へと入り込んでいた。

奏甲の右腕が唸りを上げてターゲットへと迫る。
その風切り音に重なるようにして、明らかな爆裂音が演習場内に鳴り響いた。
二つの音を乗せた拳は、爆発的な加速を伴ってターゲットの胸部へと叩きつけられた。
轟音とともに、装甲板で固められたターゲット案山子がばらばらになって吹き飛ぶ。

わずかな沈黙の後、演習場に歓声が響き渡った。

「やった、やりましたよ親方!」
「ぃよっしゃあ! 完成だ!」
「スゴイです……予想以上かも……」

騒ぎ立てる作業員たち。そんな彼女達に手を振って答えつつ、ハン親方はゆっくりと構えを解く奏甲を見つめながら、
小さく、だがはっきりと呟いた。

「完成だね、鈴雫……」


    ※    ※    ※


「と、いうわけで……完成記念の打ち上げだ!!」
『乾杯〜〜っ!!』

ハン親方の叫びにあわせ、作業員達が一斉にグラスを打ち鳴らす。
その音を皮切りに、ざわめきが食堂の中を満たしていった。

レグニスの新奏甲完成の打ち上げは、レグニスや桜花達が泊まっている宿、その一階にある食堂で行われていた。
参加者はうぐいす庵の一同は当たり前として、当事者とも言えるレグニスとブラーマ。そしてなぜか桜花一行もその場にいた。

「飲んでるか、みんな!」
『飲んでま〜〜す!』

親方の声に作業員一同が答える。あのハン親方の部下だけあって、お祭り好きな人種が集まっているようだ。
皆が皆、ほぼ貸切状態の食堂で好き勝手に騒ぎ立てていた。
ハン親方はそんな部下達の姿に苦笑を浮かべつつ、椅子に深くもたれかかった。
その隣の席になぜか腰掛けていたシュレットが、呆れ半分に呟く。

「まったく……ちょっと浮かれすぎだと思うけど?」
「そう言うなっておチビちゃん。みんな苦労して仕上げたんだ。その分騒ぎたくもなるってもんさ」
「その気持ちもわからなくはないけど……って、チビっていうな!」
「はっはっはっはっは……」

大声で笑う親方を横目に、シュレットは半ばむくれた顔つきコップに注がれたジュースをすすった。


そしてそこから離れた別のテーブルでは、ベルティとブラーマが同じ卓を囲んでいた。
談笑をかわしつつ、ベルティがどこからか持ち出した瓶の蓋を開け、ブラーマの持つグラスへと中身を注ぐ。

「ブラーマも色々ご苦労様。さ、飲んで飲んで……」
「うむ、かたじけないベルティ殿」
「それより歌術って二つ作ったんでしょう。一つは昼間使ったのとして、もう一つは?」
「う……それは……まあ気にしないでくれ」

ごまかすように苦笑いすると、ブラーマはグラスに注がれた飲み物を口に含む。
と、その眉がやや不審気に動いた。

「……? このジュース、少し味が……?」
「気のせいよ、気のせい。ささ、もう一杯……」

ベルティの笑顔になんとなくいやな予感を感じるが、無碍に断って興を削ぐわけにもいかない。
ブラーマは少しばかりの不安とともに、グラスに再度注がれた液体を口をつけた。


一方、そんなお祭り騒ぎな一同からやや離れた場所で、静かに茶を酌み交わす者達もいた。

「本当に感服しましたよ。奏甲もさることながら、貴方の力量に」

微笑みながら、桜花は紅茶の入ったカップを音もなく下ろす。

「建前はいい。本音を言ってみろ」

対するレグニスは水の入ったグラスを前に、ただ腕組みをしたままじっと座っていた。
いつも通りの仏頂面だが、どこかいつもと雰囲気が違う。

「では言います……あの動きを見ていて、ちょっと手合わせしてみたくなりました」
「やめておけ。あれはお前の望む『強さ』とは別のたぐいのものだ」
「別のもの……ですか?」

少しだけ不思議そうに桜花が聞き返す。レグニスはわずかに首肯すると、目を伏せるようにして言った。

「お前の求めているのは、自らを鍛え上げ、昇華させたことで手に入る『強さ』だろう。
 だが俺のは改造によって植えつけられた、いわば人為的なものだ、根本的なところでお前の求めるものとは違う」
「本当にそうですか?」
「……何が言いたい?」
「貴方は以前言ってましたよね、その植えつけられた力をコントロールするために訓練を重ね、技を身につけた、と。
 ならばそれはもう、わたしのような者が求めるものと何ら変わりないのでは?」

真正面から桜花の瞳がレグニスのそれを覗き込む。その中に宿るのは曇りのない澄んだ輝き。

「…………確かに、そうかもしれんな」

わずかな沈黙の後、レグニスはため息をつくようにして呟いた。
その様子に、桜花の顔にも自然と笑みが零れ落ちる。

「いかなる経緯で得た力とはいえ、それをモノにしている時点でそれはすでにその者の『強さ』なんだろう。
 ……だが、あれは違う。『覚醒』はな」
「脳のリミッターを外し、潜在能力を無理矢理引き出す力、ですね……」
「お前のような、自らを鍛え上げる事を目標としてる者は少なからず似たような力を身につけると聞く」
「ええ。自らをコントロールし、秘められし力を発揮する……色々なところで奥義として伝えられているそうです」
「俺の場合は外科手術によるリミッターそのものの操作だがな。いずれにしろ、度を越せば自らの体を壊しかねん。
 それだけの覚悟を必要とするあれは、『強さ』とはまったく別のものだ」
「でも……貴方はそれを奏甲で使う事を選んだ……」

囁くように言う桜花に対し、レグニスはわずかに押し黙る。
そして何かを言おうと口を開こうとしたその時、突如後ろから何かがレグニスの背にのしかかってきた。

「レ〜グゥ〜、なにを話しているのだぁ〜〜?」
「……ブラーマ……お前……飲んだな」
「あなたですね、ベルティ」
「え、何のことかしら?」

桜花のやや冷めた視線をその身に受けつつ、ベルティは渇いた笑いを浮かべた。

「私はただ、ちょっとおいしい飲み物をオススメしただけよ。他意はないって、ホントに」
「まったく……あなたは……」

やれやれと頭を振る桜花の前で、レグニスは無言のまま立ち上がると、
いまだじゃれ付いてくるブラーマの体をひょいと抱え上げた。

「これではどうにもならんな。悪いが俺たちは先に休ませてもらう」
「あ、わかりました。親方さんにそう伝えておきます」
「頼む」

短くそういうと、ブラーマを抱え上げたままレグニスは二階の自分達の部屋へと歩き出す。
と、その背中に声がかけられた。
レグニスは立ち止まると、首だけを動かし振り返る。そこには意を決したような表情の桜花がいた。

「なんだ、桜花?」
「自らを滅ぼしかねない力、それを使う事を決意したのは……やはり彼女を守るためですか?」
「………………違うな」

レグニスははっきりとそういうと、再び背を向ける。そして小さく呟いた。

「俺には何も守れはしない」



すでに夜も更けているため、部屋の中は暗く、わずかな月明かりだけが光源だった。
自分にとってはそれで充分だが、ブラーマはそうはいかないだろう。
レグニスはライターを取り出すと、手近な燭台に火をともす。
そして自分の腕の中で幸せそうにうとうととしている少女に声をかけた。

「ブラーマ、寝るのはかまわんが服は着替えておけ。そのままでは疲れが取れんぞ」
「ん〜〜むぅ〜〜、わかった〜〜」

返事をしたのを確認すると、どこかとろんとした目つきのブラーマを床に下ろす。
そのまま彼女はおぼつかない足取りで自分達の荷物へと近付くと、寝間着を取り出し着替え始めた。
レグニスはその様子を眺めつつ、近くのベッドへと腰掛けた。

「だぁ?」

不意にした声に、レグニスはベッドの中心へと目をやった。
揺り篭収まったまま、コニーがこちらを見上げていた。
宴会が始まる前に部屋に寝かしつけておいたはずだが、どうやら起こしてしまったようだ。
レグニスはそっとコニーの頭に手をやると、ゆっくりと撫でた。

「朝にはまだ早い。もう少し寝ていろ」
「だぁ〜〜う〜〜……」

撫でられたのが気持ちよかったのか、コニーはうれしそうに目を細めると、そのまますやすやと眠ってしまった。
と、そこに着替えを終えたブラーマが擦り寄ってくる。

「ずるいぞレグゥ〜〜、コニーばっかり……」
「……わかったから、もう寝ろ」
「ふにゅぅ〜〜」

いつもとはまるで違うふやけた表情のブラーマ。
そんな彼女を抱きかかえると、隣のベッドへと寝かせる。

「レグゥ〜〜、私も〜〜」
「…………」

レグニスは無言のまま、わずかにため息をつくと、近くにあった椅子をベッドの横へと引き寄せ、腰掛ける。
そして表情のゆるみきったブラーマの頭に手を乗せ、そっと撫で付けた。

「ふにゃ〜〜……レグ……」

コニーと同じく幸せいっぱいといった顔をするブラーマ。
しばらくそうしていると、そのまま彼女もうとうとと眠り込んでしまった。
レグニスはそっと燭台に手を伸ばすと、必要のなくなった火を消す。途端に部屋が暗闇に包まれた。
そのまま部屋を出てもよかったのだが、なんとなくその場に残る。

わずかな月明かりが部屋を照らす中、二人の静かな寝息だけが部屋の中で小さく響く。

レグニスはふと、目の前ですやすやと眠る少女に疑問を持った。

なぜ彼女は、自分の手を恐れないのだろう?
彼女の髪に触れる手。この手はその気になれば、彼女など一瞬で殺すことができるというのに。

いや、恐れていないことはなかった。
少なくとも、出会った当初は彼女は自分に対して恐れというか、異質なものを感じていたようだった。

無理もない、と自嘲する。

最初に出会ったその時に、自分はまさに異質な存在であるという事を証明してみせたのだ。
それで恐れなければ頭がどうかしているに違いない。

だが一体いつからだろう、彼女がこの自分を恐れることなく、優しく接してくれるようになったのは。

そしてそんな彼女と、離れたくないと思うようになったのは。

だが桜花にも言った通り、自分では彼女を守ることは出来ない。
自分に出来るのは、ただ彼女に迫る外敵を排除する事だけなのだ。

それを『守る』と称するものもいるかもしれない。だがレグニスの感覚から言ったらそれは全く違う事だった。
『守る』というのは物理的にだけでなく、精神的にも支えとなり、助けとなる事だ。
そしてそれは自分には決して出来ないことだった。破壊するだけの『兵器』である自分には。
だから自分には守れない。彼女だけでなく、何一つ。

そんな自分でありながら、なぜ自分は彼女から離れられない、離れたくないと思うのだろう?
自分でもよくわからない。だだ、その気持ちだけが確実に存在してた。

「ん……レグ……」

寝言ともにブラーマが寝返りをうつ。いい夢でも見ているのか、幸せそうだ。
そんな彼女の寝顔を眺めつつ、そっとその髪に触れる。

夜はまだ長く、ここから離れられそうになかった。



   ※    ※    ※



翌日。宿の一階の食堂は昨夜の騒ぎが嘘のように穏やかだった。
すでに昼を過ぎており、食堂内に騒ぎの名残はどこにも残っていない。

「……むう、少々頭痛が……」
「大丈夫、ブラーマ? はいこれ」

二日酔いのためか、どうにも調子が悪いといった様子でブラーマが呟く。
そこにベルティがコップを差し出した。そのまま受け取ろうとするが、ふとブラーマの動きが止まる。
注がれているのは一見水に見える透明な液体。だが昨夜の事を考えると……

「大丈夫、ただの水だよ」

そんなブラーマの心情を察したのか、横にいたシュレットがコニーを抱きつつ笑いながら言った。

「う、うむ。ならばいただこう…………ぷはっ」

うなずくと、ブラーマはコップの水を飲み干した。
どうやら本当にただの水だったようだ。おかげで幾分かすっきりした。

「ふう……すまない、ベルティ殿」
「いいのいいの。なかなかイイモノ教えてもらった事だし」
「? なんのことであられるのだ?」

覚えの無いことに首をかしげるブラーマ。それに対しベルティはニヤついた笑みとともに一言だけ口にした。

「……ミスティ」
「ぶっ!!」

思いもよらぬ名前にブラーマは息を詰まらせる。

「な、な、な、なぜそれをベルティ殿が……まさか昨晩の!!」
「ふふっ、今頃気が付いた? 結構あっさり教えてくれたわよ、あなた」
「なに? 何の話?」
「だぁ?」

わけがわからずきょとんとするシュレット。コニーも同じく不思議顔だ。

「あのねシュレット。これはブラーマの新歌術で、名前はミスティ……」
「だぁぁ! や、やめてくれベルティ殿!!」
「え、なになになんなの一体?」
「だぁ〜〜う」

昨晩ほどとはいかないが、食堂の騒がしさは少しずつ増していった。




「……宿のほうがなにか騒がしいみたいですね」
「別に不穏な空気はない、気にすることはないだろう。……それよりも、まだ続けるか?」

宿から少し離れた林の中に、桜花とレグニスはいた。

「もうちょっと待ってください。今息を整えますから」

桜花は地に座り込んでいた。息も少し荒く、修行用の薄着の上からは汗をびっしりとかいているのが伺える。
一方立ったままのレグニスは普段着だが、こちらも多少呼吸が荒い。
そして両者とも木刀のようなものを握り締めていた。

「流石にお強いですね、レグニスさんは」
「そう言うお前も強いぞ。この世界で機奏英雄として生きていくには充分なほどな」
「そうでしょうか? でもわたしは今の自分の強さに満足してませんから」

タオルで汗をふき取りつつ、桜花が笑う。
その顔にあるのは、充実感を伴った疲労と、揺るぐ事のない意志の光。

「学ぶべき事も、身につける技も、まだまだ沢山あります」
「学ぶべき事……か」

水筒の水を飲みつつ、なんともなしにレグニスが呟いた。
ここに来る前、研究所で叩き込まれた事は沢山あった。
だがこの世界に来てから、さらに多くの事柄を知った。研究所では決して知りえなかったであろう事を。

「そうだな、俺もまだまだ学ぶべき事は多い」
「そうですね。お互いに精進しましょう……さて、続きを始めましょうか」
「わかった、いつでもいいぞ」

土を払いつつ立ち上がり、構えを取る桜花。レグニスも水筒を腰に下げると、木刀を構える。
そして漠然と思った。

この世界で学んだ数多くの事。
それは、きっとこれからも増えていく事だろう。
あいつといる限り。



新生編  終わり

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