激走!愛憎馬車編 その1 馬車の中で揺られつつ、ブラーマはぼんやりとそのことについて考えた。 (なんでこんなことになったのだろう・・・) きっかけは、とある町に立ち寄ったことだった。 その町で偶然にも紅野 桜花氏とその連れ二人と再会。久しぶりの出会いに話が弾んでいたところに、役人が声をかけてきたのだ。 「隣町まで薬を届けてくれませんか? 大至急!」 なんでも、隣町にいる病弱な少女がタチの悪い病気にかかり、寝込んでしまったらしい。治療のためにはこの薬が一刻も早く必要なのだという。 べつに断る理由もなかったのでその話を引き受けたレグニスだったが、その時同席していた桜花が同行を申し出てきたのだ。 桜花「及ばずながら、お力添えをと思いまして・・・」 ブラ「私はかまわんが・・・レグ、お前はどうだ?」 レグニスが人付き合いを嫌うことは知っていた。だがとりあえずはと思い聞いてみたところ・・・ レグ「かまわん。好きにしろ」 こうして、一行は馬車に乗り、隣町まで薬の運搬と警護をすることとなったのだ。 ベルティ「あれ? どうしたのブラちゃん、元気ないね。車酔い?」 ブラ「いや、別にそういうわけでは・・・」 いつの間にか「ブラーマさん」から「ブラちゃん」にされてしまったな。などと思いつつ、ブラーマは首を振った。 ベルティ「そう、ならいいいけど。・・・それにしてもレグニスさんってかっこいいなぁ〜」 ブラ「う、うむ・・・」 ベルティにつられるようにして馬車の入り口付近を見る。そこではレグニスと桜花がなにやら話しこんでいた。 わずかに聞こえる内容から察するに、レグニスが研究所で教わったナイフコンバットについて話しているようだ。 ベルティ「あ〜あ、私もあんなカッコいい英雄がよかったなぁ。別に桜花が悪いってワケじゃないけど」 ブラ「そうか、そうだな」 返事は上の空である。ブラーマは全く別の思いに支配されていた。 (なぜだ、なぜこんなにそわそわするんだ・・・) レグニスは決して無口ではないが、必要なこと以外はあまり口に出さない。 そのレグニスが、桜花と、自分とでもまれにしかないような饒舌な会話をしている。それを見ていると、なんだかとても落ち着かない気分になるのだ。 (落ち着け、落ち着くんだ私。これはいいことではないか。 普段から自分を兵器だと言い張っているあいつが、人間らしいことをしている。いいはずだ、そう、あの会話は・・・」 ベルティ「・・・ブラちゃん?」 思わず後半が声に出てしまったブラーマをベルティは不思議そうに覗き込んだ。なにかピンときたのか、その顔ににんまりと笑みが浮かぶ。 ベルティ「そういえば『宿縁』にある『肉体的なつながりであってはならない』ってのって、もしかして『宿縁』で結ばれた相手以外ならオッケーてことかな?」 ぴしっ、と音をたててブラーマが石化する。 ベルティ「ごめんごめん、冗談だってば」 ブラ「・・・妙な冗談はよしてくれ」 ベルティ「でも女性英雄と男性英雄なら問題ないのよね」 ブラ「っ!!」 再び石化。こんどはヒビまで入った。 シュレット「あんまりブラちゃんいじめちゃ駄目だよ」 御者台に座って手綱をにぎっていたシュレットが笑いながら注意する。 ベルティ「でも面白いし、暇だし・・・。盗賊でもでないかなぁ」 レグ「盗賊がどうかしたのか?」 会話を聞きつけたのか、レグニスが言った。 ベルティ「い、いやその、盗賊とか出てきても大丈夫かなぁ・・・って。それだけ」 レグ「大して問題にならん。俺と桜花なら、並の盗賊など恐るるに足りん」 (今、名前で呼んだ・・・) ブラーマは一瞬目の前が暗くなった。自分以外の人間はほとんどお前、もしくは貴様と呼んでいるレグニスが・・・ 傍で面白そうにこちらを見ているベルティなど気に留める余裕もなく、ブラーマは一人沈んで行った。 そんなブラーマの思いなど露知らず。 桜花「しかし本当に大丈夫でしょうか。奏甲なしで・・・」 急な依頼だったので、奏甲を乗せる馬車が手配できなかったのだ。起動状態でついていく、という手もあったのだが、それでは歌姫に負担がかかりすぎる。 レグ「問題なかろう。お前は自分を過小評価しすぎてるきらいがあるな」 桜花「そうでしょうか? これでも最近は少し自信がついてきたほうで・・・痛っ」 レグ「ん、足をどうかしたのか?」 桜花「いえ、出掛けにちょっと切ってしまって」 レグ「そうか・・・」 つぶやくと、レグニスはポケットからチューブのようなものを取り出した。 レグ「傷を見せてみろ。薬を塗ってやる」 桜花「え、でも・・・」 わずかに頬を赤くする桜花。だがレグニスはそれを不安と見て取った。 レグ「心配するな。確かにうちの研究所製だが、まともな外用薬のはずだ。少なくとも、成分はな」 桜花「・・・では、お願いします」 小さく笑うと、裾をまくる。ふくらはぎについていた傷は、小さいが少し深かった。戦闘には支障がでるかもしれない。 レグ「・・・痛みを切り捨ててまで刃を振るう。お前にはそれができるか」 薬を塗りながら、ぽつりと言う。桜花は不敵な笑みを浮かべると、 桜花「なんなら、お見せしましょうか?」 レグ「いい心構えだ」 ベルティ「・・・こ、これは・・・」 桜花の足に薬を塗るレグニスを眺めつつ、ベルティは呆然とつぶやいた。 それからはっとなって横をみる。 ブラーマはそんなレグニスをじっと見たまま、微動だにしない。顔もまったくの無表情だ。 ブラ「・・・ベルティ殿」 ベルティ「はははははいっ!」 唐突に声を掛けられ、思わず声が震える。ブラーマは傍に落ちていたりんごを拾い上げると、にっこりとベルティに微笑みかけた。 ブラ「なぜだろうな。私は今、自分の英雄に対して底知れぬ怒りを感じているようだ・・・」 握っていたりんごが、ぐしゃりと潰れる。 ブラ「・・・この憤りはなんなのか、どこから来るのか。貴殿に心当たりはないか?」 ベルティ「ありません! 力いっぱいありません!」 ブラ「そうか・・・妙な事を聞いた」 そう言うと、微笑んだままレグニスたちへと視線を戻す。なんだか小さく笑い声まで聞こえてきた。 (盗賊よりも、厄介かも・・・) 漠然と思うベルティを他所に、馬車は隣町へと進んでいく。 続く ラブコメ風味、というよりブラーマが一人で突っ走ってます。たまには明るめの話を書いておかないと・・・