悠然なる旅路 ストーリー4「キスと手紙と焼き物と」


あの奇声蟲の群れとの戦いの次の日、赤と白の奏甲は夜の砂丘の中に佇んでいた。
白の奏甲は機体の下の方、足回りを表面を何かで何回も削り取られたかのようになり、
赤の奏甲はもはや1つ1つを形容していたらきりがないほどにボロボロであった。

そして白い奏甲の背中にある巨大なコンテナから明かりが漏れている。

*

あの後4人は行動を共にして砂漠を進んでいた。
小雪とフローネは今悠然達が向かっている町サンドカイズで
依頼を受け、蟲退治をしていた所だったそうなのだ。
元々すでに町の近くに来ていた事もあり、町に着くのは明日の予定である。

「悠然君、2人とももう寝てたわ。
 いつもは歳の割にはしっかりしてるけど、由宇羅ちゃんも寝てる時は歳相応になるのね。
 とても可愛い寝顔だったわよ?」
そう言うとフローネは小雪の部屋から出てきた。

昨日、由宇羅は「私は飛び入りなんですからソファでいいです」
と言ってソファに寝ようとしたのだが、
フローネの「女の子をソファで寝かすなんて出来ないわ」という台詞と
小雪の「えと…私のベッドで良かったら一緒にどうぞ…」
という台詞によって小雪といっしょに寝る事になった。
もっとも、その後小雪に上目遣いで「あの…一緒に寝るのは嫌ですか?」と
泣きそうな声で言われたのが一番の敗因のようであるが。

「そんな事行っても覗きには行きませんよ?
 誤解ですけど前にやって、次の日メシ抜きにされた事がありますから。」
苦い過去を思い出しながらそう言い、悠然はソファの上に枕をのせる。

今日の朝になって、由宇羅の機嫌はなんとか元に戻っていた。
その為悠然がコンテナハウスに上がる事が許可されたのだ。
ちなみにコンテナハウスに上がっての一言目は「家だ…」だったりする。

そして、その日の夕飯を終えて寝ようとしている所である。
由宇羅は小雪に付き合ってベッドに入ってしまい、今起きているのは悠然とフローネだけである。
「さて…俺もそろそろ寝ますけど、フローネさんは寝ないんですか?」
ちなみに1人テントは可哀相という小雪の意見により、悠然はソファで寝る事になっている。

「うぅん、ちょっと悠然君に話があってね。お酒飲みながらでどう?」
そう言いながら棚から酒瓶と木製のコップ2つを取り出す。 
「俺あんまり強くないですよ?」
「私も強くはないわ。弱いお酒だし大丈夫よ。」
そう言うとフローネはコップにお酒を半分くらいまで注ぎ、悠然に渡した。

「それじゃいただきましょう。…あ、本当に弱いですね。飲みやすいし。」
「でしょう?高くはないけど安くもないんだから。」
そして2人は静かにちびちびと酒を飲んでいく。
どうやら2人供酒に強くないのは本当らしい。

そして30分もしただろうか、顔が微かに赤くなったフローネが話し始めた。
「実はね…私正規の歌姫なのよ。」
「そうですか…。」
悠然はそこに何のニュアンスも含ませなかった。

「それで、知ってると思うけど正規でなる為には多額の献金が必要だったりして
 それなりの家の出じゃないとなれないの。
 うちは代々歌姫の家でね。私はその次女なのよ。
 母も祖母も姉もやっぱり歌姫で、私も当然のように勉強して歌姫になったわ。でもね…。」
そこでフローネは言葉を切り、1つため息をつく。
「今は正直後悔してる。元々歌姫になりたかった訳でもないし。
 何より小雪を奏甲に乗せる羽目になったんだから。」
そう言うなりフローネは黙ってしまった。

悠然はそれを見て思う。
(そうか、小雪ちゃんを奏甲に乗せたのは評議会の連中だったのか。
 正規歌姫なんて最高戦力を遊ばせる訳にはいかないもんな…。)
しかし、ふと1つの疑問が浮かんできた。

「それじゃ、なんでまだ奏甲に乗せてるんですか?生活するだけなら何も奏甲なんか無くたって…。」
それを聞かれる事は予想してたのだろう、しかしそれでも憂鬱そうにフローネは答える。
「違うの、あの子が奏甲から降りないのよ。あの子が今頼れるのは、奏甲と私だけだから…。」
それを聞くと悠然は何処となく視線を泳がせ、最後に小雪の部屋のドアに向けた。

「現世では、両親って言って男と女の親がいるんでしょう?」
と、いきなりフローネは話を変えた。
しかしその顔は真面目だったので、悠然は何処か繋がりがあるのだろうと思い黙って聞く事にした。
「それでね、それはあの歳でいきなり両親と別れ離れになったからだと思うのよ。
 私では母親にはなれないけど姉にはなれる。でもそれだけじゃ足りないみたいなの…。」

悠然もそこまで聞けばフローネの言いたい事が分かった。
「俺に…小雪ちゃんの兄になってくれと?」
「やっぱり小雪は男女両方がいる現世の人間だから、
 年上の男っていうのがどうしても必要みたいでね。
 悠然君奏甲ボロボロなのに知らない人助けるくらいのお人好しだし、
 小雪も気を許してるから…。」
それはあまりの悠然の情けなさに警戒心すら働かなかっただけである。

「あれでですか?全然話してないんですけど。」
「えぇ。でないと小雪が家に上げようなんて言うはずないわ。」
そして2人は黙ってしまった。
コップの中の酒ももはや残っていないが、どちらも黙っていて瓶に手をのばそうともしない。

10分ほどしただろうか、悠然が口を開いた。
「ずるいですよ…そんな風に話を持っていかれたら、断れないじゃないですか。」
そう言って苦笑いする。
フローネもようやく笑顔になると、
「そうやってきちんと考えてから答えてくれそうな悠然君だから頼んだのよ。
 あっさり承諾しちゃったらこの話は無かった事にしたわ。
 そんな軽い男なんてこの家からすぐ追い出してやるんだから。」
そう言い悠然の頬に触れるだけのキスをした。

「+*%$○@¥☆&!?」
「ちょっとしたお礼よ。それじゃおやすみ。」
と言い残すと、フローネは自分の部屋に戻ってしまう。

そこには呆然とした悠然だけが残された。

*

「どうしたんですか悠然さん?目の下にくまなんて作って。」
「…なんでもない。」
どうやら興奮して一睡も出来なかったらしい。

(やり過ぎちゃった…かな?)
フローネもそれを見ると冷や汗を禁じえなかった。
現世人だからそういうのには強いだろうと思っていたようだが、
いかんせん彼は年齢=彼女いない歴を地で行く男である。

「そうだ由宇羅、今日からこの2人とパーティ組む事になったから。」
悠然はなんとか頭を起動させると、小雪と食事の用意をしている由宇羅に言った。
「はい?…え〜っと、話が掴めないんですけど…。」
「つまり、私達とパーティ組む事になったのよ。」
フローネがそう言うと、ようやく意味が飲み込めたのか2人はいきり立った。
「なっ、なんで一言も相談せずにそういう事を決めるんですか!」
「ど、どういう事なんですか!?」

「まぁまぁ、ちょっと耳を貸してくれ。」
そう言い由宇羅に昨日の事を一部を除き話した。
「…という訳なんだ。これで断れるか?」
「…はぁ、相変わらずお人好しなんですから。でも次からは相談して下さいよ?」
釘は刺されたが、呆れながらも承諾はしたようだ。
「ん、分かった。」

「つまりね、昨日ので分かっただろうけど私達だけじゃ出来る依頼にも限りがあるでしょ?
 だから悠然君達と手を組むの。小雪は2人の事嫌い?」
それを聞くとすぐに首を振って否定した。
「でしょ、だったらいいわよね。」
どうやらこちらでも話は纏まったようである。

「それでね、ザンドカイズで家のリフォームしようと思うのよ。
 2人の部屋も用意しないといけないし。」
「え?いいんですか?俺達の部屋なんて作ったら狭くなるんじゃ…。」
「多少は狭くなるわね。でもこれから一緒に旅するんだから当然よ。
 …それでね、リフォーム代なんだけど半分出して貰えないかな?」

悠然は由宇羅の顔を伺った。
金銭面に関しては由宇羅がすべてを掌握いるからだ。
「…分かりました。宿代だって馬鹿になりませんし賛成です。
 リフォーム代の交渉は任せて下さい。こう見えても商人の娘ですから自信があります。」

そして一行は由宇羅&小雪特製の朝食を食べるとザンドカイズに向かうのであった。

*

ザンドカイズは商業国家ファゴッツ最大の貿易港である。
巷には様々な品が並び、行き交う人々も数が多い。
その分トラブルも多いが、それを補って余りある活気のある町だ。

一行は蟲退治の報酬を受け取った後、その町の工房に辿り着いていた。
「すみませーん!修理お願いしたいんですがーっ!」
由宇羅がそう叫ぶと30歳ほどの女性が応対に出てくる。

「はいはいっと…これは随分とやられてるね〜。盗賊にでもやられたの?」
どうやら全身の切り傷から、奏甲用刃物による損傷と考えたらしい。
「よく分かりましたね…。あ、それと腰の幻糸炉も売ります。」
「ほいほいっと。それじゃ、あそこの整備台に固定してね。見積もり始めるから。」
悠然が固定すると、女性は奏甲に張り付きボードに何かと記入していく。

「あそうだ。右の角だけは直さなくて結構ですから。」
「なんで?みっともないだろうに…。まぁ直さなくていいってんならいいけど。」
腑に落ちないようではあったが、取り合えず納得すると幻糸炉の査定に入った。

「あら?…君達見かけによらず凄いんだねぇ。」
すると、何かに気付いたらしく悠然と由宇羅に声をかけてくる。
「えっと…何がですか?私には何の事だかさっぱり…。」
「俺も…。」

「だってこれ、古代幻糸炉じゃないか。売るって事はもう装備してるんだろう?」
そう言って今度は保存状態を調べ始める。
しかし2人は心中穏やかではなかった。
「古代幻糸炉というとあの超高級品の!?」
「お、俺らそんな物を野ざらしにしてたのか!?」
「悠然さん!どうしましょう!?」
「どうするも何も!どうするんだ!?」

2人の動揺ぶりに大人しい小雪でさえ声をかけた。
「お、落ち着いて下さい!このままだと買われちゃいますよ…」
「そ、そうだ。すみません!それは売りません今のと交換して下さい!」
「売るのは今装備してる方です!」
「ん、売るんじゃなかったの?もしかして…知らなかったとか?」
それを言われると、2人は顔を赤くして目を逸らすしかなかった。

そして10分ほどして見積もりは終わった。
「さて…取り合えずこんなもんだよ。幻糸炉の値段も入れてるから。」
そう言って紙が渡される。
由宇羅は早速値切るべく交渉を始め、悠然はそれを苦笑いしながら見ていた。

そして苛烈を極めた交渉が終わり、何処となく不満そうな女性に声をかける者が1人。
「所で…と…といった物は作れますか?」
「…面白い事考えるね。それなら…を流用すれば…代金なんだけど…。」

*

「俺の所は修理に2日かかるって言われましたよ。」
「私の方は1日で終わるって。でもハウスのリフォームに2日かかるそうよ。」
工房から出ると、4人はお互いの情報を交換した。

「それじゃ丁度いいですね。どちらも2日間ですし。」
そうやって悠然が確認を取っている所に小雪が話しかけてくる。
「えっと…お兄さん、後で勉強教えてもらえますか?」
「え?…あ、あぁいいよ。教科書とかある?」
「はい、持ったままこっち来ちゃったので…。」
そうやってやり取りをしている悠然は何処となくうれしそうだった。
(小雪ちゃんが…小雪ちゃんが話しかけてくれた!)
…一応言っておくが、悠然に変な趣味はない。

「あ、なら私も。フローネさん歌術教えてもらえませんか?」
「えぇいいわよ。それじゃ暇な時にしましょうか。」
こちらはこちらで約束をしている。

「そうだ、こらから予定とかあるの?」
「一応あります。手紙配達を依頼されましたから。」
そう言って悠然はやたらと豪華な封筒を取りだす。
宛名には「アトリエクリス」と書かれている。

ちなみに手紙配達では当然たいした収入は得られない。
だが移動のついでに出来るので悠然達はこの依頼を好んで受けていた。

「クリスって…かなり有名な陶芸家じゃない。もしかして差出人って貴族とかその類?」
「なんか大金持ちみたいでしたけどそこまでは…。渡せば分かるとか言われましたけど。」
そう言うと一行は郊外のアトリエに向かって歩みんでいった。

*

郊外にあるアトリエクリスは、大小2つの建物と1つの釜があるだけのこじんまりとした所だった。
そして恐らくは母屋なのだろう大きい建物の前に一行はいた。

悠然はドアをノックしてから言う。
「すみませーん。手紙の配達でーす!」
だが返事はない。
「すみませーん!郵便でーす!!」
「五月蝿いよ若造。聞こえてるわい。」
と、横の釜の方から声が聞こえた。

そこには小柄だが背筋が伸びいる老婆がいる。
「あ、すみません。あなたがクリス様でしょうか?」
「そうだよ。ほら、手紙見せな。…ふぅん、またアイツかい。」

そう言うと手紙を読み始めてしまった。
悠然達は依頼も果たしたし、クリスも手紙を読んでいるので去ろうとした。
「あの…それじゃ私達はこれで…。」
「ちょっと待ちな。折角来たんだ。茶くらい出してやるよ。」
しかしクリスはそう言って悪戯っぽい笑顔を浮かべると、さっさと母屋に入ってしまう。

「陶芸家っていうから気難しい人かと思いましたけど、それほどでもなさそうですね。」
「そうか?俺はあの笑い方に嫌な感じがしたんだけど…。」
由宇羅と悠然はまったく違う物を感じたらしい。

「待たせるのもなんだし、早くいきましょうよ?」
「えっと…行っていいんですよね?」
「ごめんごめん、それじゃ行こうか。」
フローネと小雪の催促され、4人は母屋に入っていった。

*

「ほら、お茶だよ。…所で、お前さん達今引き受けた仕事あるかい?」
人数分の紅茶を出した所でクリスが言った。
「一応暇よ。2日間だけだけど。」
「でも今奏甲修理中でして…私達大した事出来ませんよ?」

「別に奏甲無しでもいいよ。やって貰いたいのは材料取りの時の荷物持ち兼護衛だから。」
そして詳しい内容を説明してきた。
なんでもクリスが作る陶器はこのあたりで採れるある石を原材料としていて、
それをすり潰して使うらしい。
その石があるのは町から歩いて1時間ほどの所だが、荷車の類は砂に車輪を取られて使えない。
だから荷物持ちを頼みたいとの事であり、護衛はあくまでもオマケだそうだ。

「なんならここに泊まってもいい。部屋は好きな所を使っていいから。」
「どうします?奏甲無しで出来る仕事なんてほとんどありませんし、
 宿代も無しでいいんですから私は賛成ですけど。」
「そうね。確かに悪い仕事じゃないわ。」
「いいんじゃないかと思います…。」
条件的にはなんの問題もないどころか、むしろ好条件の為3人は乗り気だ。

「なんでだろう?とてつもなく嫌な予感がするんだ…。」
1人そんな事を行っていたが、それに耳を貸す者はいなかった。

*

「おい婆さん…これはどういう事だ。」
「どうした若造。何か問題でもあったか?」
次の日、悠然は護身用のスタッフで体を支え、フラつきながら言った。
ちなみにこれはローザが持ってるような代物ではなく、あくまでも普通サイズの格闘用杖だ。

「問題も何も、なんで俺1人に60シュタイン近く持たせるんだよ!」
ちなみに1シュタイン≒1kgである。
「なんじゃ若造、嬢ちゃん達にそんな重いもん持たせるのか?
 男というのはそういう事はしないと聞いていたんだがのう…。」
そう言うクリスの顔は極めて楽しそうだ。
「それにしても限度があるだろ…。」

「文句ばっかり言って最近の若者は…。ついでじゃ、これも持て。」
「うあ゙あ゙あ゙っ!!?」
クリスはそう言いながら、楽しそうに悠然の背負う籠に石を放り込む。

それを心配そうに小雪は見ていた。
ちなみにフローネはアトリエに留守番で、由宇羅はクリスと同じく楽しそうに見ている。
「あの…クリスお婆ちゃん、流石に無理があるんじゃ…。」
(あぁ小雪ちゃん…救いは君だけだよ…。)

「大丈夫よ小雪ちゃん、悠然さんはあー見えて結構タフなんだから♪」
「由宇羅…流石に今回ばかりは殺意が沸いたぞ…。」
どうやらかなり切羽詰ってるらしい。
「え…で、でも。」
「いいんじゃよ嬢ちゃん、ほら暑いしさっさと帰って茶でも飲むとするよ。」

そう言うや否やずんずんと進んでしまう。
小雪はクリスに引きずられながら振り返った。
「えっと…ごめなさいっ!」
「パトラッシュ…僕もう駄目だよ。」
ここは極寒の教会ではなく灼熱の砂漠である。
「くわっかっか、働け若者よ。」
「奴隷か俺はぁっ!!」

「なら本当に奴隷になるかい?兄ちゃん。」
そこにいきなり赤の他人の声が聞こえる。
何時の間に現れたのか、3人の盗賊とおぼしき男達に囲まれていたのだ。

「くっ!…かた結び!?」
悠然は籠を外そうとしたが、紐はきつくかた結びされていた。
「悠然さん苛めようと細工したのが裏目に出ましたね…。」
「犯人はお前かぁっ!!」
急いで戻ってきた由宇羅の悔しそうな台詞に、悠然は絶叫するしかない。

「仕方ないねぇ。若造、それ貸しな。」
小雪と一緒に戻ってきたクリスは、そう言うと悠然のスタッフを奪う。
「おぁっ!?」
悠然はひっくり返ってしまったが、そんな事をクリスが気にする訳がない。

「かかってきな。まだまだ若いもんには負けないよ。」
盗賊達は一斉にクリスに斬り掛かるが、それをスタッフの薙ぎ払いで一蹴する。
そして続く動作で鳩尾を突き、あっさりと1人気絶させてしまった。
「本当にだらしないねぇ。それでも若者かい?」
クリスは普段と変わらない口調でそう言う。


「こ、このババア強ぇ!?…そうだ!アイツを人質にしろ!!」
1人がそう言って向かった先には、荷物が重くて起き上がれない悠然がいる。
「だっ、誰か助けてくれ!」
情けない事この上ない男である。
しかし、その間にもクリスは1人気絶させている。

「こっ、コイツがどうなってもいいのか!?身ぐるみ置いていかないとコイツを殺すぞ!」
「うぁっ!?刺さってる!刺さってるって!!」
悠然の首に当てたショートソードが少しだけ刺さっているが、
追い詰められた盗賊はそんな事を気にしない。

「ふぅ、片付いたね。それじゃ若造、石ちゃんと持って帰るんだよ。」
しかしクリスは由宇羅と小雪の首根っこを捕まえると、引きずりながら行ってしまう。
「ゆ、悠然さん放って行くんですか!?」
「えぇっ!?お兄さん助けないんですか!?」
「み、見捨てるのか婆さん!?」
「男なんだからそれ位どうにかしな。まぁ、死にはしないだろうよ。」
そして本当に行ってしまい、そこには悠然と盗賊だけが残された。

「…お前、金持ってるか?」
「…そんな金は無駄だからって、小遣いくれないんだ。」
「……その荷物は?」
「…陶磁器の材料だけど、今はその辺で拾える石。」
「………苦労してるな。」
そう言うと盗賊は悠然を起こしてやり、クリスが捨てていったスタッフを拾ってやる。
「あ、ありがとう…盗賊だけどいい人だなアンタ。」
「何、世の中とんでもなく、俺なんかより苦労してる奴がいるんだなって思ってな…。」

心底そう思ったのだろう、本気で同情の眼差しを向けている。
「俺もう盗賊からは足洗うよ。奏甲もなくなっちまってし、
 とうに歌姫にも愛想尽かされたし…ウェイターでもするか。」
そう言うと吹っ切れたのだろう、豪快に笑った。
悠然も笑いでもしないとやってられなくて、一緒に笑っていた。

*

悠然が元盗賊になった男、ケビンに手伝ってもらいながら町に帰るとすでに夕方になっていた。
「ありがとうケビン。次この町に着た時は絶対に会いに行くよ。」
「あぁ、その時は真人間になった俺を見せてやるぜ。」
そして2人は握手をし、別れる。
そこには女子供には分からない友情が、確かに存在していた。

*

「おぉ若造、やっと返ってきおったか。遅いぞ。」
膝をガクガクさせながら悠然が帰ると、ニヤニヤ笑うクリスが開口一番にそう言った。
「この真性サディストが…。」

「悠然さん!大丈夫でしたか!?」
「お兄さん!大丈夫!?」
「大丈夫だったみたいね…。よかったわ。」
クリスのあまりの言い方に一瞬本気でグレそうになった悠然だが、
3人の心配そうな声になんとか癒される。
「嗚呼…人の情けが身に染みる…。」

「そうだろうそうだろう。そんないい気持ちになれたんだ。礼の1つも言って欲しいもんだね。」
「ほざけ婆さん。あの後盗賊が情けかけてくれなかったら本当に奴隷にされてたぞ。」
荷物を降ろしながら悠然は悪態をつく。
とうの昔に「老人は敬うもの」なんて考えは銀河宇宙の果てである。

「所で婆さん、護衛はオマケだって言ってたろ?
 それなのに思いっきり盗賊出てきたし、オマケなんかじゃないだろが。」
…微妙にグレてしまってたらしい。言葉遣いが少々荒っぽくなっている。
「何言ってんだい。自分の身は自分で守れてたろう?だったらオマケじゃないか。」
そして「くわっかっか」と本当に楽しそうに笑う。
それに対して悠然は苦虫を噛んだような顔をするしかなかった。

*

「奏甲やられたら来な。死ぬまでこき使ってやるよ。」
「誰が来るか。そっちこそ死ぬ時は呼べ。全力で笑ってやるから。」
その次の日、一行は出発の日を迎えた。
悠然が時間を追う毎にグレているが、天候も良く出発には最高の天気だ。

「お世話になりました。ザンドカイズに着たら寄って行きますね。」
「クリスお婆ちゃん、元気でね…。」
「また来るわよ。それまで元気でいてね。」
「何時でも来な。美味い茶を飲ませてやるよ。」
「…なんでこうも態度が違うんだ。」
3人とクリスは別れを名残惜しそうにしている。

そして一行はザンドカイズを後にした。
「悠然さん、これから何処に行くんですか?」
「北は戦場だし、南に行こうかと思うんだ。どうかな?」
「それが妥当ね。わざわざ戦場に飛び込むなんて馬鹿みたいだし。」
「なら目的地はファゴッツランドだな。それじゃ行こうか。」
2機の奏甲は砂漠に延々と足跡を付けていく。
その向かう先には何も見えないが、その足取りは決して重いものではなかった。



後書き

何故でしょう?
一気に今までの1.5倍の長さになってます。
ネタが思いつき過ぎるのも困り者ですね〜纏まりが無くなってしまいます。

さて、クリス婆さんとケビンは一回しか出てこないキャラです。
彼らはこれからもザンドカイズにいます。
クリス婆さんはあの調子で変わる事無く陶器を焼き、
ケビンは本当に食堂のウェイターになってます。
もしザンドカイズを舞台にした話を書く時は是非出してあげて下さい。
特にケビン、クロスで出してくれたアナタの設定がオフシャルになります。(笑

あ、それと古代幻糸炉つまりエシェントドライブですけど、
これは現世騎士団がガイスト・シュロスから発掘した物です。
あそこは古戦場でクロイツまであったんですから、これ位はあっても当然でしょう。
そして現世騎士団のエースであったゴルド氏に優先配備されてた訳ですな。

どんどん駄文化が進んでいるような気がしますが、これからも書いていきますよ〜。
それでは、また〜。


オマケ

「悠然さん、これは一体どういう事ですか♪」
由宇羅は満面の笑顔で一枚の紙を突きつける。
それには「ナックルガード及びシャットアウトシステムの
制作及び取付け費請求書」と書かれていた。

「え〜っと…俺が考えた奴だけどスクラップ流用して格安で作ってくれるって言うから…。」
「言い訳は結構です。ただでさえ赤字でお金少ないのに、一体どういうおつもりですか?」
その笑顔の裏には殺気が渦巻き、そのせいか微妙にこめかみが引きつっている。

悠然はそれを見て「やっぱ相談するべきだったなぁ…」などと思ったが、
そんな事は今更なので正直に喋る。
「その…これリバースを遮断するシステムなんだ。ほら、いつもリバースが辛そうだからつい…。」

それを聞き、不覚にも由宇羅は呆然としてしまった。
そしていかにも「仕方ない」といった風に話す。
「え?…そ、そういう事なら仕方ありませんね。でももう勝手な事はしないで下さいよ?」
一応釘を刺しこそしたがその由宇羅の顔は赤く、何処かうれしそうであった。

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