ドゴォン!!
ズゴゴゴゴゴ…
「突撃ーーっ!!」
悠然の声も聞き取れないほどの轟音に紛れ、鋼鉄の巨人達は走り出した。


悠然なる旅路 ストーリー8『暴走!巨大奏甲!!』


数時間前…

「え、盗賊のアジトの裏って崖の下にあるんですか?」
「そうなんですよ。昔はそんなのない普通の砦だったらしいんですが、
 火山活動が原因で裏に山が出来て、
 追い討ちをかけるように200年前奇声蟲に襲われ破棄されたんだそうです」
あと数時間で盗賊団のアジトに着くという所でラウドはそんな事を思い出していた。
少々…いや、かなり遅いその発言に悠然はげんなりした顔をし、言った。
「そういう事は早く言って下さいって…。まぁそれは置いとくとして使えますね。
 崖の上から襲撃すればあっという間に…」
「それが無理で、高さ50mもある上に脆くて、奏甲が乗ったら崩れてしまうんです。
 その砦が未だに廃棄されたままなのも、いつ崖が崩れるか分からないからだそうですし。
 第一出来るのなら私たちがやってますよ」
「は、ははは…」
ラウドの当然という態度に対し、悠然は冷や汗かきながら愛想笑いで誤魔化すしかなかった。

「でもなんかに使えそうですよね。う〜ん…わざと崖崩して敵を撹乱させたら、闘いやすくなるかな」
「それも私達も考えましたけど…どうやってするんです?
 生身で爆弾仕掛けに行くにしても普通気づかれますよ」
「リーゼの大砲で榴弾打ち込みましょう。
 奏甲が一機乗って崩れるような脆い地盤ならそれで十二分だと思います」
「でも昨日、リーゼは戦力から外すと…」
「人殺しをさせない為に奏甲と戦闘させないだけです。
 ちなみに…砦と崖はどれくらい離れてるんですか?」
「えっと…10mほどしか離れてませんね」
「砦巻き込む訳には行きませんから、2〜30m離れた場所を崩しましょう。そういう訳で…」

悠然は由宇羅にローザリーゼと繋がせると、ラウドとの会話の内容を簡単に伝える。
「そう…分かったわ。砦巻き込まないように気をつけて崖に122mmを打ち込めばいいのね?」
「えぇ、それで十分です。その後は予定通り歌姫の護衛をお願いします」
「一番危険なのは悠然君達だけどね…。絶対に、死なないように。小雪泣かせたら許さないわよ?」
「分かってますって。俺自身死にたくないですから」
「ならいいわ。ガンバ!」
そうして打ち合わせを終えた時には、砦と丘一つ挟んだ場所に着いていた。
ここから先は砦から一望できるので、気づかれずに近寄れるのはここまでなのだ。

*

「歌姫は全員コンテナハウスに入ってください!……って、由宇羅、もしかして乗ったままでいる気か?」
コンテナハウスに歌姫を移動させ陣地の変わりにしても、ローザから動こうとしない由宇羅に行くように促す。
「え?私も?」
「今回はいつもの蟲退治とは違うから、少しでも軽くしておきたいんだ。
 そういう訳でこれ部屋に置いといてくれ」
言いながらコクピットに置いてた荷物を全部由宇羅に手渡す。
普段なら文句を言うし、今も言いたかったのだが、これから起きる本格的な対奏甲戦に緊張した表情に、
大人しく引き下がりコンテナハウスに入っていった。
「さて…フローネさん以外全員コンテナに入ったかな。それでは、行きますよ」
「「「「了解です」」」」
悠然の真面目な声に、ヘイム達4人も返事が固くなる。
「っていうか、なんで俺が指揮執ってるんですか…」
「それはもちろん、一番の実戦経験者だからですよ」
「指揮能力ならヘイムさんの方が高いと思いますけど…」
「でも今回の作戦決めたのは悠然さんですし」
「結局そうなる訳…はぁ」
そうこうしてる間に、ついにリーゼの122mm砲が火を噴いた。

*

そして冒頭に戻る。
見事に砦に後ろにある崖は崩壊し、数百m先にある砦を砂煙で覆い隠している。
崖崩れの轟音に耳を、砂煙に目を塞がれた盗賊達が突撃してくる5機の絶対奏甲に気づいた時、
距離はすでに200mを切ろうとしていた。
運良く周辺の偵察に出ようと準備を終えていた1機づつのプルファ・ケーファと
シャルラッハロートVが慌てて出撃し、ついに戦いの火蓋が切って落とされた。

「(2機だけか…よし!)」
こんなに早く敵奏甲が出てきたのは予想外だが、それでも敵の浮き足立った挙動に
悠然はほぼ奇襲が成功した事を確信し、勢いを増しながら敵機に近づいていく。
「うらあぁぁぁぁぁっ!!」
ローザは突撃の勢いそのままにケーファにショルダータックルを決め、
その圧倒的な質量と運動エネルギーにケーファは抵抗さえ許されずに吹き飛ばされる。
そして横からから切りかかってきたシャルVの剣を棍棒で受け止めた。
「目標、ケーファ!撃てーっ!!」
脚力の問題でローザに遅れる事数秒、突入してきた4機のビリオーンは
起き上がろうとするケーファをサブマシンガンの集中砲火でスクラップにする。
そしてローザと鍔迫り合いをするシャルVを背中から斬りつけ、大破させた。

出撃した盗賊の奏甲を殲滅した5機の絶対奏甲は、砦の奏甲出入り口の前に集まった。
そしてヘイムはビリオーン2機に敵が乗る前に砦に残る奏甲を蜂の巣にするように命じる。
「意外とあっけなかったですね」
「そうですね。けど、ラウドみたいに足引っ張るのがいなければこんなもんでしょう」
砦に入ったビリオーンからの奏甲破壊報告を聞きながら、ヘイムはその台詞に対し苦笑いだけで答える。
「んで、デチューンしたビリオーンはどうです?」
「いい感じです。じゃじゃ馬感がさっぱりと消えました」
とその時、砦の中で激しい銃撃音が一瞬聞こえ、

ズゴォン!

ボロボロになったビリオーン2機が砦の入り口から吐き出された。

*

「えっ!?」
「なんで…コイツが…」
砦の入り口で悠然と立つのは黄金色に輝く人馬型奏甲―マリーエングランツ―だった。
ヘイム達は固まっているが、とにかく敵だと判断した悠然はブーメランアクスをマリーに投げ放つ。
が、マリーは跳びあがりそれを避けるとヘイムのビリオーンとローザの間に着地し、
ローザを斬りつけ、ビリオーンを後ろ足で蹴り飛ばした。
「ぐっ…!」
「がぁぁっ!」
ヘイムはコクピットに蹄の跡を付けられ気絶し、ローザはなんとか棍棒を盾にして防いだが
「!?」
太さが奏甲の腕ほどもある棍棒がたった一振りで両断された。
そして続く蹴りで崖に叩きつけられ、崩れてきたた土砂に左半身を埋めらてしまった。
「な!?くそっ!!」
何の反応も無いビリオーンと土砂から出れない上に銃を持たないローザをマリーは無視し、
残る1機のビリオーンに襲い掛かり乱射される銃弾を避けながら一刀の元に切り伏せた。

「くそっ、なんで盗賊なんかがアレ調律出来んだよ!」
それはありえない事だ。
各奏甲はコンダクターと歌姫のペアそれぞれに合わせて調律されている。
とりわけマリーは高級機の華色奏甲であり、通常よりも調律は難しい。
それがなければ絶対奏甲は本来の性能を発揮できず、当然あのような動きは不可能。
そんな技術を持つ人間がいる所は工房など限られた場所だけで、ましてやただの盗賊風情に可能な事ではない。

「フローネさん!作戦失敗、歌姫連れて逃げてください!」
「(私もそう言ってるけど、小雪が反応してくれないわ!完全に固まってる!)」
「い゙い゙!?」
由宇羅をして悲痛な叫びが届く。
たった1機で5機もの奏甲を倒した黄金の奏甲は、幼い少女を動けなくさせるには十二分過ぎる威圧感だったらしい。
「(ちょっと、小雪!小雪!!)」
「あ……あ…」
フローネはケーブルを伝い頭に直接話し掛けるが、それでも小雪は反応しない。
せめてもの救いは丘の向こうにリーゼがいる為にマリーはその存在に気付いてない事だった。

これで敵はすべて倒したと判断したのだろう、土砂から出れないものの
未だ稼動しているローザに止めを刺さんと勝者の余裕かマリーがゆっくりと歩み寄ってくる。
「げ。まず!」
なんとか脱出しようともがくが、胸の半ばまで埋まった半身は抜ける気配さえ見せず、コクピットも開かなかった。
「くっ…来んなーっ!」
叫び手ごろな石を唯一動く右手で投げつけるが、当然そんな事は無意味だ。
煩わしそうに石を剣で弾きながら、ついにマリーはローザの目の前まで来た。
そして剣を振り上げたその時、




小雪の恐怖が臨界点を超えた。




*

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

ズゴォォン!ズゴォォン!
ズドドドドドドド…

突如としてリーゼは122mm砲を乱射しながら全力疾走を始めた。
「(ちょ…小雪ーーーっ!?)」
フローネの叫びでも暴走リーゼは止まらない。
まったく、歌うの止めるだけで止まるのというのに。
どうやらいきなりの事態にそこまで頭が回らないらしい。

乱射された122mm砲弾は次々と崖に当たり、先ほどとは比較にならない崖崩れを起こす。
その崖崩れは砦はもちろんの事、マリーにまで襲いかかった。
マリーはリーゼの人質がいる砦まで平気で崖崩れに巻き込ませるその行動に一瞬恐怖し、
その一瞬が命取りとなり土砂から逃げ切れず下半身が完全に埋没した。
そしてマリーの目前まで来たリーゼは後ろ足立ちになり、

「「「「「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」」

床を転がる羽目になった歌姫達を無視してマリーを踏み潰した。

*

それから数分後、ヘイムは目を覚ました。
あぁ、自分はやられたんだなと頭の片隅で思いながら奏甲を起動させ周りを見回すと、
マリーの両肩を踏み潰しているリーゼと砦の屋上で振られる白旗が見える。
何故か崖が先ほど以上に崩れ、砦が半分近く埋没しているのだがこれはいったいどうなっているのだろう?
「あの…何がどうなってるんですか?」
「あー、なんでもないのよ、うん。ただ小雪が大暴れしただけだから」
フローネが何処と無く力ない声で返事を返してきた。
何故あくまでも後衛であり歌姫の陣地であるリーゼが前線で戦ってるのか、
何故砦の屋上で白旗を振る盗賊達の歌姫と思われる女性たちがリーゼを恐怖の視線で見ているのか、
何故自分の歌姫が気絶してるのかなど疑問は尽きないが、とりあえず聞かない事にした。
なんだか怖い解答が帰ってきそうな気がしたのだ。

「えっと、それじゃ盗賊の皆さん最低限の安全は保障しますから人質を解放し武装解除して下さい。軍に引渡しますので」
そのヘイムの一言で盗賊達はやっと安心した顔をし、喜んで人質を解放した。
ヘイムは何かが足りないような違和感に襲われながらも、なんとか歩ける程度の損傷だったビリオーン達を動かさせ
4人のコンダクターと元工房の整備員と名乗る歌姫達を拘束した。

結局、コンテナハウスで気絶していた歌姫達が目を覚ますまで、
何故か彼らは盗賊達を最も恐怖させた要因、足りない何かに気付く事はなかった。


ストーリー8END



後書き

はい、シリアスの予定が小雪ちゃんの暴走に影響され、そうでなくなってしまったストーリー8でした。
今回は高級機であるマリーとリーゼに活躍させる為の話のようなものです。
だって、どちらも超高性能機なのに片方は子供、片方はヒョロっちい優男が操縦してるせいで
全然その真価を発揮してないじゃないですか。
まぁリーゼはマシにしてもマリーなんかは目も当てられないような状態でしたし。
という訳で今回はマリー&リーゼ大暴れの巻になったのです。

次こそは…次こそはシリアス書くぞーーっ!!




おまけ「足りない何かはその時」


「由宇羅ーっ!由宇羅、頼むから返事くれーーっ!!」
リーゼの暴走のせいで完全に埋められたローザの中、歌姫気絶の影響で幻糸炉も停止して
何も聞こえない何も見えないという感覚剥奪室のようなコクピットで悠然は叫んでいた。
これでは完全に生き埋めであり、迫る死の恐怖は悠然をどんどん追い詰めていく。

その後なんとか掘り出された時、悠然は恐怖と酸素欠乏によるチアノーゼで幼児退行を起こしかけていたとかいなかったとか。

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