「悠然さーん、小雪ちゃん起こしてきてくれます?」 「小雪ちゃんが寝坊なんて珍しいなー…。おっけ〜っ」 「悠然君、可愛いからって悪戯しちゃ駄目よ?」 「やだなぁ、しませんって〜」 ラウド達を救出してから数日。あの後ヘイムは、ボロボロの上に武器すら失ったローザを見て、謝礼に失われたローザの武器の代用品を追加すると言い出した。悠然達からしても、あのスタッフのような大型の武器は高価なのでその好意に甘える事にし、近くの町で武器が届くまで勉強や歌の練習をしつつのんびりしていた。 コンコン… 「入るよー」 穏やかな日光が降り注ぐベットの上で、悠然のノックや声にも気付かず小雪はすぅすぅと気持ち良さそうに寝ている。なんとも可愛らしい、青地に白兎の模様のパジャマだ。悠然もそのよく似合った服に、微笑みを隠せない。 「小雪ちゃん、朝だよ〜」 ベッドサイドで軽く声をかけてみるが、起きる気配はない。寝る時間が遅かったのか、机のランプはまだほんのり暖かかった。 「本当は寝かせておいてあげたいんだけど…メシ冷めちゃうしな、うん」 あまりに気持ちよさそうな寝顔に起こす事に罪悪感が芽生えたが、そうして一通り言い訳をすると、悠然は小雪の肩を掴んで揺さぶり始めた。…が、起きない。 「んー、困ったなぁ…」 とそこで、止めればいいのにさっきフローネに言われた一言を悠然は思い出した。 『悠然君、可愛いからって悪戯しちゃ駄目よ?』 「ふむ…」 いったん思いついてしまうと、やりたくなってしまうのが人間の悲しい性。悠然も小雪の柔らかそうな頬を見てるとなんだかやりたくなってきてしまった。 「小雪ちゃーん…起きないと悪戯しちゃうよー…」 罪悪感からか気の小ささ故か、それは非常に小さな小さな声だった。当然それくらいでは起きない。 「起きない、な。それじゃ…」 ぷに 「おぉー、やわらけ…」 ぷにぷにぷに… 誘惑に負け、悠然は小雪の頬を突付き始めた。それはそれは楽しそうに。が… 「悠然君、楽しそうね?」 背後からかけられた声に、悠然は凍りついた。 「あいたたた…ちょっとは手加減して下さいよ」 「寝れる乙女に悪戯してたんだから、当然よ。粛清に歌術使わなかっただけでも感謝して欲しいわね」 悠然はその後、乙女の部屋の必需品(らしい)であるハンマーで軽く粛清され、悶え苦しんでいる間に小雪は起こされた。そのままわざわざ歌術で部屋から放り出されたあげく、朝食抜きの刑である。 「もう、せっかく作った朝食が台無しじゃないですか。勿体無いので…」 「え?食ってい…」 「お昼ご飯に食べて下さいね♪」 「…はい」 愚痴る由宇羅の一言に一縷の希望を見出すも、すぐに絶望に塗り替えられ、そんな様子を由宇羅とフローネは楽しげに、小雪は流石に可哀想に眺めている。この家においては、どこまでも女性が権力を握っているのである。ただ悠然が女性に逆らえないだけとも言うが。 「でも、それじゃ由宇羅達は昼どうするんだよ?」 「決まってるじゃないですか。私達は、出来立てで、暖かくて、美味しいお昼ご飯をいただきますよ。悠然さんは、今作った、冷めてる、不味くなった朝食の残りです♪」 「お…お兄さん、元気出してね?」 由宇羅の更なる追い討ちによる悠然の消沈ぶりに、寝てる間に悪戯されたという恥ずかしさを差し引いても同情を禁じえない小雪であった。 * 悠然は悲鳴を上げる胃を抑えながら、小雪との勉強会を始めた。小雪は学校の帰りにアーカイアに来てしまったので、教科書の類を全て持っていた。その為に、ここ数日のように特にする事もない時は勉強する事が習慣化し、分からない所は悠然に聞くようになっていたのだ。ちなみに後ろの方では由宇羅がフローネという教師の下、歌の練習に勤しんでいる。 「それじゃ、勉強でもしようか…。えぇっと、昨日はどこまでしたっけ」 「えっと、233ページ…ここ、です」 「確か、この前社会や国語は終わってたよね。数学も残り少ないなぁ…。所で、今更だけど小雪ちゃんの学校って進学校だったの?普通、数学は中学校からだったと思うんだけど…」 アーカイアに来る前は浪人生だった悠然にとって、もはや小中学校の頃の記憶などあやふやであるが、それでも小学5年生である小雪が数学の教科書を持っている事には激しい違和感があった。普通は算数じゃなかったっけ?という疑問が頭から離れないのだ。 「うんと…付属だったから外に出る子は少ないみたいだけど、でも学力の高さも売りにしてたみたいだから…」 「(あぁなるほど…。この子は将来麗しき女子高に群生する高嶺の花になるはずだったんだなぁ…)」 そんな答えに、悠然は公立の中学出身の自分との違いをありありと感じ、そんな事を思った。これが私立一貫校か、と。 「んじゃま、今日中に終わらせるくらいの勢いでやっちゃおっか。いつもどおり、分からない所や説明が欲しい時は言ってね」 「うんっ」 そんな穏やかな午前の勉強会。悠然はここ数日の平穏に、やっぱり自分にはこういう緩やかな日常が向いていると思った。 そして午後。暖かい昼食を食べる三人の前でただ一人冷たい食事を食べるという苦行の後、お茶で一服すると早速歌の練習を始める由宇羅とフローネを横目に見ながら悠然と小雪は途方にくれていた。 「…いやはや、本当に終わっちゃうとはね」 「です…」 そう、午前に抱負として言った「今日中に終わらせる」というのを本当に実行してしまったのだ。すでに勉強に教科書は全滅している。もう、何をしても復習になってしまうのである。 「んー…小雪ちゃんはどうしたい?正直な所、小雪ちゃん復習まできちんとしてるから復習の必要はほとんどないと思うんだけど」 「どうしよう…」 と、そこでフローネが声をかけてきた。 「あら、教科書が終わっちゃったなら新しいの買ってくればいいじゃない。なんでも現世の本と同じのを作ってる人達がいるそうよ」 「え?本当ですか?」 「えぇ、昨日由宇羅ちゃんと買い物に行った時にそんな噂を聞いたの。本当っぽかったけど…ねぇ、由宇羅ちゃん?」 「確かにそんな噂してる人達がいましたね。市場の外れに店構えてるって聞こえました」 更に話を聞いてみると、どうやら基本的には現世人向けだが、現世の学問を勉強したいアーカイア人なども販売対象とした店らしい。それなら行く価値があるかもしれない。悠然はそう思い、ちらっと小雪の顔を見ると小雪も行きたそうな顔をしている。 「それじゃ、行ってみよっか?」 「うんっ。…あ、でも…」 「大丈夫大丈夫。そういう訳で由宇羅、はい」 「…なんですか?その手は?」 「決まってるだろ?きょ・う・か・しょ・だ・い。俺がそんな支出に耐えられる訳ないだろうに」 「偉そうに言わないで下さい…。ま、仕方ありませんね」 そう言うと、由宇羅は悠然の手のひらに少し大目のお金を置いた。 「いやー…市場って、こうして見てみるといろんなもんがあるんだねぇ」 「うん、そうだね。あっ、これ何かな?」 「んー…?何だろ。なんか、どっかで見たよーな気がするけど…」 早速2人は市場に繰り出し、目的の店を探しながら適当な店の冷やかしなどしていた。店の軒先にはありとあらゆる物が陳列され、店主が道行く人々に声をかけている。その独特の雰囲気に当てられたのか、2人でお買い物という状況の当てられたのか、小雪はいつにかく活発だった。 「ヒェッヒェッヒェッ。それはね、奇声蟲の殻で作った甲冑だよお嬢ちゃん。ハッタリ効かせたい英雄様がこぞって買っていくのさ。兄さんも1つどうだい?」 「げ…」 「〜っ!」 その忌むべき材料を聞いた途端、2人はパッと手を離し、小雪にいたっては悠然の後ろに隠れてしまった。奥から出てきたそこの店主は、喋り方に相応しくまさに魔女といった風体だった。 「い、いや…俺はそういうハッタリはあんまり…。それに、なんか蟲化が進行しそうで嫌ですし…」 「それじゃあ、この幻糸結晶製の短剣なんてどうだい?これを持ってればたちまち歌術が上手になる貴重品だよ。ただ、今までの持ち主が軒並み怪死してるけどねぇ。ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッ」 「お、お兄さん。行こうっ!」 店主の異様な雰囲気に耐えられなくなったのだろう。小雪は珍しい積極さでもって悠然の腕を掴むとずんずんと進みだした。店主はそれをさして気にするでもなく手を振りながら言った。 「今度来る時は何か買っていっとくれー。ヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッヒェッ」 そんなこんなで時には小雪の物欲しそうな視線をなんとかこらえ、時には小雪が嫌がるので見たい物を渋々諦め、時には綺麗な女性を見ててそれを小雪に「何見てるの?」と聞かれ困ったりしながら、悠然は小雪と共に市場を回った。 「見つからないねぇ本屋。もしかして、本当に噂だけだったとか?」 「お、お姉ちゃん達があれだけ本当みたいって言ってたんだし、そんな事はないと思うけど…」 そう言いながらも、小雪はやはりどこか自信さなげだった。 「しゃーない、ウィンドゥショッピングしながら探すのもいいけどそこらの人に聞いてみるとしますか」 「う、うん…それで、どの人に聞くの?」 悠然は取りあえず近くを一通り見回し、人がよさ気でなおかつ綺麗もしくは可愛い女性を探した。 「お、あの人なんて快く答えてくれそうじゃないかな?」 と、悠然が指差した先にはだいたい18歳くらいだろうか?悠然と同年代で見るからにお人よし〜な雰囲気を撒き散らしているどちらかというと可愛い系の女性がいた。 「うん、いいんじゃないかな?」 「それじゃ…って、実は女性に声かけるなんて初めてなんだよね。どう声かけたらいいかな?」 「道聞くだけだし、普通でいいと思うよ…」 そこでそういう事を言う悠然に、小雪は多少苦笑いしながら答えた。正直11歳の少女に聞く内容ではない。どうしても情けなさが台詞のあちこちに漂ってしまう悠然に、さしもの小雪もフォローしきれないようだ。 「そ、それもそっか。んじゃ…お姉さん、ちょっと聞きたい事があるんですがいいですか?」 「あら〜、なんですか〜?」 「この辺に、現世の本を置いてる店があるって聞いて来たんですが、知りませんか?」 「現世の本〜…?あ、あれかな?「完全自殺マニ○アル」とか「ザ・殺○術」とか置いてあった店かな〜?」 「何故にそんなピンポイントに怪しい本が…」 さらっと出てきた本のあまりなタイトルに、できれば違う店であった欲しい、と2人は切実に思った。しかし、とにかくその店に現世の本が置いてあるのは間違いなさそうな以上無視する訳にもいかず、何故か眩暈を感じつつ聞く事にした。 「た、多分その店です…。それで、その店は何処に?」 「それなら〜、そこのお店とお店の間を入って〜、お店三件分進んで〜、右に行った所にある裏道にありますよ〜」 「ね、ねぇ…そんな怪しい場所で、本当に合ってるのかな…?」 「さ、さぁ…?」 置いてる本以上に怪しい店の在り処に、やっぱり違うんじゃないかな、と思わずにはいられない悠然であった。 「…怪しいな、さっきの店以上に」 「う…うん…」 よく見ると道を聞いた女性は、手に「明るい拷問解説書−玄人編−(アーカイア語版)」などという世にも恐ろしい本を持ってたので、2人は女性と別れるや否や逃げ出すように教えられた道を進んだ。すると、確かにアーカイア語に訳された現世の本を置いている店があった。奥からは、活字印刷の機械でもあるのか機械の作動音が聞こえる。ただし店構えは明らかに一見さんお断りという雰囲気全開で、しかも薄暗いというレベルを明らかに超えた暗さだった。 「…ま、とにかく入ってみよう!」 「で、でも…っ」 「いいかい小雪ちゃん…ここしかそれらしい店がない以上、行くしかないんだ!」 「う…うんっ!」 自分を無理やり奮い立たせる為であるのだが、悠然の無意味なまでの勢いと迫力に小雪はつい頷いた…いや、頷かされた。それを確認すると即、勢いが無くなる前に小雪を引きずるようにして店の中に入っていく。そして店の空気に呑まれる前に現世人の店主に尋ねた。 「すみません、ここに現世の教科書はありますか!」 店主は、悠然の勢いに何かと思いつつ店の更に奥を指差した。 「そういうのは、そっちの方にあるぞ」 「どうも!」 この店の更に奥に行くのは流石に勢いをもっても抵抗があったが、ここまで来たら最早引けない!と、更に小雪をひきずり悠然は奥に向かった。 「って、あれ?」 「え…?」 が、そこにあるのは普通な本屋だった。怪しい雰囲気も特になく、薄暗くもない。表に出てみると、確かに太い道ではないが十分に表の道で通じる場所だった。どうやらさっきのは店の構造的にも内容的にも裏側だったらしい。 「…なんだろう、すげーやるせない気分だ。」 「気が抜けちゃった…」 内心さきほどの女性に、変な入り口を教えるなーっ!と叫びつつ、元々本好き2人は久々の本屋を楽しみ、そして手ごろな教科書を買った。 「「ただいまー」」 「お帰りなさい2人共。どうだった?」 「ばっちし。ちゃんと買えましたよ。ね?」 「うんっ、アーカイア語のだからお姉ちゃん達も読めるよ」 一通り本屋の中を散策し教科書を買ってから買えると、もう夕方になっていた。台所では由宇羅が夕飯の準備を始めている。小雪は手に入った教科書が満足いく物だったようで、ご機嫌だ。 「あ、そうそう。さっき工房から人が来て、荷物が届いたって言ってたわよ。明日からは仕事再開ね」 「本当ですか?どんなんだろ、楽しみだな…。明日朝一で工房に行ってきます」 「ちょっと待ってよ。私達もまだどんなのか見てないの。だから、皆で行きましょう?」 ちなみに、悠然はその夜よほど嬉しかったのかなかなか眠れなかったらしい。朝、目のしたに薄くではあるがクマを作っていた悠然はいつものようにからかわれていた。 あ・と・が・き どうも、ほんっとうに久々の新作となります。いやぁ、まで実は先日大学受験していたんですよ。つらい戦いでした…。なんとか、補欠ながらも大学に合格。やっと心置きなくSSが書けるようになりました。 つー訳で、前にチャットでアンケート取ったら誰メインがいいかで小雪が1位になったので、そういうSSでした。いやーじゃはっはっは、そういう訳で、俺はロリコンないですよー。信じてお願い…。 次の主役は、届いた武器とローザになります。後編を楽しみにしてくれる方がいるかは微妙っていうか疑問ですが、頑張りま〜す。 |