いつもとは少し変わった一日、今日はよく晴れた日だった。
カーテンから漏れる光が栞の顔を照らす。
（もう……朝ですか……）
栞はベッドの上でまず上半身だけを起こし、伸びを一つする。
とりあえず着替えようとベッドを降りようとし、そこであることに気づく。
（ミルムちゃんがいませんね……）
ミルム・フォーレ
ザナウ達がある依頼で隣町の調査を行ったとき、町に一人だけ残されていた少女、
今はザナウ達と共にセレナの宿に住んでいる。
部屋が狭いため、寝る場所を確保できないので栞と一緒にベッドで寝ている。
ちなみにザナウは隣の部屋のソファーだ。
（トイレでしょうか？）
栞は少し考え込んだ後、思い出したように着替える。
「今日こそは普通に起こしてみせます……！」
栞の朝はザナウを起こす事から始める。
起こしてもらうだけでも感謝もののはずなのに、起こされても二度寝し始めるのだ。
「ザナウさんは贅沢です……」
栞はそう言った後ドアノブを握り
「はぁ……ふぅ……」
深呼吸を一つ。
そして
「ザナウさん！　おはようございます！」
ドアを一気に開けた後、大声で挨拶をする。
「おう栞、おはよ〜」
「お姉ちゃんおはよ」
台所から二人に挨拶を返される。
「え？」
 
『成長する翼　〜前編〜』
 
「何でザナウさんが普通に起きてるんですか！？」
栞は信じられないものでも見たように言う。
「うわ、普通に失礼なこと言われた！」
ザナウは野菜炒めを皿に盛り付けながらツッコミをいれる。
「しかも料理ですか！？」
「何か問題でもあるか……？」
「大ありです！！」
「きっぱりと言われた……お兄ちゃん悲しい！」
ザナウはその場で目を押さえながら崩れ落ちる。
「お兄ちゃんかわいそう……」
「あ〜もうなにがなんだか！！」
 
騒がしいのはいつも通りだった。
 
それから数分後、ザナウ達は食卓についていた。
「で、どうしてザナウさんは起きてたんです？」
その言葉にザナウは少し顔をしかめた。
「そんなに俺が起きてちゃまずいかよ……」
「まずいと言うより奇跡なんです」
「やけに規模が大きいなぁおい！！」
ザナウは机に手を叩きつけ
「〜〜〜〜〜〜！！」
手をさすり始めた、痛かったようだ。
「話が進みませんね……」
「ミルムだよ……」
ザナウは手をさすりながら言う。
「ミルムが起こしてくれた」
栞はミルムの方を見て
「本当ですか？」
と訊く。
その質問に、ミルムは頭を縦に振ることで答えた。
真相に栞は少しビックリした顔をする。
「どうやってこの永眠男を起こしたんですか？」
「栞君、君とは後で話し合う必要性があるようだね」
無視する。
「やっぱり打撃ですか？」
ミルムは頭を横に振る。
「じゃあどうやって……？」
「『お兄ちゃん、朝だよ』って言ったら急に床を転がり始めた……」
栞はザナウの方を向く。
しかしザナウはそっぽを向いていた。
（この人は……）
「起き上がった時、なんて言ってました？」
「『寝てるときは心臓に悪いから、起きてる時にしてくれ』って言ってた」
（私の時は禁止されたのに……）
「ミルムは栞と違って起こし方が優しいなぁ……」
言いながらミルムの頭を撫でる。
「ん……」
ミルムはそれを嬉しそうに受ける。
（むっ……）
栞は少し腹を立てるが、すぐに冷静になる。
（ザナウさんの悪口は今に始まった事でありませんしね……）
「さて、いい加減冷めるから食うか」
テーブルの上には先程より湯気の勢いが減った野菜炒めとご飯が並べられていた。
「これ……ザナウさんが作ったんですよね？」
控えめに訊く。
「？　さっき見ただろ？」
「そうですけど……」
野菜炒めは見た目は大丈夫だが
「味……大丈夫なんですか？」
「君は一体どこまで失礼なのかなぁ？」
「ですが……」
まだ疑いの眼差しで野菜炒めを見る。
「いらないなら俺が食う、てか食わせろ！」
ザナウは栞の分の野菜炒めを取り上げようとする。
「あ〜！　すいませんすいません！　食べさせていただきます！」
「ご飯は２杯希望だちくしょう！！」
「それは無理です」
ザナウは部屋の隅で落ち込み始める。
（本当にこれ大丈夫なんでしょうか……？）
栞は野菜炒めを恐る恐る口に運ぶ。
「あっ、少し味が濃いけど普通においしい……」
「まだ疑ってたんかい！！」
部屋の隅から突っ込む。
「すみません……でも本当においしいです」
「そうかいそうかい、俺は心底傷ついたよ」
そう言いながら席に戻り、食事を始める。
「うまいか〜？」
ザナウはのんびりとミルムに訊く。
「うん！」
ミルムは元気に答える。
「そうかそうか、少し癒されたよ」
「何か含んでませんでした……？」
「そう思えるならもうちょっとオブラートに包め」
「嫌です、事実じゃないですか」
「直球すぎ！！」
「素直と言ってください」
「ミルムはあんな風に育つなよ……？」
ザナウは目元を押さえながらミルムに語りかける。
「え……っと」
ミルムは何て言ったらいいかわからなそうな顔をした。
 
「さて、そろそろルスフォンさんの所に行くか……」
食事を終えてから少したった後、ザナウは隣町の工房へ向かう準備をし始める。
「この町でも十分整備は出来ると思いますが？」
台所で食事に使った食器の片づけをしていた栞がそのままの姿勢で訊いてくる。
「忘れたか？　セフィーは特殊な奏甲だぞ」
「それはそうですけど……整備に必要な資料は渡したはずですよ？」
「ここの設備じゃ作るのに時間が掛かりそうな部品もあるしな。
　それに、この前のソードさんとの戦闘と奇声蟲との戦闘でいろいろ問題が出てな……」
ザナウは複雑な顔をする。
「まだ改造したりないんですか？」
「この世に完璧なんてないよ、ほれ栞も準備したまえ」
「相変わらず人使いが荒いですね……」
そう言いながらも準備をし始める。
準備を終えたザナウはリュックを背負う。
ふと隣を見ると何故か目を輝かせているミルムがいた。
ザナウは少し考え込む。
「……ミルムも行くか？」
「うん！」
予想通りの返事にザナウはため息をついた。
 
「おっ、お出かけかい？　ザナウ」
朝食の込む時間を過ぎて余裕が出たのか、セレナはテーブルを拭いていた。
「おはようございます」
「セレナおばさん、おはようございます」
「おはよう。お」
ツカカカカッ！！
ザナウの後ろの柱に包丁が５本突き刺さる。
「ひゃ！」
ミルムは小さな悲鳴を上げる。
「どうして俺だけ包丁が飛んで来るんだよ！！」
ザナウと栞は最近は慣れたようだ。
「ミルムは許せてもお前だけは断じて許さん！！」
「うわ！　究極の差別だ！！」
「気持ちの問題だ！！」
「ちくしょ〜〜〜！！」
ザナウはドアを蹴破った後、宿から勢いよく飛び出した。
「あ、ちょっとザナウさん！」
栞は小さく震えるミルムの手を引きながらドアをくぐる。
「賑やかだねぇ……」
苦笑しながら作業に戻る。
「言い忘れた！　しばらく帰ってこないかもしれないから！」
そう言ってまた走って行く。
「ここもしばらく静かになるねぇ……」
 
「おはよ〜っす」
いつもと変わらず大きな音を立てる工房。
その中の青い奏甲―セフィーロ・フリューゲルの整備をしている工房スタッフに挨拶をする。
「あ、ザナウさん、おはようございます。どうかしましたか？」
「セフィーの調子はどう？」
「すこぶる悪いです」
（うわ、また直球で言われた……）
「両手は粉砕されて本来の手ではありませんし、コクピットハッチも応急処置ですし、
　腕は変に捻じれてますし、その他にもここでは製造するのにかなりの時間を有する部品もありますし――」
『すいませんでした』
ザナウと栞は同時に謝っていた。
「いえ、ちょっと愚痴っちゃいましたね……それで今日はどんな用で？」
「ああ、『ルスフォノクラスタ』で直して来ようかと……」
その言葉を聞いた途端スタッフが『うげ』という顔をした。
「ルスフォノクラスタ……ですか……」
「何かまずいんですか？」
スタッフは気まずそうな顔をして語り始める。
「いえ、別にまずくはないんですけど……腕は確からしいんですけど……」
「けど？」
「数々の試作品や、改造しすぎた奏甲を作ったとか……」
そこまで言ってスタッフは何かに気がついたように顔を上げる。
改造されたハルニッシュ、何故かニヤリと笑うザナウ。
「まさか……」
スタッフはザナウのほうを見る。
「いや〜本人に言ったらどんな顔をするかな〜♪」
ザナウはとても陽気に言う。
「い、今の言うつもりですか！？」
「どうしよっかな〜♪」
「お願いします〜言わないでくださ〜い！」
かなり必死に頼み込むスタッフ、その目には少し涙が浮かんでいる。
（ちょっとやりすぎたか？）
「言われたくなかったら一分一秒でも早く動かす準備をしよ〜」
「はい……」
セフィーへ向かうスタッフの背中はどこか悲しげだった。
 
しばらく待っていると先程のスタッフがとぼとぼ戻ってくる。
「準備……できました……」
「はい、ご苦労様」
「…………」
スタッフは捨てられた子犬のような目でザナウを見る。
「冗談ですって、言いませんよあんなこと〜」
「ひ、ひどい……」
スタッフが絶句している間にザナウは最低限の動きでセフィーのコクピットに入る。
「う〜、どっかの誰かさんがゴム弾撃ち込んでくれたから所々にヒビが……」
悪態つきながらもザナウはセフィーを起動させ、栞達の方に手を置く。
（さて、どうしたもんか……とりあえず）
「栞が手でミルムが中って感じか？」
「何で私だけ外なんです？」
とても不機嫌な声が下から響く。
「元々１人乗りだから」
「だったらミルムちゃんも乗れないじゃないですか」
「ミルムは……まぁ、小さいから乗れるし」
「納得いきません、私も中に入ります」
栞はそう言いながらミルム共に手に乗る。
「はい？」
 
　工房を出てから数時間後。
「狭い……」
「む〜」
「それ聞くの１５回目です」
「何度でも言いたい気分だよ……」
ザナウ達はセフィーのコクピットの中にいた。
「そもそも何で１人乗りのコクピットに３人も乗ってるんだよ……」
「外にずっといると寒いんです」
「いや、だからってなぁ……」
（この状況は……）
現在コクピットの中はザナウはそのまま、栞はハッチに寄りかかり、
ザナウと栞の間にミルムがいる状態だ。
はっきり言って狭い。
「…………二人とも外出ろ」
ザナウは栞に自分の毛布を押し付けた。
 
結局私はコクピットから出されました。
（ザナウさん……ひどいです）
それなりに暖かい気候とはいえ、長時間風に吹かれるとかなり寒いです。
少し冷えてきたので毛布を掻き寄せる。
（ザナウさんはいったい私のことを何だと……何だと？）
私はザナウさんの何なんでしょう。
ただの歌姫なんでしょうか？
それとも複数の守る対象の一人なんでしょうか？
（あなたは私の事を――）
「お兄ちゃん、あの大きな棒は何？」
 
今は手の上に乗っているミルムから質問が来る。
「棒？」
『うん、棒』
ミルムは棒があるらしき方向を指をさして示す。
（棒……ねぇ……）
とりあえずさしている方向を見ることにする。
そこには大きいと言うより長い棒と、右腕が無いビリオーン・ブリッツがいた。
「あれは１２２ｍｍだな……実物を見るのは初めてだ……ん？」
（あの形……何かどっかで見たような……）
頭の隅に見事にグレネードをトラウマにしてくれた偉大なる御方が思い出されるが
（まさか……ねぇ）
とりあえず否定する事にした。
『ザナウさん、そろそろ降下しないと街中に降りちゃいますよ？』
「いや、俺的には工房に特攻する気持ちなんだが」
『やめなさい』
「はい」
とりあえず邪魔にならない場所に降ろす事にした。
 
セフィーを町外れに降ろした後、ザナウ達は『ルスフォノクラスタ』へ向かっていた。
「ここに来るのも久しぶりだな〜」
「そうですね、作者がちゃんとしてればもっと早く戻ってこれたかもしれませんが」
「何の話だ？」
「え？　あ、私今何か言ってましたか？」
「ミルムはここに来るの初めて」
ミルムは普段と違う町並みを興味津々に見回す。
「はっはっは、いい反応だなミルム。
　そんなにきょろきょろ辺りを見てると怖いお兄さんが襲い掛かってくるぞ？」
「えぇ！？」
ミルムは先程と違って今度は恐る恐る周りを見始める。
「ザナウさん……子供騙して楽しいですか？」
「いやいや、ちゃんと後で嘘だと言っとくから大丈夫だ……って……」
何故か最後の方の言葉が勢いを無くし始める。
不審に思ってザナウの方を見ると、何故か前を見て汗を流している。
「？」
何だろう？　と前を見るとそこにはソードがいた。
「おう、ザナウ。久しぶりだな――って何故逃げる」
ザナウは自分の名前を呼ばれた時点で来た道を走り始めていたが、
まだ速度が乗っていなかったので、呆気なく襟首を掴まれてしまった。
「は、離せぇ！！　俺はまだ死にたくない！！」
襟首を掴んでいる手を外そうと手を後ろに回すが、片手で防がれてしまう。
「待て、何故俺がお前を殺す」
「この前の模擬戦でコクピットにグレネード撃ちこんだでしょうが！！
　おかげで俺はグレネードがトラウマだよ！！　グレネード＝ソード先輩なんだよ！！」
「何だその理論は！！」
ソードはザナウをガクガク揺らし始める。
「こんにちは。お久しぶりです、栞さん」
「あ、ネリーさん。お久しぶりです」
ザナウ達がギャーギャー騒いでる間に二人は挨拶を始める。
「栞さん達はここに何をしに？」
「ええ、セフィーは結構特殊な奏甲ですから……
　あとザナウさんがさらに改造するとか何とか……」
栞は少し痛む頭を抑えながら話す。
「あ、そうなんですか。実は私達もビリオーンブリッツＴＣを改造しに来たんですよ〜。
　それで今は改造してくれそうな工房を探してたんですけど……」
その言葉を言い終えた瞬間、ザナウはピタリと静かになった。
そしてニヤリと嬉しそうに笑うと
「そうかそうか！　だったら改造専門（？）の良い工房があるんだよ〜。
　よっしゃLet’go！！　ほれ急げ急げ！！」
そう言いながらザナウはとっとと先に進んで行ってしまう。
「……どっからあのテンションが出るんだろうな」
「最近私が訊きたくなってきます……」
とりあえず後を追うことにした。