夜
草木も眠る深い夜
月明かりに照らされた町を
一つの影が駆け抜ける
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
影の息は既に荒く
長時間走り続けていることを物語る
「あ〜くそ! 何でこんな事に……!!」
影の正体は男だった
男は走る事に疲れ果てたのか
細道の壁に寄りかかる
「まさか……あそこまでヒドイとは……」
そう言って少し考え込んでいると
男はもう一つの影に気がついた
「!! しま――」
そのもう一つの影は
とても愉快そうに笑っていた……
 
『ミルム日記 〜抹消したい黒歴史〜』
 
 ここは小さな町の小さな宿屋、
誰が付けたか『セレナ亭』。
朝・昼は飲食店として賑わい、
夜は酒場として賑わう。
宿屋としての機能はあまり無く、
『宿屋』と理解できた者のみ部屋が与えられる。(ただ単純にパッと見分からないだけ)
ザナウ達がどうやってここが知ったかは憶えていたら語ることとする。
これは『セレナ亭』での、ある夜の物語――
 
「ざ〜な〜う〜、一杯ぐらい飲もうぜ〜」
大量の酒を飲んでいるからか、
顔を赤くした男が並々とコップに注がれた酒を俺の前に置く。
「だ〜か〜ら〜、俺は酒は飲まないっつぅの……」
酒を勧められたのはこれが初めてじゃない、
ここに住み込んでいる以上、一日一回は飲まされそうになる。
「ざ〜な〜う〜さ〜ん」
この声だけで一日分の体力を消費しそうな声で俺の名を呼ばれる。
「ざなうさんも飲みましょうよ〜」
栞はそんな事をほざきながら俺の背中に抱きついてくる。
最初にやられた時は本気で焦ったが、
朝起きれば何も憶えてないので慌てふためく自分が馬鹿らしくなってしまった。
「嫌」
キッパリと言い放つと栞はとても不服そうな顔をする
「なんですか〜? 私の酒が飲めないんですか〜?」
とりあえず栞の質問に答える前に自分の疑問を解きたい。
「こいつに酒飲ませたの誰だ?」
「あ〜、私が飲ませた」
解答は厨房から聞こえてきた
「あんたかよ!!」
「いいじゃん、いいじゃん無礼講無礼講〜」
「こんな人間がいるから駄目人間が育つんだ……」
とりあえず厨房からなんか聞こえてくるが無視することにした。
「わらひの〜ひつもんに〜こたえなさ〜い!」
「飲めん」
即答した。
だって、酔っ払いに遠回しに言ったところで伝わらないもん。
「……ひどい」
あ、やべ
「ひど〜〜〜い!!」
あ〜、やっぱ大泣きだ
「おらぁ、ザナウ! なに栞ちゃん泣かせてんだぁ!!」
誰かがそう叫びながら立ち上がると他の野郎共まで立ち上がり始める。
「あ〜はいはい! 悪かったから泣くなぁ!!」
ここで変に意地を張るとさらに面倒な事になるのでとっとと引き下がる事にする。
その言葉を聞いて栞は息を詰まらせながらも一時的に泣き止む。
「グス……じゃあ飲んでくれます?」
「飲まん」
即答した。
そこだけは譲れねぇ
「ふえ〜〜〜ん! ざなうさんがいじめる〜〜〜!!」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 
はっきり言ってもうどうでもいいや……
 
 しばらく数々の戦場を生き残った猛者共と死闘を繰り広げた後、
結局栞はすぐに泣き止み、その猛者共と共に楽しそうに酒を飲んでいる。
「疲れた……激しく疲れた……」
一対多数の戦いを繰り広げた俺は、
『冗談ではない!』と言ってしまうほど疲れていた。
今は隅のテーブル――定位置で突っ伏している。
じゃんじゃん騒いでいる酔っ払い共達を尻目にボーっとしていると、
階段の方から小さな影がおりてくる。
「ミルムか……」
俺が下におりてくる前は起きていた筈だが、
「お兄ちゃん……おはようございまひゅ……」
顔に何かを押し付けたような痣を見る限り寝ていたらしい。
「見事に寝ぼけてるな……」
「ふにゅ?」
何を言われたのか理解できないのか、意味不明な鳴き声と共に首を傾げる。
「いや……何でもない」
その言葉を聞くと、ミルムはトイレの方へ向かって行った。
(よく寝ぼけた状態で正確に動けるよな……)
ちょっと神秘
実は遠隔操作とか?
そう言えばアーカイアにU.F.OとかU.M.Aってあるのかな?
何かいろいろ飛び始めたり奇声蟲とかいるからそんなの気にしてなかったけど……
しばらくミルムの神秘について考えていると、
トイレのドアが開きミルムが出てきた。
「おかえり〜」
「見事な寝ぼけっぷりだ……」
「はにゃ?」
さっきより訳の分からん鳴き声を放ち、ミルムは机の上に置かれたコップを見つめる。
「お水〜」
その言葉を聞いたと思ったときにはすでにコップを手に持っていた。
「あ、ちょっとま――」
「ぷはっ……」
そして制止の言葉を言い終える前にミルムはコップの中身を飲みきっていた。
「それ……さっきの酒……」
その言葉を言い終えてから10秒後
ミルムは顔を赤くしながら倒れた。
「義姉と同じく弱いのかい……」
とりあえず横にしておく事にした、
起きたら2階の部屋に戻そう。
 
 数十分後、宴会騒ぎもさらに盛り上がり始めていた。
いまや栞はその先陣となっている。
「どっからあんなテンション出てくるんだろうな……」
俺はボソリと声に出すと、よく冷えた烏龍茶を一息に飲み干す。
(さて、もう一杯飲んだらミルム背負って2階に戻るか……)
思ったからには実行、俺は席を立ち厨房へ向かう。
厨房にはセレナさんがいた、まぁ当然だ。
今はつまみを作っているらしい、手に持っているコップを――
「っぷはぁ!」
「飲むなよ!?」
どうやら酒だったらしい、料理中に飲むとはいい度胸をしている。
――もちろんマイナス方面に
「あ〜? 私が何処で名にやろうと勝手だろ〜」
あっそう、律儀に突っ込んだ私が悪ぅございました。
とりあえず
とっととコップに茶を注いで席に戻るとしよう。
そう思い、ふと自分が今まで座っていた席を見ると
今まで眠っていたミルムがムクリと起き上がった。
「おお、起きたかミル――」
言いかけてやめた。
ミルムは笑っていた
だが
(目が笑ってない……!)
俺の中の何かが今のミルムに話しかけるのは危険だと警報を鳴らす。
レッドアラートだ。
「お〜、ミルムちゃんも飲むかい?」
やはり酔っ払いは何もわかっちゃいなかった。
「ん〜ん、そんな事よりお兄ちゃんと遊ぶ」
俺かよ
「あんな寝てばっかりいる駄目人間なんかよりおじさん達と遊んだ方が面白いよ〜」
それは俺の事か?
「やだ、お兄ちゃんと遊ぶ」
「みるむちゃ〜ん、よい子は寝る時間ですよ〜」
栞、お前も寝てしまえ。
「遊ぶ〜〜〜!!」
ミルムが叫んだ瞬間、食堂に異変が起きた。
椅子やテーブルが浮いているのだ。
(攻撃歌術!?)
「え〜〜〜い!!」
掛け声と共に浮遊物が襲い掛かって来る!
 
ズン!!
 
「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バン!
と栞を抱えながら扉を蹴り開けて外に出る。
『見』ていなかったら脱出できなかったな……。
あまりに急だったので栞以外助けられなかったが、
まぁそんな簡単に死ぬような連中ではないだろう。
たまにはいい薬だ。
「あはは〜」
相変わらず気の抜ける声で栞は笑っている、
しかしこのまま抱えているわけにもいかないから――
「むぎゅ!」
手荒く降ろす。
プールに大の字で飛び込んだような音がしたが気にしない。
「そして逃げる!!」
いきなり全力疾走
何の因果か知らんが、ミルムの標的は俺だ。
いくらなんでも義妹に殺されたくはない、切実だ。
ボゴォ……!
後ろから何かが吹っ飛ぶ音がする。
「お兄ちゃ〜ん!!」
後ろを振り向くな、前だけを見ろ、真の勝利は未来にあり!
てか振り向いたら死ぬ!!
俺は月が浮かぶ夜の町を駆け抜けた。
 
 しばらく無我夢中で走った。
こんなに走ったのはとんでもなく久しぶりだ。
「ダメ……もう限界……」
俺は近くの細道に入り込む、
少しでも見つかり難くされる為にだ。
「あ〜、くそ! 何でこんな事に……!!」
俺は壁に寄りかかりながら、事の発端を思い出す。
始まりはミルムが酒を飲んだ事からだ
なぜ俺の座るテーブルに酒があったか
俺に酒を飲ませようとした男が置きっぱなしにしたからだ。
まぁ、その後捨てなかった俺が悪いといっちゃあ悪いんだが……
人間は悲しい生き物、他人に罪を着せなきゃやってけないの。
しかし――
「まさか……あそこまでヒドイとは……」
義姉と同じく弱いと思っていたが、あれはそれ以上だ。
まさか歌術が暴発するとは……。
ふと、視界に異変を感じた。
『自分以外の動く影があるのだ』
「!! しま――」
慌てて顔を上げると、そこには楽しそうに笑うミルムがいた。
「お兄ちゃん見〜つけた♪」
 
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
 
 突然視界が白くなる
私は突然の変化に目を開いた
(寒い……)
頭は何か温かいものに乗っていたので寒くはないですが、
身体は何もかかっていないので、とても寒い。
とりあえず起き上がることにしました、
いつもの見慣れた部屋、いつもなら隣にお姉ちゃんが寝ているが――
「あれ?」
いつもの見慣れた部屋もお姉ちゃんもいなく、私が寝ていた場所は外でした。
「え? あ、あれ?」
訳がわからなかった、とりあえず何でここで寝てるのか――
「痛っ……!」
考えようとしたら頭に鈍い痛みを感じた。
その痛みによろめき、手で支えようとすると――
「ぶぎゅ……」
「ひゃ!?」
何事かと手を置いた場所を見ると
「お兄……ちゃん?」
そこにはボロ雑巾のようにボロボロになったお兄ちゃんがいました。
しかしその顔は何かを成し遂げたかのような笑顔を浮かべていた。
「え? え!? え〜〜〜!?」
 
私は町中に響くような疑問の叫びを上げていました……

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